同居人

美月 純

同居人

「うわ〜素敵!」

「おぉ、広い!あっ!こっちにも部屋が・・・。」


「ほんとだ!すごいね。」

「なぁ、ここ、書斎に使ってもいい?」


「え〜、雄二ゆうじに必要あんの?」

「お願い!夢だったんだよ。書斎って。」


「もう・・・仕方ないな。その代わり、わたしにも使わせてね。」

「あぁ、いいよ。俺が使わないときは芽衣めいが使っても。」


「OK!ならいいわ。」

「やった!決まりだね。」 


「かなり気に入っていただけたようですね。」


「えぇ、でも、島田さん、これで本当に10万ですか、家賃?」

「もちろん、管理費込みで10万円ポッキリです。」


「だって、これ、いわゆる3LDKですよね。」

「えぇ、3LDK+納戸+ウォークインクローゼット付です。」


「しかも駅から徒歩5分でしょ。」

「まぁ、実際には6分くらいはかかりますけど。」


「それにしても良すぎますよ。築は何年でしたっけ?」

「7年です。」


「それで、そんなに下がるんですか?」

「いえ、7年くらいなら、この地域ではまだまだ下がりませんね。」


「そうですよね。今まで色々見て回ったけど、ほとんどが15万クラスで、正直ちょっと厳しいんで、2DKにしようかって話してたとこなんです。」

「そうでしょうね。確かに10万円のご予算でしたら2DKか、せいぜい2LDKが、妥当ですかね。」


「じゃあ、ここは破格ですよね。」

「えぇ、かなり。」


「えっと・・・ちょっと聞きにくいですけど・・・まさか、何か、いわく付きとか・・・。」

「と、いいますと?」


「はっきりいいますけど、どなたか自殺したとか。」

「いやだぁ、でも、そういうところは安いって聞いたことあるわ。どうなんです?」


「はははは!そういうご心配ですか?一切ありません。」

「ほんとに?」


「えぇ、この部屋はもちろん、このマンション自体で事件や事故などは一切起きたことはありません。」


「じゃあ、なんでこんなに安いんです?からくりを教えてくださいよ。」

「そうですよ。なんか、安すぎてかえって怖いし、安心できないわ。」


「わかりました。まぁ、ここをご紹介するとたいていの方がそうおっしゃって、必ず聞いてきます。」

「そりゃそうですよね。で?」


「はい、実はここは元々分譲物件なんです。つまり、元々買われた部屋なんです。」

「・・・。」


「で、この部屋の大家さん、いわゆるオーナーがいて、その方が、賃貸物件として当社に管理を任されているわけです。」

「あぁ、いわゆるリロケーションとか、そういうやつですか。」


「そうです。それで、その大家さんが、なぜか10万でいい、とおっしゃるんです。」

「大家が?10万でいいと?」


「そうです。もちろん、当社も妙ないわくが付いた物件では困りますから、詳しくお聞きしたところ、その方は、地方では資産家のおうちらしく、投資用にこの物件を購入したのですが、別にローンを組んで買ったわけではないので10万も取れば、充分元が取れるとおっしゃって、住む場所に困ってる人に貸してあげてください。と言われてるんです。」

「へぇ、りっぱな方ですね。でも、このマンションを現金で買われたわけですか・・・、相当な資産家なんですね。」


「まぁ、細かいことは私どもも存じませんが、その界隈かいわいでは有名な方で、いわゆる町の有力者らしいですね。」


「ふぅ、俺のような一介いっかいのサラリーマンには縁遠い話だな。」

「まぁまぁ、雄二、いいじゃない。わたしたちにはわたしたちなりの慎ましやかな幸せがあれば。」


「そういうもんかね。」

「そういうもんよ。お金がいくらあってもその方が幸せかどうかはわからないじゃない。」


「そうだな。ひょっとすると俺たちの方が幸せかもしれないし。」

「そうそう、こうして巡りあった部屋も何かの縁があってのことよ。わたし、借りたいわ。」


「そうですか、奥様はかなり気に入っていただいたようですね。ご主人は?」

「まぁ、芽衣がそういうなら。借りようか。」


「では、決まりですね。早速、店に帰ってお申し込みをいただいて宜しいですか?」

「えぇ、いきましょう。」


 こうして、私たち夫婦は、その物件を気に入って借りることにしました。

 私たち夫婦には子どもがいなかったので、二人では広すぎるかとも思いましたが、お互い仕事を持ち、平日は忙しくしているので、ほとんど寝に帰るための家ではあるものの、それでも、休日には一緒にくつろげる快適な空間を探していたので、この物件はその条件にピッタリでした。

 そして、私たちは引っ越してきました。


「ふう、ようやく片付いたかな。」

「雄二!まだまだよ。ほら、あなたの書斎!まだ、ダンボールが空いてないんだから。」


「えぇ、こっちも今日やる?ちょっと、一休み。」

「もう・・・、しょうがないわね。早く片付けないと落ち着かないでしょ。」


「わかってるけど、な、ちょっとだけ休もうよ。腹も減ったし、お茶くらいは沸かせるだろ。コーヒー飲もうよ。」

「はいはい、ご主人様、しょうがないから休ませてあげる。えっと、コーヒー、コーヒーっと。」


「ほら、ここに入れてあるよ。」

「あっ、サンキュー、やかんはここね。うわぁ、やっぱいいなぁシステムキッチン、ほんとに安いよね。ここ。築年数の割にはきれいだし。」


「あぁ、キッチンとか風呂とかは今風にリフォームしたっていってたよね。」

「うん、この三ツ口コンロ、がぜん料理のやる気がでるわ。」


「おぉ、それはありがたい!食事に期待が持てるな。」

「ちょっとどういう意味?今までの食事はご不満とでも?」


「いえいえ、滅相めっそうもない。今までも充分おいしゅうございました。」

「うむ、よろしい。」


「あははは!」

「ふふふふ、それにしても快適だわ。もうちょっと荷物が片付いたら、かなりリラックスできそう。」


「だなぁ、ここらにもう少し大きめのソファ買ってもいいな。」

「そうね。こう、広めのカーペットも敷いてね。」


「うん、おい、ちょっとこっちこいよ。」

「ん?なぁに?え?あっ、ちょっと。雄二・・・。」


「いいじゃないか、もう、ここは俺たちの城なんだから。」

「でも、お湯、ほら。」


「いいよ。ほら、止めてきた。な。芽衣・・・。」

「あん、雄二、ずるい。そんなとこ。もっとやさしく。」


「芽衣、なんか今まで声とか気にしてたけど、ここは壁も厚そうだし、思いっきりできるな。」

「ばか・・・、恥ずかしいよ。」

「芽衣・・・。」


 こうして私たちは、新生活を始めたのですが、生活を始めてしばらくして奇妙なことが起こり始めたのです。


「ただいま〜、って芽衣はまだか。今日も残業かな?あいつも忙しいな。ん?あれ?書斎の電気つけっぱなしだったか。」


 雄二は何の気なしにスイッチを消した。

 そうしてリビングに戻り、テレビのスイッチをつけて、煙草に火をつけた。


「ふぅ、やっぱいいな。このリビング、ちょっと無理してこのソファを買った甲斐があったな。寛げる。芽衣には悪いけど、先、ってるよ。」


 雄二は二人が写っている写真に向かって、ビールを向け乾杯の仕草をした。


「ただいまぁ、遅くなってごめんね。ひどいんだよ。課長ったら、帰る間際になって残業だって言い出してさ。」

「またかぁ、お宅の課長はDINKSの俺たちにやきもち妬いてんじゃない?」


「そうかもね。課長のお子さん、なんか荒れてるらしいし。あーおなかすいた。なんか食べた?」

「いや、一杯やってたけど、食べてない。」


「そっか、ようし、折角せっかくのキッチン活かさないとね。」

「えぇ、これから作るの?なんか惣菜とか買ってくればよかったのに。」


「いいえ、これからは料理もしっかり、しますわよ。これでも主婦ですからね。頑張りますわ!」

「やれやれ、張り切るのはいいけど、いつまで続くかだな。」


「なーにそれ、ほら、雄二は寛いでないで、お風呂の用意くらいしてよ。」

「はいはい。」


 風呂に向った雄二は風呂桶を見て不思議に思った。

「おい、芽衣?今朝風呂入れてった?」

「え?なーに、聞こえない?」


 リビングに戻った雄二は再び芽衣に尋ねた。


「いや、今朝バスタブに水入れてった?」

「え?入れてないわよ。夕べは二日目のお湯だからって抜いたし。」


「だよな。俺も今朝シャワー浴びたけど、風呂には水は入れてなかったと思ったけど・・・、でも、ふたがしまってたから確認したわけじゃないしな。」


「やだぁ、わたしは入れてないわよ。」

「だよなぁ。あぁ、もしかすると抜いたと思ったけど勝手に風呂の栓が閉まって抜けてなかったのかも。」


「あぁ、そういえば栓はバスタブの中にそのままだったわね。」

「なぁんだ。びっくりしたよ。」


「もう、ちゃんと抜いてよね。入れ替えしてね。」

「あぁ。」


 そういって再び雄二は風呂の用意をしにいった。

「にしても・・・なんかこの水きれいだな。ま、いっか。」


 栓を抜いたバスタブから水が勢いよく流れていく。

 風呂の準備を済ませた雄二がリビングに戻ると芽衣が鼻歌を歌いながら機嫌よく料理をしていた。


「どう?もうできる?腹減ったよ。」

「はいはい、残り物だけど、さすがキッチンがいいとアイデアが浮かんできてね。けっこういけるわよ。」


「ほんと?さっすが芽衣ちゃん、惚れ直しちゃうね。」

「あらぁ、雄二さん、じゃあ、こ・ん・や・も・・・。」


「もちろんさ。」

 そういって雄二は芽衣の頬にキスをした。


「なんか、新婚の頃に戻ったみたいね。」

「うん、住むところが変わるとこうも気分が変わるもんかな。結婚して5年、正直ちょっと倦怠期だったもんな。俺たち。」


「そうね。お互い仕事が忙しいのもあったけど、前の家では狭くて、一緒に寝ててもなんか休まらなかったし、喧嘩けんかも多かったしね。」

「そうそう、こうして語る時間も少なかった気がするな。こっちは通勤も近いし、駅からも近いから、ほとんどそういうストレスを感じないしな。」


「うん、前の家は駅からまたバスだったし、バス停からも15分も歩いてたんだから、今の生活からは信じられないよね。」

「ほんと、あの生活には戻れないし、戻りたくないね。」


「お互い少し収入も増えたし、子どもは作らないって決めてるから、こういう少しは贅沢な暮らしをしてもいいわよね。」

「もちろんさ。二人仲良くやれるなら、このくらいの出費、といっても予想外に安かったからほんとに助かったけどな。」


「ほんとよね。この家賃なら充分やってけるし、そうそう、少しお金貯めて海外旅行とかにもいけるかもね。」

「いいね。次の正月は海外か。」


「そうね。がんばろ!」

「だな。ようし!仕事のやる気も出てきたぞ!」


「うふふふ。」

「あははは。」


 私たちは、ようやく手に入れた快適な生活に充分満足し、幸せを感じていました。


 ところが、ある日のこと。


「ねぇ、雄二見て!」

「ん?どうした、大声で、ビックリするじゃないか。」


 書斎で仕事をしていた雄二のところに血相けっそうを変えて芽衣が部屋に入ってきた。


「これ、見てよ。」

「ん?何?電気料金の明細じゃない。」


「そうよ。ここ、この値段。」

「え?9690円?なんだこりゃ、高すぎない?」


「でしょう!ありえないわよね。なんか間違ってるわよ。こんなに使うことないでしょ。今までエアコンを使った夏場でも5千円がせいぜいだったのに。」

「だよな。今はエアコンも使ってないし、暖房はガスだし。ちょっとおかしいよな。」


「ねぇ、雄二、文句言ってよ。電力会社に!」

「え?俺が?なんかやだなぁ。」


「なに言ってんのよ。毎月こんなじゃ折角の旅行計画が台無しよ。」

「そうか。そうだな。わかった。電話してみる。」


 そういって雄二は電力会社に電話を入れた。

「あ、もしもし、電気料金のことでお伺いしたいんですが・・・。」


 電力会社と話をした雄二が芽衣に報告をした。

「なんでも、基本料金が今までと違うらしい。アンペア、つまり電気の容量が違うんで基本料金も上がってるって言ってた。」


「なーにそれ、どれくらい違うのよ。」

「千円くらいらしい。」


「千円?それでも変じゃない?だって今までより4千円は高いわよ。千円引いても3千円は高いじゃない。」

「うん・・・。でも、メータは確かにそうなってますって。」


「なによそれ。もう、雄二ったら頼りにならないわね。」

「そんなに言うなら、芽衣かけろよ。文句言ったって実際にメーターがそうなってるんじゃ、仕方ないじゃない。節電を心がけるしかないよ。」


「ふぅ、そうね。ごめんね、雄二、ちょっとエキサイトしすぎた。」

「いいよ。確かに高いのは事実だし、ビックリはするよな。」


「あなたの言うとおり節電を心がけましょ。」


 そうして事は収まったかに見えたが、それから一週間後。


「雄二・・・、ちょっと、これ。」

「ん?なんだい?え?今度はガスの明細。まさか・・・。」


「見て・・・。」

「はぁ?7千円?ありえない。いくら芽衣が張り切って料理したって言っても、平日は風呂以外使わない日もあるのに。」


「変よ。絶対変!ガス会社にも確かめて。基本料金なんてガスは変わらないはずよ。」

「わかった。でも、今日はもう受け付け終わってるみたいだな。」


「そうね。雄二悪いけど、明日、会社から聞いてみてくれない?」

「会社から?うん、わかった聞いてみるよ。」


 次の日、帰宅した雄二は芽衣にガス会社に連絡して聞いた内容について話した。

「基本料金は変わらないけど・・・ちゃんとその量を使ってますって。メーターがそうなってます。だって。」


「おかしいって言った?」

「言ったよ。うちは子どももいないし、平日の昼間は誰もいないから使うことはありませんって。でも、実際のメーターがそうなってるから文句を言われても困るって。」


「・・・、どういうこと・・・。」


 それから、注意深く生活をしていると、おかしなことが次々出てきました。


「芽衣、ビール冷やしておいてっていったじゃん。」

「え?今朝入れといたよ。二本も。」


「って、一本も入ってないじゃん。」

「え・・・、絶対入れたって。ほら、こっちのストック減ってるでしょ。」

「ほんとだ・・・。」


 ある日はこんなことが


「雄二、今朝トイレ入って電気つけっぱなしだったでしょ。帰ったら点いてたよ。」

「え?今朝は芽衣も知ってるだろ。寝坊して慌てて出て行ったからトイレも入ってないよ。」


「え?わたしも入って確実に消したの覚えてるのに・・・。」

「・・・なんで。」


「やっぱりこの部屋変だよ。なんで?誰かわたしたちがいない間に使ってるの?」

「そんな馬鹿な。カギは付け替えて防犯用のディンプルキーだから合鍵は作れないって不動産屋も言ったし、ここは5階なんだから外から進入するなんて無理だろ。」


「そうよね。確かに無理だわ。でも、事実私たち以外に誰かがここに入らないとこんなこと起こらないでしょ。」

「・・・・・・。」


「雄二、わたし怖い。」

 抱きついてきた芽衣を支えながら雄二も不安を抱いていた。


 その夜。


 ガタッ、ガタッ


 眠りに付こうとしていた二人の寝室で物音がした。


「なぁに、雄二、なんか音がする。」

「あぁ、確かに、となりか?」


「今までこんな音したことなかったよ。お隣さんも朝早いからこの時間は寝てるって言ってたし。」

「そうだよな。じゃあ、いったい・・・。」


 ガタッ、ガタガタッ

「雄二!押入れ。」

「あぁ、確かにそこの押入れからだよな。ちょっと待って。」


 そっとベッドを抜け出した雄二は、書斎にある金属バットを持ち出して寝室に戻った。

「いいか、あけるぞ。」


 ガラ!


 すぐに芽衣が電気をつけた。

「?」

「何もないぞ。誰もいないし・・・。」


 その夜はそのまま何事も起こらなかったが・・・。


 そして住み始めてからちょうど二ヶ月がたった。


「すみません、課長、なんだか体調がおかしくて。」

「困るな美杉みすぎくん、仕事溜まってるのに。」


「はい、申し訳ございません。でも、ちょっとこれ以上は辛くて。」

「ふん、仕方ないな。新しい住まいで調子に乗って夜更かしでもしてるんだろ。夫と楽しんでるんじゃないか。」


「・・・。」

「ふん、いいよ。早退したまえ。」


「ありがとうございます。では、失礼します。」


 顔色の悪い芽衣に同僚が近づいてきていった。


「なぁにあのボンクラ課長、ひどくない!こんなに顔色悪いのわかってるのに。それに、あの台詞せりふ、ぜったいセクハラだよ。訴えてやりなよ、芽衣!」


「うん。確かにひどいよね。でも、今日は怒る気力もない。」

「そっか、そうだよね。気をつけて帰って、大丈夫?一人で帰れる?」


「うん、なんとか、じゃあ、ごめんね。お先に。」

 こうして体調を崩した芽衣は早退をして家に帰った。


「まいったなぁ、なんだろ、なんか悪いもん食べたかな?」

 なんとか家にたどり着いた芽衣は部屋のドアを開けた。


「う〜、早くベッドに横になりたい。」

 そう言って芽衣は玄関に入るとリビングのほうからテレビの音がした。


「え?なぁに、雄二も帰ってるの?やっぱ体調崩したかな。一緒に食べたものがあたったのかな?」

 そう思って、そのままゆっくりとリビングに近づくと、ソファに座っている人影が見えた。

『やっぱ雄二が帰ってたんだ。』そう思い

「雄二!」

 と声をかけるとその影が「ビクッ」と反応した。

 そしてゆっくりとこちらを振り返ると、見知らぬ男がにやりと笑っていた。


 その瞬間言葉も出ずに芽衣は体の力が抜け、そのまま気を失った。


 気がつくと身体の自由が利かない。

 よく見ると椅子に縛り付けられて身動きできず、口にはガムテープが貼られて声も出せなかった。


「ううっ、うーっ」

 必死で声を上げ身体をバタつかせたが椅子はさらにテーブルに固定されて動かないようになっていた。

 夕方の薄暗い部屋の中で後ろから何かが近づいてくる気配がした。芽衣はそれにあらがうようにさらに身体をばたつかせた。


「クククッおとなしくしてください。何もしませんから。あなたは大切な私の同居人ですから。危害を加える気はありません。」

 低いその声は芽衣の耳元でささやかれた。とても不快なトーンの声で、聞いただけで鳥肌が立った。


「クククッ何も恐れる必要はありませんよ。本当に・・・、本当に何もしませんから。ただ、じっとしていてくれればいいんです。」

『縛られて口にガムテープまでされて、危害を加えないなんて、すでに加えてるじゃない!』と心の中で芽衣は叫んだ。


「だって、あなたは僕の大切な同居人ですから、危害なんて加えるわけありませんよ。」

 同じような言葉を繰り返すと、その男はにやりと笑った。

 その歪んだ笑みに芽衣は背筋が凍るような悪寒を覚えた。


「いいですか、僕はあなたの同居人ですから、いや、正確に言えばあなた方が僕の同居人なんです。」

「?・・・・。」


「わかりませんか?この家は元々僕のものなんですよ。不動産屋から何も聞いてませんか。」

 芽衣はハッとした。そういえば入居の際にあまりに家賃が安いのでその理由を尋ねたことを思い出した。


「思い出されたようですね。そうです。ここは僕が買った部屋なんですよ。つまり、僕がオーナーであなた方はそこを借りたんです。つまり、あなた方が僕の家の同居人ってことです。」

「・・・・・・。」


「だから、あなた方の生活は僕の生活でもあるんです。ですから、あなたとあなたのご主人の毎日の生活はすべて知っていますよ。」

「・・・・・。」

 芽衣は身動きはできないがその目でしっかりとその男をにらんだ。


「あなたたちが毎日何を食べて、どんなテレビをみて、いつ風呂に入っているか、何でも知っているんですよ。」

「・・・・・・。」


「クククッ、それにね。あなた方がどんな夜の生活をしてるかも・・・ね。」

 思わず芽衣は目を伏せた。そして、悔しさで涙がこぼれた。


「おやおや、何も泣かなくてもいいじゃないですか、そんなに恥ずかしいですか?」

「・・・・・。」


「だったら、あんな風に激しくセックスしなけりゃいいのに。恥ずかしいならね。」

 もう一度芽衣は男の顔をキッと睨み、今まで以上の憎悪を相手にぶつけた。


「おぉ、これはまだそんな目で僕を睨む気力がありますか、じゃあ、僕にもあなたのご主人にしてるのと同じことをしてくれますか?そんな大人しい顔をしてるのに、激しいですよね。夜は・・・ククククッ。」

 もう、芽衣は目をそらさなかった。この男を殺してやりたいと心から思った。


「ふぅ、仕方ない、じゃあ、僕があなたのご主人と同じことをしてあげましょうか?芽衣さん、ずっと僕は見てたんですよ。あなたのこと、あなたがセックスしてるところを見ながら、それに風呂に入っているとき、トイレで用を足してる時もね。すべて見ていた。そして、僕は自分で慰めていたんです。わかりますか、この切ない気持ちが。」

 再び芽衣の身体に悪寒が走った。この男がずっと自分を観察し、すべての行為を見られていたと思うと、吐きそうなくらいの嫌な気持ちにおちいった。


「でもね。やっと、その思いが叶えられますよ。目の前に身動きできない芽衣さんがいるんですからね。クククッ、ひゃひゃひゃひゃ。」

 高らかに声を上げて男は笑いながら自分が身に着けている上着を脱ぎだした。


 芽衣はこれから起ころうとしていることを考えると体中の血の気が引いていった。そして正気を失いそうになったが、できるだけ冷静に頭を保つよう努めた。


『男はきっと私を襲う時に油断する。この椅子に縛られた格好じゃ奴の思うことはできないはずだわ。だからきっと私の縛られている縄を解くはず。その瞬間が勝負だわ。』

 芽衣は目の前で一枚ずつ衣服を脱ぎだした男を凝視した。


「ほう、そんなに僕の体は魅力的ですか、あなたのご主人よりりっぱですか。ひゃひゃひゃ。」

 チャンスをうかがっているのを自分の身体を見られていると勘違いした男は自慢げに身体を誇示した。しかし、その腹はたるみ、筋肉はぶよぶよでとても見るに値する体つきではなかった。


「もうすぐ、芽衣さんをこの手の中に抱いてあげますからね。この身体であなたを包み込んであげますからね。」

 こみ上げてくる恐怖に耐えながら、それでも、芽衣はその男をしっかりと見据えて一瞬の隙を狙うことをあきらめなかった。


「そうだ。いくらなんでもこの格好じゃ、できませんよね。仕方ありませんね。今からロープを解きますね。」

 芽衣は『来た』と思った。悪寒に耐えて待っていた瞬間が来ようとしている。


「しかし、芽衣さんは確かスポーツ、そう、よくジムに通って・・・そう、ボクササイズでしたっけ、なんか格闘技まがいのことをしていたんですよね。」


『それがどうした。早く縄をほどけ』と思っていた芽衣の顔をジッと半裸のまま覗き込んだ男は急に目つきを変えた。


「クククッ、僕はね。ずっとあなたを見てるといいましたよね。あなたのその目はあきらめていない目だ。僕が縄を解いた時に逃げ出そうとか、僕を打ち負かそうとか、そういう目ですよね。何か悪いことを考えていますね。」


『どっちが悪いことを考えてるんだ。』と思いながら芽衣は自分の男を憎悪する気持ちが目に表れてしまったことを少し後悔した。


「ククククッ、残念ですね。そうは簡単にあなたの思い通りにはなりませんよ。悪いけど縄を解く前にもう一度あなたには眠ってもらいますね。」

 そういうと男は部屋を出てとなりの部屋に向った。そして、ほどなく戻ってきたとき、その手には何かのビンを持っていた。


「クククッ、これがなんだかわかりますか?クロロフォルムですよ。これであなたをもう一度眠らせてこんどはベッドに縛り付けてあげます、あなたとご主人がセックスするベッドにね。ひゃひゃひゃひゃ。」

 『万事休ばんじきゅうすか。』眠らされてしまっては抵抗はできない。

 芽衣はがっくりと身体から力が抜け、こんな男の思いのままにされるくらいなら眠らされる前に舌を噛み切って死のうと考えた。


「今から口のガムテープをとってあげますね。クロロフォルムはできるだけすばやく吸い込んでもらわないといけないので呼吸が楽な方がいいですからね。でも、大声とかは出さないでくださいね。最も出す前にこれで口を塞いでしまいますけどね。」

 そういうと男はビンの蓋を開けて、手に持っていたタオルにクロロフォルムを染み出させ、素早くビンの蓋を閉めた。

 そして、芽衣に一歩一歩近づいてきた。


『もう、だめだ。』芽衣はうつむいて男を見ることができなかった。舌を噛む準備をしていた。男がガムテープを外した瞬間に舌を噛み切ろうと考えていた。

 男の生暖かい手が芽衣の頬に触れて、貼られているガムテープを少しずつ外しだした。


「痛みますか、かわいそうに、あなたの可愛らしい顔が赤く腫れてしまってます。やっぱり猿轡さるぐつわにすべきでしたね。」

 もう、芽衣には男の声は届いていなかった。これから自分を襲う苦痛とこんな形で人生を終わらなければならない自分の運命を呪った。

 そして、雄二の顔を思い出しながら、何度も謝った。


『雄二、ごめんね。わたしもう、無理みたい。ごめんね。こんな形で雄二と別れるなんて、悔しい。』

 芽衣はガムテープを外されたが、気持ちが萎えて声を出すこともできず、がっくりとうなだれていた。

「ほう、いいコですね。もう、あきらめましたか?でも、素直が一番です。そう、僕はあなたに危害を加えるつもりはない。これから行うのは愛の儀式ですから。その儀式が済めばあなたは自由ですから、僕はこの思いさえ遂げられればもう、思い残すことはありません。このままここを出て行きますから、ここであったことは誰にも知られません。僕とあなただけの秘密です。当然ご主人にも知られません。だから、ほんの一瞬であなたは自由になれるんですよ。もちろんあなたを愛してるんですから、殺したりはしない。」


 その言葉に芽衣は

『そうだ。もし、このまま身体を許し、この男が満足をすればそれで解放されるのかもしれない。それに、ここであったことは誰にも知られることはない。もちろん雄二にも。おとなしくして、ほんの一瞬耐えればまた、元の生活に戻れるのかもしれない。反対に逆らえば逆上した男に殺されるかもしれない。私が耐えればすべて解決するのかも。』

 芽衣は自分に言い聞かせるように自問自答した。


「クククッ、そう、いいコですね。じゃあ、少しの間また眠ってもらいますね。」

 そういうと男は芽衣の口元にクロロフォルムを染み込ませたタオルをかぶせようとした。

「待って!」

 急に言われた男はビクッとなり、一瞬身体を硬直させた。


「なんですか、脅かさないでくださいよ。ほら、少しの間の辛抱ですよ。」

 再び男がタオルをかぶせようと動き出した時、また芽衣は

「待って。」

 とさっきよりは少しトーンを落として努めて冷静な声で言った。

 その声のトーンに安心したのか男が手を止めて聞いてきた。


「なんですか、大丈夫ですよ。死んだりしませんから、僕はこれでも薬品には詳しいんですよ。少し辛抱してくれれば悪いようにはしませんから。」

「違うの。ねぇ、そのクロロフォルムで寝てしまったら、どれくらい目を覚まさないの?」

「え?」

 男は考えてもいない質問を芽衣から振られて戸惑った。


「時間ですか?そうですね。吸い込む量にもよりますけど、一時間か二時間くらいですかね。」

「今何時?」

 また、突飛押しもない芽衣の質問に男は少し慌てた。


「え?時間ですか?えっと・・・、5時30分を少し回ったところです。」

 部屋の奥にある時計を覗き込んで男は答えた。


「そう。じゃあ、早くしないと、だんなが帰ってくるわ。」

「え?」


「もう、五時半でしょ。そろそろ退社時間よ。今日は早く帰って来るって言ってたの。私の体調が悪いこと知ってるから、今日は早く帰ってきてくれるって言ってたのよ。もし、すぐに会社を出たらあと一時間くらいで帰ってきちゃうわ。」

「え?そうなんですか。じゃあ、ご主人を入れないようにしなきゃ。」


「どうやって?彼はカギも持ってるし、もし、チェーンとかしていたら不信に思って警察とかに連絡をするかも知れないわよ。」

「・・・・・。」

 男は急な展開に戸惑っているようだった。


「ねえ、あなたは私が欲しいのよね。私の身体が欲しいんでしょ?」

「・・・・・。」

 男は黙って頷いた。


「なら、そんな薬品で寝かせたら反応もしないからつまらないでしょ?かといって起きるまで時間を待ってたらだんなが帰って来てしまう。」

「どうすればいいんでしょう。僕はあなたと思いを遂げたいだけなんです。」


「そう。あなたそんなに私のこと好きなの?」

 男は再び黙って頷いた。


「わかったわ。最初は怖かったけど、そんなに私を思ってくれるのはなんだか少し嬉しい。正直言うとね。最近だんなとのセックスはマンネリ化してたのよ。激しくしてたのはそうしないと感じなかったから。新鮮さがなくなってたの。」

 男はその言葉に耳を疑ったが、同時に大きな期待を込めた表情に変わった。


「ねえ、このまましましょうよ。もちろんちゃんとベッドに行って。もう、私も覚悟決めたから。どうせなら楽しみましょうよ。だから眠らせたりしなくていいわ。ロープだけ解いてちょうだい。逃げたりしないから。」

「・・・・。」

 男は期待感はあるが、やはり信じられないという表情も浮かべ、考えている。


「だって、私だってこんなことだんなに知られたくはないし、あなただって私の身体抱きたいでしょ?私も結婚してからは他の男性としたりしたことないから、正直言うとちょっと期待してるの。なんだか、身体が熱くなってる。」

 そういうと芽衣は腿ももを擦り合わせるようにしてモゾモゾと身体をくねらせた。

 その仕草に男は生唾なまつばを飲み込み、その音が芽衣にも聞こえた。


「ねえ、信じて。私も欲しくなってきたの。だってあなたのそこさっきからずっと固くなってるみたいだから。そんなの見たら女だって感じてくるのよ。」

 男はもうすっかりその気になった表情になり、芽衣の擦れている太腿ふとももに視線を釘付けにしていた。


「わかりました。じゃあ、今からロープを解きますね。でも、待ってくださいね。」

 そういうと男は台所に向かい、戻ってきたときには包丁を持っていた。


「なぁにそれ、そんなもの持たなくても抵抗しないわよ。それよりだんなが帰ってくる前に。ね。」

「でも、これは万一に備えてです。とにかく抵抗されたらすぐに刺しますからね。いいですね。でも、そんなことをするのは本意じゃない。だから抵抗しないでくださいね。」


「わかったわ。お願い早く。」

 うるんだ瞳で芽衣は男の目を見つめた。

 男はその言葉に促されるように、芽衣の足元に伏して足を椅子に固定しているロープを解いた。次に後ろに回って手を縛っているロープを解きだした。

 芽衣は自由になったが、やはり長時間縛られていたため、血の流れが止まっていたせいもありしびれたようになっていたので、手首や足首をマッサージした。


「ありがとう。ちょっとだけ待ってね。まだちょっと立てない。マッサージしてるから。」

 その姿を包丁を持ちながら男はジッと見つめていた。


「そろそろ大丈夫かな。よいしょっと。立てるわ。じゃあ、寝室に向いましょう。」

 そういうと芽衣の方から先頭に立って寝室に向って歩き出した。

 男は芽衣を追うように、しかし、油断することなく包丁は芽衣に向けたまま黙って後を歩いた。

 寝室に入ると薄暗くなっていたので、電気をつけた。

 今までリビングでも日が落ちて薄暗くなっていたので急に明るくなりまぶしさを感じた。

 男も同様に薄暗い部屋から急に明るくなったので一瞬まぶしそうな顔をした。


「ごめんなさい。まぶしかったわね。どうする電気は消した方がいい?」

 男は芽衣を見るとゆっくりと首を横に振った。


「そう、明るい方がよく見えるものね。あたしの身体みたい?」

 男は今度はゆっくりと頷いた。


「ふふふ、緊張してるの?かわいいのね。いいわ。タップリと楽しみましょう。」

 そういって芽衣は自分からベッドに横になり、男の方を見つめながら両手を広げた。

 男はその姿をしばらく見ていたが、やはり欲望には勝てず、芽衣にかぶさるように身体をベッドに向って倒していった。

 ちょうど馬乗りのような形で芽衣を足で挟みながら身体を起こしていたが、その手にはまだ包丁が握られていた。


「さすがに包丁をもったままはできないわよ。大丈夫よ安心して、それをどこかに置いて。」

 芽衣に促され、戸惑っていたが、ちょうどベッドにはみやが付いていたので、そこに包丁を置いた。


「いいですか、ちょっとでもおかしなことをしたらすぐにその包丁で刺しますからね。」

「わかってるわ。大丈夫よ、もう、楽しむって決めたんだから。あなたも楽しみましょ。」

 そういうと芽衣はもう一度手を広げて男を受け入れる仕草をした。


 男の我慢も限界に来ていたようで自分でまだ身に着けていたズボンを脱ぎ、下着一枚の格好になって芽衣に覆いかぶさってきた。そして、芽衣の首筋に唇を這わせて、身体をまさぐり始めた。


「あぁん、だめよ、もっと優しくして。焦らないで、まだ時間はあるから。ね。もっとゆっくり感じさせて。」

 その言葉に男も動きを緩め、ゆっくりと芽衣の身体をほぐすように触り始め、再び首筋に唇を這わせていった。

「あぁ、いいわ。上手よ。その調子、そう、ゆっくりね。そう、そこ、首筋から胸のほうへキスして、そう、そこが一番感じるの。」

 愛らしい声でもだえながらいう芽衣の言葉に男は、芽衣の顔をジッと見つめて、にやりと笑みを浮かべ、今度は首筋から胸へ舐めるようにキスをし始めた。


 ちょうど芽衣の胸に顔をうずめた瞬間

「うっ!」

 という詰まるような声が男の口から漏れた。

 次に男は芽衣に向けて顔を起こし、見開いた眼でジッと睨むとそのまま再び芽衣の胸に顔をうずめた。

 見ると男の首に、置いてあったはずの包丁が突き刺さっていた。

 芽衣は男の身体を跳ね除けるようにどかすとベッドの傍かたわらに立ち、息を整えた。


「はぁはぁはぁ、やったわ。」

 ベットは男の首筋から溢れ出る血で真っ赤に染まり始めていた。


 ピンポーン!


 その時、雄二が帰ってきた。

 すぐに玄関に飛び出した芽衣は入ってきた雄二に抱きつき、大声で泣き出した。


「芽衣?!どうした?何かあったのか?」

 泣きながら芽衣は寝室の方を指差し、ガタガタと震えていた。

「なんだ、寝室に誰かいるのか?」


「殺したの・・・。」

「え?なんだって?」


「殺したの。男を、わたしを襲ってきたの。わたし縛られて、脅されて、でも、なんとか頑張って油断させて隙を突いて包丁で男を刺したの。」

「なんだ?どういうことだ?しっかりしろ芽衣、夢でもみてるのか?」


「違うの!本当なの、あたしたちの家に男が住み付いてたの。そしてあたしたちのことずっと監視してたの。同居人とか言って、そして、あたしが早退して帰ったら男が我が物顔でテレビ観ながらお菓子食べてて・・・。」

 そこまで話すと雄二に抱かれて急に安心したせいか、身体の力が抜けて気を失いそうになった。


「芽衣!しっかりしろ。ちょっとここにいろ。様子見てくる。」

「うん。」

 そういうと雄二は芽衣を玄関先にそっと座らせて、恐る恐る寝室に向った。

 芽衣は目を閉じて今までの恐怖の時間を思い起こしていた。


「芽衣、脅かすなよ。寝室には誰もいないよ。」

 雄二の言葉に耳を疑った。


「え?!何言ってんの。ベッドに男の死体が横たわってるでしょ。血に染まってるでしょ。」

「おいおい、うたた寝して夢でも見たんだろ。ベッドには誰もいないよ。」


「うそ!そんなはずないわ。」

 そういうと芽衣は急いで立ち上がり、寝室に向かった。

 部屋に入ると雄二の言うとおり誰もいなかった。さっき男の首に包丁を突き立てた感触はまだ、手に残っているというのに。ベッドには血の痕すら残っていなかった。

 芽衣はベッドの下を見た。包丁は?確かに、男の首筋に包丁を突き立てたはずだった。


「芽衣、大丈夫か?体調悪かったんだよな。だから悪い夢でも見たんだろ。」

 そういいながら雄二が寝室に入ってきた。

 芽衣は狂ったようにベッドのあちこちを調べ、ひざまづいてベッドの下までくまなく探し回った。


「もう、大丈夫だよ。芽衣、何もないから、少し休みな。飯はなんか作って食うから。な。」

 散々探したが何一つ残っていない。残っているのは縛られた手首と足首の痛みと手に残る男を刺した感触だけだった。

 寝室の床に呆然と座り込む芽衣の姿を雄二は「しょうがないな。」というように見つめていた。芽衣はフッと自分を見つめている雄二の姿を見た瞬間顔がこわばった。


「ん?どうした、芽衣?」

 芽衣の大きく見開かれた瞳には、雄二の後ろに立ち、にやりと笑みを浮かべた“同居人”の姿が映し出されていた。

                                     了

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同居人 美月 純 @arumaziro0808

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