第9話 用済みの名探偵その9
009
「結構です。私ひとりで探せますので」
僕が精一杯格好つけて言った台詞は名探偵からすればただの不審者にしか見えなかったようで、諸星先輩は僕の誘いをきっぱりと断ったあと、明らかに先程よりも警戒した目で僕の方を見ていた。
………………………察してよ!!
僕は心の中で叫んだが、僕の内心などいくら名探偵の諸星先輩と言えども分かるわけもなく、僕はあたふたしながらそれこそ不審者さながらに言い訳を繰り返えした。
どうやら稀代の名探偵は推理力には長けていても、空気を読む能力はあまり持ち合わせていないようで、しかし逆にそれが僕のシンパシーをより強く感じさせた。
「……分かりました。そこまで言うのなら海野杜君にも協力してもらいましょうか」
結局僕は先輩の誤解を解くのに三十分近くかかってしまい、最終的に先輩は渋々といった感じで僕からの提案を承諾してくれた。
「それじゃあ、黒猫の特徴は海野杜君の携帯に送るわ」
そう言って僕たちはLINE交換をすると、すぐに諸星先輩から黒猫の画像が送られてきた。(しかしあれだけ警戒しておきながらLINE交換は結構簡単にしてくれるのな)
「うーん、たしかにさっき見た黒猫と同じように見えますけど、黒猫なんてみんな似たような見た目ですし」
僕は送られてきた画像を見て率直な感想を述べる。
「よく画像を見て。ちゃんと首輪がついているでしょう? さっき海野杜君の横を通っていった黒猫で間違いないわよ」
確かに画像を見てみると、黒猫の首に青色の首輪がかけられていた。
よく覚えていないが、さっき見た黒猫も首輪をつけていたような気がする。
「分かりました。では手分けしてさがしましょう」
「そうね。私は向こうを探すから海野杜君は反対側を探して。見つけたらお互いにLINEで連絡しましょう」
「了解しました」
そう言って僕たちは二手に別れて黒猫の捜索を始めた。
結論から言えば、黒猫はすぐに見つかった。
偶然僕が向かった方に、先ほど画像で確認した黒猫がゆっくりと歩いているところを目撃したので、それを難なく捕まえたのだ。
首元を確認すると、さっき画像で見た首輪が付けられていたので間違いないだろう。
「へー、やるわね海野杜君。ええ、本当に。いえ別に悔しくなんてないから。ええ、本当ですとも」
捕まえた黒猫をペット持ち運び用のケースに入れながら、諸星先輩は頬を膨らませてひたすら僕に対して悪態をついていた。
それはもう見るからに機嫌が悪そうだった。
「まあね。元々この中庭付近に黒猫がいるということを特定したのも私だしね。ええ、だから別に海野杜君が私よりも優れているとかそういうのではないからね? 絶対勘違いしないように」
「……先輩、もしかして拗ねてます?」
「は? 何でそんな風に見えるのかしら? 海野杜君は探偵ではないのだから私ほどの頭のレベルを要求するのは酷な話だけれど、それでももう少し論理的にものを考えられないの?」
明らかに不機嫌さを顔に出してそれでもあくまで諸星先輩は否定する。
どうやらこの名探偵は心の広さに関して言えばお猪口くらいの器のサイズしかないらしい。
「……すいませんでした」
僕はとりあえず謝っておくことにした。
『絶対に不機嫌な人とは争わない』それが不器用ながらも他人に興味を持ち始めたここ数年で僕が身に付けた数少ない処世術である。
「そう。分かってくれればいいのよ」
そう言って諸星先輩は少し溜飲を下げたようだった。
どうやら僕の処世術は間違っていなかったらしい。
「じゃあ私はこの子を連れて事務所へ戻るわ。依頼人の家族が受け取りに来るのよ。それじゃあ海野杜君、またね。よいしょっと――」
掛け声とともにケースを持ち上げた諸星先輩はふらついていて、とてもではないけれど、一人でちゃんと歩いて行けるようには見えなかった。
女性にしても腕力がなさすぎるとは思ったけれど、僕の知っている女性と言えば、礁湖と舞花しかおらず、あまりにサンプル数が少なすぎるのではないかとも思った。
「先輩、そのケース僕が事務所まで運んでいきますよ」
僕はそう言わざるを得なかった。
「え? 海野杜君、事務所まで押し掛けてくる気なの?」
僕的には一緒に猫も探してある程度仲良くなれたような気でいたものの、しかし諸星先輩から見ると誤解は完全に解けたわけではなかったようで、まだ僕に対して心を開いてはくれていないのか、明らかに疑った目で僕の方を見ていた。
地味にショックだった……。
「ほ、ほら先輩も一人でそれ運んでいけないじゃないですか。僕が持っていきますよ」
「……分かったわ。海野杜君を信じましょう」
一応諸星先輩は渋々といった感じで了承してくれた。
「でも海野杜君、授業は大丈夫なの? そろそろ三限目の講義が始まるわよ?」
「……大丈夫です。今日はもうこの後に授業は入っていないので」
「そう? じゃあ頼もうかしら」
実際にはこのあとはわりと重要な講義が入っていたのだけれど、僕は泣く泣くサボることにした。
僕にとって――いや、健全な男子大学生にとって美人の荷物持ちは単位には代えられないくらい重要なミッションなのだ。
「じゃあ行きましょうか、先輩」
そう言って僕は諸星先輩からケースを受け取って持ちあげる。
「それじゃあ海野杜君、よろしくね」
そう言って僕たちはキャンパスの正門に向かって歩き出した。
丁度そのタイミングで、三限目開始のチャイムが鳴り、僕たちはそのチャイムの音に背を向けて諸星先輩の事務所へと歩き出した。
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