第43話

「それどころじゃないのよ」

 愛子の少し厳しい口調はよし吉の足を停める。

「どうかしたの?」

 よし吉は顎を出して、間抜け顔になって訊く。

「よし坊、ちょっと訊きたいことがあるんだけど、いいかい?」

「うん、いいよ」

 よし吉が部屋の真ん中に腰を降ろすと、4人が取り囲むようにして座った。

「よし坊、おまえこの袋に覚えがあるだろ?」

「おいら知らないよ。だってそれはおいらんじゃないも」

 よし吉はどこかやましいことがあるのか、それともなにか隠し事でもあるのか、極端に落ち着きがない。

「本当に知らないのか?」

 ほかの3人もそうだろうけど、特に金太はよし吉の異変に気づいた。そこでここを先途とばかりに詰め寄る。

「うん、おいらはなにも知らないよ。袋のなかからなにも盗ってなんかない」

 よし吉はのらりくらりと質問をかわす。

「そうか、でもおいらはよし坊がなにかを盗ったなんてひと言もいってないよ。なあよし坊、もし正直に話してくれたらこのことを誰にもいわないつもりだ。でも正直に話してくれなかったら、こんなことはしたくないけど、よし坊のおとっつあんやおっかさん、それにお役人にも話すことになる。そうなると、牢屋に入れられて獄門か島流しになるかもしれない」

「……」

 よし吉はこれまでとは違って、なにもいわずにうなだれている。

「それでもいいかい?」

 金太は優しくなだめるように話す。どうしても返してもらわなければならないからだ。

 すると、よし吉が首を横に振りながら手の甲で涙を拭った。

「やっぱ嫌だろ、牢屋は」

 よし吉は金太の言葉にゆっくりと頷くと、もう一度涙を拭ったあと、おもむろに立ち上がって踏み石に置いてあった下駄をつっかけた。そして庭の隅に植えられている黒松の根もとまで行くと、手を伸ばして黒っぽい箱を拾って来た。それは金太たちが探し回っていたあの携帯電話だった。それを見た瞬間、金太の肩からストンとちからが抜け落ちた。

「よし坊、ありがとう。よかった、よかったわ」

 愛子は目もとを潤ませながら携帯を受け取った。

「よし、これで家に帰ることができる。よし坊、ありがと」

 金太の目にも涙が光っているのが見えた。

「これってなにに使うもの? おいら見たことないし、こんなつるつるしたもの触ったことなくて、つい欲しくなったんだ」

「これは、大人が仕事のときに使うもので、それはそれは大事なものなんだよ」

 金太はよし吉に説明してもわからないと思い、しかたなく嘘をついた。

 だが、これですべてが解決したわけではない。もっと大事なことがあるのだ。それは、電源を入れて作動するかどうかだ。金太はこれまで何度も電源の入り切りをしているのだが、そのたびに心臓が停まりそうになる。もし電源が入らなかったり、バッテリーがなくなってたりしたら大変なことになる。

 内心は誰かに代わって欲しいくらいなのだが、そういうわけにもいかない金太は、恐るおそる電源ボタンを押した。

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