第34話 2

 みんな揃っておはるの家を出たのは、半刻後のことだった。

 先を歩いていたおはるの母親が、3歩下がって歩いていたおきよに、

「北の通りをゆくとお屋敷が多くて人通りが少ないから、川沿いの道をゆきましょう。子供たちになにかあるといけません」

 母親は上品な口調でおきよに伝える。

「はい、奥さま」

 やはりこの時代の主従関係は絶対のものがあるため、余分な言葉は不必要だ。

 そうはいっても、母親は竹骨に紙を張った日傘を差しているからいいようなものの、神田川の川沿いには真夏の照りつける陽射しを遮るものがなく、日傘をさせないおきよや子供たちには酷な道のりとなる。

 土手の柳の木はだらりと下がったままで、そよとも風が吹いていない。しかし、見るものすべてが珍しくてしょうがない金太たちは、針で刺すような陽射しなんかまったく気にすることなく、わいわいがやがやと賑やかについて行く。でもはやり咽喉が渇くのはいつの時代の人間も同じことで、辛抱しきれなくなったらみんなから離れてそっと水筒に口をつける。ひとりが飲めば連鎖反応が起きて順番に集団から離れる。だが、絶対にプラスチック製の水筒もしくはペットボトルを見られることはタブーである。もし見つかるようなことになれば、2度とあの秘密結社の小屋には戻れなくなってしまう。

 暑さと空腹と歩き疲れたネズミが、ぽつりともらした。

「あーぁ、江戸の町もいいんだけど、コンビニが1軒もないもんな」

 それを小耳にはさんだおはるが、

「ええっ! いまなんていったの?」

 急に振り返って訊いた。

「ううん、別に……」と、慌てるネズミ。

「だって、あたいの耳には、『こんぶ煮』ないよなって聞こえたよ」

「ううーん、確かにおいらの耳にもそう聞こえた」

 金太が横から助け舟を出しながらネズミに目配せをする。それを見たノッポと愛子は状況を察して金太と同じことを口にした。

「ねずみって変わったものを食べたがるのね。そんなにこんぶ煮が食べたければ、あとでおっかさんに頼んだげる」

「いや、いいんだ。ちょっといってみただけだから」

 ネズミははだけた浴衣をなおしながら、慌てておはるの言葉を遮った。

 

 どこまで行っても江戸の町は高い建物がなく、当然のことながら電線や電柱がないせいで空が広い。地面には排水溝やマンホールないので、整備された遊歩道を歩いてようだ。

 蔵前の鳥越神社を左に見ながらすすんで行くと、やがて徐々に人の数が増えはじめ、それに伴って商店が目立つようになった。どうやら浅草寺まではそれほど遠くはなさそうだ。

 浅草寺といえば、金太はずいぶんと前に一度家族で来た記憶があるのだが、雷門の大きな提灯に見覚えがあるくらいで、ほかはほとんど覚えていない。かといってノッポを除いたほかの2人も同じようなものだ。

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