第8話 タンポポの魔法

 街へおでかけなので、可愛らしい、新しいローブをあつらえてもらった。


「おぉー」


「前のやつはもういっぱい破けて使えそうもなかったから。せっかくだし、頑張ってみましたー」


 ニコニコしながら一人で小さく拍手している。こういう時のニアはちょっと子供っぽい。

 ローブをボロボロにしちゃったのはつい昨日のことだったけど、いつの間に作ったんだろうか。


「……なんか、カワイイかも」


 前のものと違って、ローブの端に刺繍がされて少しオシャレになっていた。花柄の中に小さくハートを見つけて、ちょっとうれしくなる。特に、胸元あたりにあしらわれたフリフリが可愛い。こういうの、実は好きだ。袖口からは指先がピョコピョコ覗いて、なんだかいつもより幼くなった気がする。肌触りがサラサラで、不思議と羽織る前より涼しくて、しかも羽みたいに軽い。クルリと回ると、ふわっと風を引き連れて裾がキレイにたなびいた。


「はぁん……」

 ニアが突然くずおれた。

「うわっ。なにどしたの?」


「こんなに似合っちゃうなんて思ってなくて。どうしよう。可愛さ増しすぎて街に出たら連れ去られるかも……」


 なんだ、いつもの発作か。

 ニアはわりとよく、こういう変な事をして変なことを言い出す。まだ一緒にいる時間は短いけれど、もう慣れっこだ。


「お付き合いとかそういうの、お姉ちゃんまだ許さないから」


「うんそうね分かった。そろそろ出かけよ?」

 ニアももうお出かけ用に着替え済みだ。いつものシンプルなローブじゃなく、お洒落な、動きやすい短めの丈のものになっている。


「えぇー。なんだか連れない……」


 頑張ったのに、クスン。とか言って、芝居がかった仕草を見せる。面倒くさいな。

 でも、新しいローブはホントに気に入った。

 ニアはしょっちゅう可愛いって言う。いつも本気でそう思ってくれているのは、行動のおかしさから伝わってくるけど、言いすぎてありがたみ薄いのが玉にキズだ。


「ねぇニア」


「ん?」


「ローブありがとう。嬉しい」


 ニアが口元を手で押さえて、息を呑む。ほんの少し頬を赤らめて、切なげな表情をした。


 んんーー。そんなに感情を出されると、なんだかムズムズする。照れてるのを隠すのが大変だから、素直になるのは難しいのに。次はもっと言い出しづらくなる。


 ニアにやってもらったお団子結びを揉んでみる。こうすると少し落ち着く。


 いつも髪の半分はお団子にして、半分は下ろす。全て結ばないのかと聞いたことはあるけれど、ニアのこだわりらしい。

 わたしのオシャレは全部ニアの好み通りだ。なんだか、良いように着せ替え遊びに使われてるような気がするな。


 上手だから、そこまで嫌な気はしないけど。



「あーもう。そろそろ行こうよ」

 照れてるのがバレる前にさっさと話を変える。


「あっ待って。ふふーん。今日はフィオに、少しびっくりしてもらいます」


「へっ、何? あぁもしかして、昨日言ってたちょっとおもしろいこと?」

 せいかーい。と、ニアが明るく言う。わたしもお出かけにワクワクしてはいるけど、それにしてもテンションが高すぎないだろうか。


「この日のために、タンポポの綿毛を飛ばしてあります」


「タンポポ?」


「そう。タンポポっていうのは、綿毛が風にのって旅する植物だからね。だからその綿毛さんに、お願いしておきました。『私達も旅に連れて行って下さい』って」


「お願いって。そんな事してもわたしたちを連れて旅なんて出来ないでしょ」


 ニアの言おうとしてることがいまいち分からない。タンポポにお願いしたから何だって言うんだろう。



「ふふーん。お姉ちゃんはね、これでも『花の魔法使い』なんだよ」


「うん。まぁ知ってるけど」


「その私が魔力を込めて、綿毛を飛ばすとどうなるか。見せてあげる」


 そう言ってドアへ向かう。この家の玄関扉はすごく変わっている。ノブがたくさんついているのだ。L字のレバー型や、ガラスの丸いもの、引き戸によくあるくぼんだものだったり、豪邸にありそうなそうな派手な意匠のものまで、ついてる場所も様々だ。


 扉の真ん中、一番使いやすい取っ手型のノブが、いつも使うところだ。他のはどう触っても開かない。

 ほとんど飾りだと思っていたのだけど……。


「これ。右のレバーのやつひねってみて」


「? ここ触ったことあるけど、開いたことな……」

 ガチャリ、と予想外の手応えがした。あれ?


 そのまま扉を開く。嗅いだことのないどこかのニオイがまず入ってきた。


「……あれぇ?」

 その扉がつないだ先は、いつもの花園ではなく。

 街を見下ろす、山の中腹からの景色だった。

 しかも扉を出て家を見ると、それはわたし達が住む家じゃない。見知らぬどこかの山小屋のようだ。


「なんで? 花園も家も無くなっちゃった……」

 わたしの反応を見て、隣でニアが満足そうにニヒヒと笑う。

 いたずらした子供みたいだ。こっちは説明がほしいのに、なんて大人げない大人だろう。


「ビックリした? フフ、あぁ、あったあった。フィオ、これ見て」


 ニアがちょいちょいと何かを指差す。近づいて見てみると、木製の扉の、木がささくれた割れ目の間、そこから生えているのは。


「ただのタンポポ……だよね?」


 いや、ただのタンポポは扉の割れ目から生えたりしないか。なんでこんなところで育ったんだろう?


「栄養は私が与えたのよ。綿毛を飛ばす時たっぷりね」


「……魔力を流してあるから、こういうとこでも育ったってこと?」


「そう。そして根付いた扉に、私達のお家の扉がつながるよう魔法を込めておいたの。綿毛がたどり着いた、旅の終わりの場所に転移できるようにね。だからこの場所には、このタンポポが連れてきてくれたのよ」

 よく見るとタンポポから伸びた根が這って、扉に小さな魔法陣のような模様を描いている。これが転移のための仕掛けなのだろうか。


「まず最初に、特別に魔法で生んだタンポポの花を私達の家の扉に生やす。次にその綿毛を飛ばす。転移の魔法も込めておいて、こういう誰も使わない扉に根付いてもらう。するとお家の扉と、その根付いた扉がつながって、一瞬で転移できるようになるって感じね」


「んー、なんとなく分かるような。でもそんなことできるのかなって感じ」


「複雑なとこはあるけど、そこは私に任せてよ。まぁ短く言うと私達が旅をするために、旅する花であるタンポポから力を借りて利用した。と言えば分かるかな? 普通はできっこないんだけど、これでも『花の魔法使い』だからね」

 力を見せてか、ニアは少し自慢げだ。


「んんー、まだよく分かんないことがあるんだけど……。なんだかまるで、綿毛が意思を持って、この山小屋の扉を選んで根付いたように聞こえる」


「それであってるよ。お花に意思や魔法の力を与えるのなんて、そんなに難しくないことだしね」

 難しくないと。ほぉ。ただ花とか植物を上手に育てるだけの魔法じゃなかったのか……。


「ちょっと自慢になっちゃうけど、私、魔法はかなり得意なのよ。他の魔法使いと比べてもね。いっぱい飛ばしてあるから、これからもっと行ける場所は増えるよ」


「へー、すごい。それって、すごく便利なんじゃないの? 他にもなんかできるの?」


「いっぱいできるよ。今みたいに、タンポポの性質に魔力を込めて利用したり。花が育つため必要な、水や日、土なんかの自然の力を引き出したり。花に込められた逸話を再現もできる。その内また、フィオにも見せてあげるね」


「おぉ、なんか色々できちゃうんだ……」


 なんか多すぎて想像つかなかったけれど、素直に感心してしまった。


 これは目覚めた後にニアに教えてもらったことだけれど。

 魔法使いとはこの世で唯一人喰いに対抗できる、魔法の力を持った人間だ。数はそれほど多くないが、かわりに一人ひとりが圧倒的な力を持っていると聞いた。

 じゃあ、その中でも魔法が得意なんて言い切れるということは、実はニアって、世界中で見ても相当な力があるんじゃないだろうか。


「わたし、まだ全然魔法を使いこなせてないのに。ニアみたいに強くなれるのかな……」


 こんな器用なこと見せられると自信が無い。とても真似なんかできる気がしない。


「……大丈夫。フィオはすごく強いよ」

 ニアが、そんな事を言う。


「今は魔法の使い方を忘れてるだけで、フィオは強い。それに練習もよくがんばってるし、『ヒズミの魔法使い』なんて、他には居ない珍しいものだしね。これからすぐ成長するよ」


「……ふぅん」

 成長する。強くて珍しい、か。自分ではよく分からないから、全然実感が湧かないけれど。

 ニアが言うならそうなのかもしれない。


「さてと! まぁ今はそれより、お出かけだよ! けっこう大きい街だし、色んなものがありそうだよー」

 パッと、話を切り替える。


 確かに、魔法が強いかどうかなんて今は後だ。それは今どうでもいい。目覚めて以来わたしは初めて、外の世界に触れられる。人々の集まるその場所では、何が待っているだろう。

 期待が行き過ぎて、興奮する。


「んんーー。わたしお菓子屋さん行きたい!」


「早速だねぇー。じゃあケーキ作ってるとこ探してみよっかー」


「やたーー!」

 ケーキ、ケーキかぁ。一発目から楽しみだ


「あぁ、最後に一個だけ」


「なに?」


「私達が魔法使いだってこと。誰にも言っちゃだめだからね。人喰い退治の仕事とか、任されるようになると困るよね?」


「絶対黙ってる」

 昨日の夢が思い浮かぶ。

 ムリムリ勝てない。ニアはともかく、か弱いわたしは出会ったらショックで死んじゃう。


 絶対戦いたくない。やっぱり魔法を極めるのは、まだまだ先で十分だ。

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