第8話 用済みの名探偵その8

 諸星美空モロボシミク――かつて高校生探偵としてメディアによく取り上げられていた女性で、現在僕たちの通う大学の三年生だ。


 彼女がよく取り上げられていたのは今から七年ほど前のこと。


 当時、警察でも解けない難事件を偶然その場に居合わせた女子高生が解決してしまったというニュースは瞬く間に日本中に知れ渡った。


 また、その美貌や時折見せる天然な発言も相まって、彼女はたちまちテレビや雑誌に引っ張りだことなった。


 彼女はその事件以降も警察に協力して数多くの事件を解決に導いたという。


 しかし、そのブームも長くは続かず、ここ数年はテレビで諸星美空の姿を見ることもほぼなくなっていた。




「はじめまして。諸星美空といいます。海野杜達也君でしたっけ? さっきは見苦しいところを見せて悪かったわね」


「い、いえ。そんなことは……」


 健全な二十歳の大学生である僕としては美人な先輩の猫耳姿を拝めてむしろお礼を言いたいくらいだったけれど、そこで上手い返しができないのが僕のような純粋培養されたコミュ障の性である。


「そう? それならよかったわ」


 僕たちはさっきまで僕一人で昼食をとっていた東屋の中で二人して話をしていた。


 先ほどとは打って変わって、こうやって向かい合って話す諸星先輩はとても大人びた印象で、それだけに先ほどまでの猫耳姿とのギャップに僕の脳みそは追いついていけなかった。(ちなみにもう猫耳ははずしている)


「それにしても諸星先輩、何でこんなところを猫耳姿で歩いていたんですか?」


「ああ、それね。ちょっと迷子になった黒猫の捜索を依頼されたのよ。黒猫を探すのなら猫耳をつけて探すのが一番でしょう?」


 ……あれれ? おかしいな? 諸星先輩の言っていることが全く理解できないぞ?


「えっと……先輩? どうして黒猫を探すために猫耳をつける必要があるんですか? ちょっと僕には分からないんですけど」


「え? だって黒猫を探すのよ? だったら黒猫の気持ちになって探すのがセオリーでしょ?」


 ……うーん、分からん。


 分からんけども、とりあえずこの人がヤバい人だということは何となく分かる。


「それで、せっかく黒猫が見つかったのに、君と話している間に見失ってしまうし」


「す、すいません」


『むしろ何でその方法で見つけることができたんだ!!』と心の中では猛烈に突っ込んだけれど、この場はとりあえず謝っておくことにした。


 これ以上話が長引くと面倒なことになりそうだったし、それは僕の本意ではなかった。


「そ、それにしても諸星先輩みたいな名探偵でも猫探しなんて普通の依頼も受けるんですね。もっと難事件ばかり扱っているんだと思っていました」


 僕としては話題を変えるために何気なく言った一言だった。


「……そうね」


 しかし、僕のそんな一言を聞いた諸星先輩はあからさまに悲しそうな顔をして俯いてしまった。


 そして、そんな諸星先輩の姿を見て僕が何も言えないでいると


「実はこれ、今年に入って初めて来たちゃんとした依頼なの」


 と、俯きながら言った。


「……え?」


 僕は言葉が出なかった。


 だってつい数年前までテレビであれだけ引っ張りだこだった人だから、てっきり僕は今でも探偵家業においては仕事に不自由していないのだろうと思っていた。


「驚いた? でもね、今どき小説や漫画みたいに探偵なんてよくわからないものに頼る人はなかなかいないの」


 そんな風にまるで何事もないことのように話す諸星先輩はとても寂しそうだった。


「探偵なんて今の時代必要とされていないのよ」


 それはまるで昔の自分を見ているようで――


「あーあ、探偵なんかなるんじゃなかったな」


 と、乾いた笑顔でそんなことを言う彼女を僕は放っておけないと思った。


「諸星先輩、俺もさっきの黒猫探すのを手伝いますよ」


 だからこそこんな風に柄にもないことを僕は口にしてしまった。


「どうして?」


 諸星先輩は不思議そうな顔で僕の方を見ながら言う。


「そんなの決まってるでしょ」


 僕は思わせ振りな態度で東屋のベンチから立ち上がり、


「せっかく僕みたいなコミュ障が美人な先輩とお近づきになれたんですから、このチャンスを活かしてもっと仲良くなりたいという邪なことを考えているだけですよ」


 と、精一杯格好つけて先輩の方を見ながらそう言ったのだった。

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