第37話 3
金太たちはさすがに浅草まで徒歩での往復は疲れたらしく、離れの部屋で屈託のない格好で休んでいた。愛子は女の子だから身だしなみには気をつけているのだが、男連中はそんなことお構いなしに前をはだけたままだ。
「あらあら」
おきよがお茶を搬んで来ながら、金太たちのだらしのない姿に唖然とする。
「すいません、あれだけ歩くとさすがに」と、金太。
「まあ、そうかもしれませんね」
さすがおきよは大人というか精神的に強いというか、主人の奥さまのお供で外出して戻っても休むことなくすぐに普段どおりに働いている。
それを察してか、「あとはあたしが……」と愛子がおきよのお盆を受け取った。
お茶を飲みながら浅草でのみやげを見せ合う。金太は余程暑かったとみえて、河童の書かれた団扇を、ノッポはとんぼ柄の手ぬぐい、ネズミは剣玉を買った。愛子は女の子らしくうさぎをかたどった根付を買っていた。
金太はずっと河童の団扇で扇いでいる。ほかの3人も口には出さないまでも、炎天下の江戸見物はいささかこたえている。なかでもこれまで冷房に慣れきっている躰にはなおさらだった。
「なあ、みんな、もう少ししたらそろそろ帰ろうか?」
時計を見たわけではないが、なんとなく夕方近くになっていることを感じていった。
「そうね。でもおはるちゃんとよし吉ちゃんはどこに行ったのかしら」
愛子はふたりの姿が見えないのを気にかけて訊いた。
「トイレじゃないのか? すぐに戻ってくるさ」
金太は、それより帰ることのほうが頭のなかで渦巻いている。
「なんか歩き過ぎちゃって、疲れちゃった」
ネズミは夏の暑さに負けてしまい、もうまわりのことなど気にする余裕などなくなっている。それだけ口にできるのはまだましのほうだったかもしれない。
「あれッ!」
突然金太が素っ頓狂な声を挙げる。
その声に、ほかの3人は思わず顔を見合わせる。
「どうしたの、金太」
心配そうな表情で愛子が覗き込む。
「ないんだよォ」
「なにが」
「肝心な携帯がないんだ。あれがないとオレたち2度と帰ることができないぞ」
金太の顔は血の気が引いて、病気にでも罹ったように蒼白になっている。
「うそ、嘘でしょ? 帰れなくなったらあたしたちどうするの? もう1度よおく探してみてよ」
愛子にいわれて金太は布袋を逆さにして振った。なかから出て来たものは、100円ライター、ビニール紐、それに広告のついたティッシュだけだった。
「おかしいなぁ、ずっと肌身離さず持っていたのに……」
「ひょっとして……」
「なんだよう、ノッポ、もったいぶった言い方すんなよ」
金太は気持の整理がつかなくて苛立ちをかくせない。
「うん、ぼくが思ったんは、さっき仲見世ば歩きよったとき、おはるちゃんがいったじゃないか、『スリに気をつけて』って。ちょっとそれが気になったト」
「そんなことないと思うんだけどなあ」
金太はしきりに首を傾げる。ネズミは隣りでなにもいわず、黙って畳の目を見ている。
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