ヴァルトベルクの名楽士
鳥位名久礼
一、音楽祭へのいざない
ヴァルトベルクの名楽士-Die Musikmeister von Waldberg-
◆主な登場人物
・ドルジ:白く長い鬚と眉毛が特徴の108歳の老人。長い眉毛で目が隠れている。雪の大山脈に囲まれた東方の辺境「カワチェン」出身の僧侶(大地の女神ヨルズの
・クルト:焦茶の長い髪が特徴の10歳の少女。西の果ての島国「エーラ」に古代から続く
・カテナ:紺色の髪に野性的な革衣が特徴の8歳の男児。獣人の子で、月夜には狼に変身できるスキルを持つが、普段は無邪気な子供(但し人間不信)。父親を捜して旅をする中で、ドルジ達に出会って仲間になった。
・アイシャ:紺色のウェーブ髪が特徴の17歳の少女。魔法学院に通う
・パンドラ:赤く豊かな髪が特徴の32歳の女。情熱的な舞踏が得意な
・キャスト:
ドルジ&クルト&ゲームマスター:鳥位名久礼
カテナ:天空大地
アイシャ:ま
パンドラ:AKIRA
* * *
「賢者の王国」と呼ばれる帝国領邦ベーメン王国の首都にして、帝都ヴィエンヌと並ぶ帝国随一の大都市・プラーガの街。その東の閑静な旧市街に建つ木組み白壁赤屋根の建物「賢者の館」には、今日も和やかな時が流れていた。
ドルジ「さてさて、絶壁の峠に立ちふさがるあまたの山賊共。その時、深紅の刃が吹雪を斬り裂いて天を突き──」
客「おおお……!!」
昼過ぎの座談室に集まった客達に囲まれて、ドルジはバター茶片手に冒険譚を熱演している。老成した風格と知性を漂わせる老賢者だが、普段はこの通りの愉快な好々爺だ。
初老のヴェルナー夫妻が営む私設魔法ギルド「賢者の館」は、賢者の街として知られるプラーガに集う、学者や主に魔法系の冒険者達、そして物好きな近所の住人達の良き溜まり場となっている。「魔法ギルド」といってもごく小規模で、その主たる座談室は一見普通の喫茶店そのものだ。気さくな主人フランツ氏と穏やかなアネシュカ夫人の人柄もあって、いつも和やかな雰囲気がある。
ドルジ一行が東方の辺境の地カワチェンへの長期遠征からプラーガに帰還して、ひと月ほどが経とうとしていた。賢者の館には、残った僅かな旅の友が集まり、以前とさほど変わらぬ日常が戻っていた。
フランツ「次はホイップミルクを注いでごらん。円を描くようにゆっくりと……そうそう、上手だ」
クルト「できた……!」
クルトは、キッチンで自慢のコーヒーを淹れるフランツ氏の脇で、ちまちまと器用に手伝いをしている。十歳ばかりの幼い少女だが、内気そうな一見によらずなかなかのしっかり者だ。
カテナ「じーちゃんはにんげんのおとなたちといっしょだし……クルトはいそがしそうだし……がぅ~、つまんないよ~……アイシャぁ、あそんでよ~」
テーブルの上でキャットクロウならぬウルフクロウを装備した手を組み、その上にあごを乗せ、上半身をくの字型にして足をぶらぶらさせている少年。
アイシャ「大きな口と顎、緑色の皮膚」
カテナ「うーん…う~ん……??」
アイシャ「水の中も土の上も歩けます」
カテナ「あっ、ワニ☆」
アイシャ「当たり」
カランカラン
落ち着いた店内にドアベルを鳴らしながら入ってきたのは、一人の女性であった。
昼下がりの陽気の下、クイズをして遊んでいた二人は、やってきた女性に目をやった。
真っ赤な長髪と青い目。長身でしなやかな体つき。腰には剣が備えてあるが、服装は踊り子のような妖艶な姿の女性である。
アイシャ「紅い髪…きれい……」
その美しい女性はカウンターまで真っ直ぐに歩いて行き、椅子に座ると、一枚の似顔絵を取り出した。
女「マスター、この女性を知らないかい?」
女性の声は低音だが心に響く美しいものである。
フランツ「悪いが存じませんね。申し訳ない」
女「そうか……んっ、なんか良い匂いがするね。コーヒーかい? あたしに一杯おくれよ」
店内にまったりとした優しい時間が流れている。
クイズ遊びを始めたアイシャ達を見て、コップを磨きながらカテナが考えるのをにこにこと眺めていたクルト。
クルト「……?」
店内に入ってきた女をしばらく目で追っていたが、不意にとてとてと近寄り、側で首をかしげてまじまじと見つめる。
女「ん、どうしたんだい? かわいい嬢ちゃん」
クルト「ん……」ふるふる
女の不思議そうな反応を見て、首を横に振り、急いでカウンターからメニューを取ってきて渡す。
クルト「どうぞ」
フランツ「カプチーノかエスプレッソがお勧めですよ」
女「おや、あんた店員だったのかい。これは失礼したね」
少し驚いたように微笑みながら、クルトからメニューを受け取る女。
座談室の中央の円卓では、ドルジのカワチェン戦記物語が続いている。
ドルジ「しこうして、勇敢なる冒険者達は見事、雪山の王国カワチェンの秘められし大地に足を踏み入れたのであります」
女「美味しいわ。豆の挽き方がとても上手ね。異国の地で、こんな美味しいものを飲めるなんて思わなかったわ」
女は飲み終わったカップをカウンターの上に静かに置いた。
フランツ「どうもありがとう。姐さん、あまり見ない顔だね。旅の方かい?」
女「ああ、旅芸人をしているんだよ。まぁ、今は知人捜しの旅だけどね」
フランツ「姐さん芸人なのかい。なら何か見せてくださいよ。お代の代わりに」
女「ふふ、コーヒーと私の踊りが同じ値段とはね。まぁ、いいわ。久しぶりに美味しいものを飲ませてもらったお礼に、タダにしておくわ」
そう言うと、女はカウンターを離れ、中央に歩み出た。
女「音楽がないのは寂しいけど、仕方ないかな」
女の履いたヒールのかかとが床を叩き、軽快なリズムを奏でる。
陽気で軽快な踊りから、少しずつ激しい舞に変わっていった。そして腰から剣を抜くと、さらに激しさを増していった。
優美にして叙情性豊かな動きで、足から腰、腰から上半身、腕、指に至るまで妖艶で激しい動きが三分ほど続き、踊りは終わった。
フランツ「素晴らしい。ぜひ姐さんの名前を聞かせてください」
女「あたしはパンドラ。情熱的な踊りと燃えるような赤い髪から『炎の竜姫』って呼ばれてるわ」
女が名乗ったとたん、見とれていた客から一斉に歓声とともにアンコールとお捻りの銀貨が飛んだ。
フランツも、一番上等な冷紅茶をデカンタで差し出す。
クルトは、座談室の隅にある
それに続き、スピネットの前に座るアネシュカ夫人。おもむろにハーモニカなどを取り出す客もいる。
ドルジ「ほっほ、皆すっかり乗り気のようじゃの。もう一曲よろしいですかな? パンドラ殿」
パンドラ「乗ってきたわね、いいじゃないかい」
軽やかな音楽に乗って、再び踊りが始まった。
客の手拍子も加わり、音楽は次第に盛り上がってくる。
と、クルトはフルートを吹きながらパンドラの横に寄って、軽快にステップを踏んで踊りだした。
ドルジも即興でカワチェン語の歌詞を付けて、ふくよかな低音で歌っている。
店の中は一段と賑やかなムードになっていく。
パンドラ「へぇ、やるじゃないかい。あたしの踊りのリズムについてくるなんてね」
パンドラは演奏をする人達を見て笑みを浮かべた。
そしてパンドラの「炎の舞」は激しさを増していく。
歓声と熱気の中で、パンドラの踊りは終わった。
クルトはパンドラにぺこりとお辞儀をすると、はにかむようにフランツの後ろへ去っていった。
ドルジ「ほほ、お耳汚し失礼。思わず郷里の詩を口ずさんでしまいましたぞ」
フランツ「ぜひとも次は一座でお目にかかりたいものです。もしやお探しの方も芸のお仲間ですかな?」
フランツの後ろからクルトが小動物のようにちらっとパンドラを見ていると、パンドラはウィンクして笑みを浮かべ返した。
一方、カテナは隅からじーーっとパンドラを見ている。人間に対しては子供・老人を除いて不信なのだ。
カテナ「……きーてみようかな……でも、しんよーできないし……で、でももしかしたらしってるかもしれないし……どーしよぉ……」
頭を抱えたりパンドラをチラッと見たり首を横に振ったりと、いろいろなアクションを披露中。
話をしていると、パンドラの目の前に注文した羊肉の料理が出てきた。
パンドラ「あら、注文したのはいいけど、腹がふくれちまったね。坊や、これをあげるわ」
カテナに皿ごと羊肉の料理を渡した。
カテナ「がぅっ? いいの!? ありがと!!」
不信は一体どこへやら、食べていいと分かった瞬間手を出すのが早いカテナ。そう、文字通り手を出すのである。相も変わらず素手で料理を平らげていく。
カテナ「あ」
信用していない人間からもらったものをうっかり食べてしまったことに気づいたのは、皿を舐めとってまできれいにした時だった。
再びパンドラを見つめるカテナ。
カテナ「……ちじんさがしのたび…か……」
再び黙り込み、悩みを再開させる……が、今度はわりと早く顔を上げた。
カテナ「……よし!」
カテナは椅子から飛び降り、ぺたぺたとパンドラの元へと歩む。
パンドラは残りの紅茶を飲み干すと、空のカップを置いた。
パンドラ「さて、店長。金はここに置いておくよ」
フランツ「いえ、お代など結構ですよ」
パンドラ「あたしがおごって貰ったのはコーヒー代だけだ。肉料理のお金は払わせておくれよ」
フランツ「いや、本当に結構です。あんな素晴らしい踊りを見られるなんて滅多にないですからね」
パンドラ「そうかい。じゃあ甘えさせてもらうよ。商売上、客からの礼は全て受け取るけど、見返りは期待しないでおくれ。あたしはそんな軽い女じゃないからね。ふふふ」
フランツ「ありがとうございました」
と、カテナが警戒心の解けない睨み顔で、帰ろうとしていたパンドラに近づいてきた。
カテナ「ねぇ、ちょっとききたいことがあるんだけど」
パンドラ「んっ? なんだい坊や」
カテナ「その……オイラもさぁ、さがしてるヤツがいるんだ。ねーちゃんもいろんなところいってだれかをさがしてたんだよね? あのさ……どっかで『にんげんみたいなけもの』、みたいなはなし……きいたことない? にんげんたちのいうワーウルフってやつとはちょっとちがうんだ。ちゃんとじぶんのいしをもってるし、ことばだってはなせる。そのなかでもそいつはすっごくつよくて………そいつ、じゅうじんっていういきものなんだけど、きいたことない? ……なまえは……イザっていうんだ」
最後に名前を発した時、殺気にも似た目つきでパンドラを見つめていた。
パンドラ(へぇ、子供だと思ったら、なかなかすごい殺気を放つじゃないか)
真剣な眼差しで見つめる少年の目を見返した。
パンドラ「長年、旅芸人をしていると多くの人に出会うわよ。それこそ人ではない者も客として相手をしたことがあるわ。もちろん、エルフやドワーフとも共演したこともあるしね」
カテナ「じゃ、じゃあ!」
パンドラ「でも、イザという人物に心当たりはないわ。もしかしたら客として出会ってるかもしれないけど、名前までは知らないからね」
カテナ「そう……」
パンドラ「まぁ、頑張りなさい。強い意志を持った想いは必ず大切なものを引き寄せるわ」
パンドラはぼさぼさのカテナの頭を軽く撫でた。
カテナ「うん……わかった、ありがと!」
やっぱり子供、頭を撫でられると嬉しい。笑顔で返事をする。
ドルジ「失礼じゃがパンドラ殿。わしらと一緒に旅をする気はありませんかな? 手掛かりのない旅じゃったらわしらが協力することができますからのぉ」
パンドラ「ありがとう。でもこれはあたしの問題だからね。あまり他人に迷惑はかけられないわ。それに今、その子に言ったばかりだしね。強い想いは大切なものを引き寄せると。私たちは出会うべくして出会った。そしてこれからもまた何処かの地で相見えることもある。全ては因果の流れの赴くままに」
パンドラは店の扉の前で振り向いた。
パンドラ「さよなら皆さん。久しぶりに人の温かさに、素晴らしさに触れることができたわ。ありがとう」
一度振り返り礼を言うと、パンドラは去っていった。
カランカラン
青年「おっと、失礼──こんにちは、フランツ先生!」
賢者の館を出たパンドラと戸口ですれ違いに、立派な紋章の付いたブレザー姿の若い男が入ってきた。
フランツ「やあ、グリム君。今日も仕事の情報を持ってきてくれたのかい?」
グリムと呼ばれた青年は、大陸有数の魔法学殿堂であるここプラーガの中央魔法学院に務める研究生で、客員教授であるフランツとは以前から親交があった。アイシャにとっては、親しくはないものの、時折学院の図書館で顔を合わせる先輩だ。もっとも、当人はアイシャを知人と認識している様子はなさそうだ。
グリム「ええ、しかし今回は大仕事ですよ。今度ヴァルトベルクの古城で行われる音楽祭の護衛隊、そして出演者の募集です! 何せ、大陸中から腕利きの楽人が集まる大祭典ですからね」
その瞬間、館にいた一同が戸口の方へ一斉に目を見張った。
一方カテナは、パンドラに頭を撫でられたところから一歩も動かないまま、見えなくなるまでパンドラの背中をずっと見つめていた。
カテナ「オイラのもんだいはオイラのもんだい……みんなにはめーわくかけられない……か……」
その頃、賑やかな街を散歩していたパンドラは、街の中心である神殿前の広場を通りがかった。
いつにも増して賑やかな人集りのあちこちで、大勢の楽人達が予選に向けた練習がてら芸を披露している。
少女「こんにちは~、どうぞ♪」
少女に手渡されたチラシには、件の音楽祭の情報が書かれている。
パンドラ「へぇ、すごい賑わいだと思ったら、あのヴァルトベルク城で音楽祭があるのかい」
少女「はい、もし良かったらお姐さんも参加してみてはどうですか? スタイルも良いし、運動神経も良さそうだからね。何かしていましたか? おっと、余計な詮索ですね」
パンドラ「あら、あたしを誉めてくれるのかい? ふふ、ありがとよ」
パンドラはチラシと芸人たちに目を配りながら歩き、広場のベンチに座った。
パンドラ「ふ~ん、ちょっと参加してみたい気もするね。もしかしたらフランシーたちにも会えるかもしれないし」
街中の芸人達が奏でる音楽のリズムに、パンドラは無意識のうちに反応し、足でリズムを取っていた。
カテナ「えーっと……みんなでえんそーするの? よくわかんないけど、オイラそーゆーのできないからなぁ。ごえーってのならやりたいな!」
嬉々としてドルジやアイシャに向かって言う。
ドルジ「ほう、かのヴァルトベルクの音楽祭とはおもしろそうじゃの……仕事はともかくとしても、行ってみたいものじゃ」
カテナの髪を撫でつつ答えるドルジ。
クルト「パンドラさんも出るのかな?」
フランツ「そうそう、つい今し方まで大層な旅の踊り子が来ていたんだが……彼女が参加されれば上位間違いなしだろうに」
グリム「ほう、それは惜しかったですね。ともあれ、もし志願されるなら明後日までに学院に名乗り出て下さい」
青年は数枚のチラシを置くと、会釈をして去っていった。
クルト「どるじぃ、音楽祭……!」
笑顔でドルジの袖をくいくいと引いているクルト。乗り気の印だ。
ドルジ「よし、早速明日学院に行ってみようかの」
クルト「楽しみだね……♪」
カテナとアイシャにも微笑みかける。大陸中の珍しい楽器や音楽が見られるのが、
一方、夕暮れの街を歩くパンドラ。
少女に貰ったチラシをよく読むと、一般募集はもう締め切り、残りは神殿や学院の推薦枠のみのようだ。
パンドラ(残念ながら、あたしは神殿なんぞにコネはないからね。せめて観客として行ってみるかね……)
と、夕の礼拝に人々が入ってゆく下町の教会の扉から、美しい礼拝音楽が聞こえてきた。
パンドラ「へぇ、さすがプラーガの街は教会のお勤めまで違うもんね」
少女「こんばんは。あ、旅の方でもどうぞ、入ってお聴き下さい……♪」
感心して近づいていったパンドラを、
オルガンの伴奏と合唱・管弦楽による礼拝音楽。それは魂に満ちた素晴らしいものだった。信者でなくとも思わず背筋が震えるほどだ。
礼拝が終わって信者達が帰って行った聖堂で、パンドラは余韻に浸っていた。
子供「さようなら、ゼバストゥス先生!」
聖歌隊の子供達も、オルガンを弾いていた監督らしき初老の男に手を振って次々に去ってゆく。
やがて修道士・修道女からなる楽団員も撤収し、パンドラとオルガン弾きの男のみが残った。
パンドラ「懐かしい音楽。フランシーもよく孤児院の礼拝堂やハメーンリンナの教会で唄ってたっけねぇ」
男「どうしましたお嬢さん?」
地味なローブを羽織り、灰色の髪を肩まで伸ばしたオルガン弾きの男が、パンドラに気づき落ち着いた態度で声をかける。
パンドラ「お嬢さんか。ありがとよ。え~、ゼバストゥス氏といったっけ?」
男「はい。私はゼバストゥス・アンスバッハと申します。この聖トーマス教会のオルガン奏者と聖歌隊の指導を担当しています」
パンドラ「素晴らしい腕だったよ。魂に響くって感じだね。こんな小さな教会で弾かせておくには勿体ないね。プラーガにだってもっと大きな教会はあるだろ。それに帝都ヴィエンヌの聖シュテファン大聖堂で弾いても通用するんじゃないかい」
ゼバス「ほっほっほ。お褒めの言葉、ありがたく頂くとしましょう。ですが私には大切な子供達や兄弟姉妹がいるんです。先程の聖歌隊の子供達や、いつも聴きに来る街の人達。その人達の元を離れるなんて考えたことはありませんよ」
パンドラ「そうかい。まっ、その思想があるから、魂に響く音楽を奏でることができるのかもね。あたしも音楽に精通してるから良く解るんだ。それにあたしの妹(的な存在)も教会音楽をやっているしね」
パンドラはその場でステップを踏み、しなやかな振りとともに一回転して見せた。
ゼバス「ほう、それは素晴らしい。先程の礼拝を聴き、
パンドラ「出たかったけど一般募集を締め切っちゃっててね。傍観だけしに行く予定さ。まぁ、あたしはもっぱら情熱的な踊りを専門としてるから、今回の音楽祭には似合わないと思うよ」
ゼバス「もし、よろしければ私たちと出場しませんか? 何分、このような小さな教会ですので、オラトリオ劇を演ずる俳優が確保できなくて困っているのです」
パンドラ「悪くないわね。実は踊りたくて仕方がなかったんだよ。感謝するわゼバストゥス」
二人は握手を交わした。
次の日。
ドルジ・クルト・カテナ・アイシャの四人は、昨日賢者の館に来たグリム青年のいる魔法学院へとやって来た。
ドルジ「失礼、ヴァルトベルクで行われる音楽祭の護衛隊を募集していると聞いたのじゃが」
係員「あ、はい。只今係の者をお呼びしますので、こちらで少々お待ちくださいませ」
個室に案内され、そこで待たされること数分。
グリム「おや? あなた方は確か昨日……」
現れたのは、昨日賢者の館にやってきた青年。
グリム「あぁ、もしやあなた方は音楽祭の出場希望者だったんですか?」
カテナ「ちがうよ! オイラたちはごえーするんだよ!」
グリム「え?」
じっと四人を見る青年。
ガキ二人、小娘、ジジイ。
グリム「ご、ご冗談を……」
ドルジ「なに、心配することはない。おっと、自己紹介が遅れたの。わしはツェリン・ドルジと申す」
グリム「え!? あなたがッ!?」
思わず目を見張る青年。
カワチェンで起こった大規模な戦争の折、プラーガから来た冒険者一団が参戦したという。老賢者ツェリン・ドルジ率いる少年少女戦士、そして深紅の大剣を振るう金髪の剣士──その活躍は、かの国中に名声を轟かせていた。ここプラーガにあっても、冒険者や知識人の間では有名な逸話である。
アイシャ「知名度は薄いかと思いますが、一応学院生です……グリム先輩」
グリム「ああ、そういえばキミは時折図書館に詰めている……! かのドルジ老師の門弟だったのか!」
ローブから覗いたアイシャのブレザーの胸元に輝く学院の紋章を目にして、青年はようやく思い出したように手をぽんと打ち、目を丸くした。
グリム「そういえば賢老ドルジ御一行は、少年少女や若者を率いているとお聞きしています。なるほど……それならば納得です。いやぁ、かのドルジ御一行に護衛していただけるのならば、これ以上の喜びはありませんよ!」
カテナ「がぅ! まかせろーっ!!」
なんか得意げに腕まくりをするカテナ。
という感じで、こちらも音楽祭護衛の手続き完了。
クルトもさりげなく青年のローブの裾を引っ張って、胸に付けた学院の紋章バッジを見せようとするが……
クルト「むぅ……(少し不満そう)」
ドルジ「時に、護衛と云うものも何をすればよろしいのじゃね?」
グリム「緊急時に招集がかかる他は、役員席で観戦しておられて構いません。まぁ、かの会場は少々……いえ、行かれれば説明いただけるでしょう。ではお気をつけて、ご活躍期待していますよ」
どこか思わせぶりに説明する青年。
契約を済ませて帰ろうとしたドルジ達は、受付に掛け合っている助祭服の少女を見かけた。何か必死に訴えているようだ。
係員「何だね、乞食旅芸人を拾ったのか。ならもう文句はなかろう? これ以上場末教会に恵む金はないのだよ」
少女「でも、お父様のオラトリオには大事な大賢者役や飛び芸師や、腕の立つ俳優が必要なんです! 手配いただけるって約束して下さったじゃないですか……!」
係員「三流のくせに傲慢なお前の父親には
少女「で、でも!」
係員「うるさい! さっさとうせろ!」
係員の男が少女の肩を押そうとしたが、その手を後にいたパンドラが抑えた。
パンドラ「子供に手を出すんじゃない! あんたがどれだけ偉いってんだよ!」
係員「なにぃ!」
係員が叫んだ瞬間、パンドラは係員を睨んだ。
それは野獣を従わせる調教師の魔眼のようなもので、係員はその目に恐怖を覚えた。
係員「うっ、早く帰るんだぞ」
係員はその場をすぐに離れていった。
少女「ありがとうございます、パンドラさん……!」
パンドラ「いいのよ、アンナ。ああいう男の相手は舞台で馴れてるからね」
カテナ「あーーっ!? きのーの……えっと、パンドラだっけ?」
パンドラを見つけ、思いっきり指をさす。
パンドラ「あら、また会ったね。この娘はあたしが世話になってる教会の楽団長の娘で、助祭のアンナ・アンスバッハ嬢よ」
パンドラは助祭服の少女をカテナ達に紹介した。
アンナ「お知り合いなんですか?」
パンドラ「あぁ、ちょっといろいろ縁があってね」
アイシャ「あの、もめていたようですけれど……」
アンナ「あ、はい……お聞きの通り、貧乏な教会なので配役がなかなか確保できなくて、困っているんです……」
カテナ「それって、さっきいってた……お、おら……」
ドルジ「オラトリオじゃ。宗教的な内容の物語を、独唱・合唱・管弦楽のために、劇風に構成した作品のことじゃよ」
カテナ「……なにいってんの?」
ドルジ「……ちと説明が難しかったかの……」
アイシャ「要は、神さまや聖人さまの伝説を使ったオペラ……という感じね」
アンナ「普段は聖歌隊の子供ばかりの楽団なので、大事な大賢者役と
アイシャ「……それって……」
少し苦笑いをするアイシャ。
アイシャ「大賢者と……」
ドルジを見る。
ドルジ「ぬ?」
アイシャ「
カテナを見る。
カテナ「がぅ? なに?」
アイシャ「フルートの吹ける……天使……」
クルトを見る。
クルト「♪」
アンナ「あ、それと、長ーい台詞を暗記しなくてはいけない語り部も、聖歌隊の子には重荷で……」
ドルジ「暗記、語り部……」
今度は一同がアイシャを見た。
アイシャ「ええと……見事なまでにここに揃ってますね……。ほとんどが素だから、演技の必要がいらないぐらいに……」
アンナ「そうなんですか!? それなら一度試してみるだけでも、ぜひお願いします!!」
必死に頭を下げる少女。
パンドラ「あたしからも頼むわ。せっかく参加できると思ってたのに、オラトリオができないせいで出場できなくなったら悔しいもの」
ドルジ「ほう。お主、既に出場することになっておったのか」
パンドラ「そういうことになったわ」
クルト「どるじぃ……!!」
ドルジの袖をくいくいと……いや、ぐいぐいとひっぱるクルト。その顔はすでに満面の喜びで満ちていた。
ドルジ「見る側から出場する側になるとは考えてなかったがの……まぁいいじゃろ。護衛の方も、招集がかからない限りは自由だしの」
アンナ「本当ですか!? ありがとうございます! ありがとうございます!」
アンナの顔も、クルトに負けないぐらい嬉しそうにしていた。
カテナ「ねぇ……さっきからなんのはなししてるのさ~?」
まだ状況が分かっていないのが約一名……。
一同は勇んで聖トーマス教会に向かった。
アンナ「お父様、喜んで!」
ゼバス「何と! ご協力いただけるのですか!?――とはいっても、優勝でもしない限り報酬を払える見込みがないのですが……」
喜んだのも束の間、うなだれてしまう。
ドルジ「なに、こちらとしてもただの旅人がかの有名なヴァルトベルクの音楽祭に出場できるというだけでも恐縮じゃよ。これ以上価値のある経験は滅多になかろう。のぉ、クルト」
クルト「うん……♪」
アイシャ「むしろ、足手まといにならないかと不安です……」
ゼバス「そんな、滅相もありません! こんなしがない教会にご協力いただき、本当にありがとうございます! 神よ、この方たちとの出会いを感謝いたします……」
カテナ「なんてゆーかさぁ。ようは、ゆーしょーしちゃえばいーんじゃん! やるからにはゆーしょーしようよ、みんな!」
パンドラ「良いこと言うじゃないか坊や。出場するからには優勝だよ」
パンドラは屈んでカテナの手とハイタッチした。
パンドラ「あたしは旅芸人だから、今まで誰かと比べるような芸はしたことないけど、なんせ負けず嫌いなもんでね。絶対に優勝はいただいていくよ」
ドルジ「ほっほっほ! さすがは『炎の竜姫』と称させるだけはありますな。楽しみじゃ」
早速試した手合わせは、ほぼ完璧と言ってよかった。
ゼバス「皆様のおかげで勇気がふつふつと沸いてきましたぞ!」
アンナ「こんなに張り切ってるお父様を見たのは久しぶりです!」
パンドラ「まったく嫌になるねぇ。一座の仲間達にしか、合わせることのできないと思ってたあたしの舞に、こうもあっさりと付いて来られるとは。ほんと面白くなってきたよ」
ゼバス「しかし、貴女の踊りはまだまだ本気ではありませんね。もっとすごい舞を隠していらっしゃいます。まぁ、それを外に引き出すのも、我々の腕次第ですが」
パンドラ「ふふふ、そこまで見切っているとは、やっぱりあんたはすごい楽士だね」
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