第36話

 気がつくと、母親とおきよはずいぶん先を歩いていた。

 2層の大きな屋根に覆われた大きな門が見えてきた。浅草寺の山門である宝蔵院(仁王門)だ。その山門を潜ると、正面に威厳をたたえた本堂が見えてきた。

 本堂の手前に大きな香炉があり、わんわんと白い煙を吐き出している。

「すごい煙だね。なんかみんなが煙を躰のあちこちに塗ってるよ」

 ネズミは目を大きくしながらみんなに教える。

「あれは、お参りする前に線香をくべて、その煙で身を清めてからお参りをするための香炉というものよ」

 おはるの母親はいつの間にか線香の束を手にしていた。

「あたし知ってる。この煙を躰のわるいところに当てると、病気が治るって聞いたことがある」

 愛子はテレビの旅番組を観ていたとき、ママがそういってたのを思い出した。

「それは違うわよ。線香の煙は、あくまでも身を清める作法であって、病を治すためのものではないのよ。ひょっとしたら清めの姿がそう見えたのかもしれないわね」

 母親は線香を香炉にくべると、最初に自分の身を清め、そのあとおはるや金太たちに躰にかけてやるのだった。

 さすがに本堂というだけあって、視野に収まりきらないほど巨大で、見上げると覆いかぶさって来るように錯覚した。

 母親は子供たちに一文ずつ賽銭を渡したあと、なにをお願いするのかえらく長いこと手を合わせていた。一方さっさとお参りをすませた子供たちは、香炉のまわりで風にたなびく煙と戯れていた。

「さあ、お腹も空いたでしょうから、なにかおいしいものでも食べに行きましょうね」

「わーい」

 時間を見ることができないので正確な時間はわからないが、お昼を過ぎてだいぶなることは間違いない。その証拠に金太たちの腹はぺこぺこだった。

 母親のあとについて行くと、浅草寺近くの、一軒のうなぎ屋の暖簾を潜った。店の前まで来たとき、タレを潜らせて焼いたうなぎの食欲をそそる匂いが腹の底にまで届いた。

 うなぎ屋で昼飯をすませたあと、子供たちは母親に小遣いをもらい、もう一度仲見世に戻って銘々が気に入ったものを買い、そして神田旅籠町のおはるの家に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る