第33話
「みなさんお嬢さまのお友だちでしょうか?」
笑顔のままでおきよはたずねる。
「そうよ」
「でも、あまりお見かけしないかたたちのようですが……」
「この四人はねとても遠くから江戸に来てるのよ。たまたまあたいが明神さんでこの金太っていう人に会ったんだけど、どんどんお友だちを連れて来てくれて、いまでは四人に増えちゃった。きょうはみんなを浅草の観音さまに連れてってあげようと思ってるの」
「でもお嬢さま、ここから浅草までは結構な道のりですよ。優に一里(約4キロメートル)はあります」
おきよは心配そうな顔になって引き止めようとする。
「わかってる。でもせっかく遠くから来てるんだから、なんとか案内してあげたいの。それに早足で歩けば
「お姉ちゃん、観音さまに行くんだったらおいらも連れてって」
よし吉は、大福もちの白い粉を口のまわりにつけたままで懇願する。
「旦那さまや奥さまはこのことをご存知ですか?」
おきよは、大事な娘や息子の面倒を任されている手前、万が一のことがあったら申し訳が立たない。できることならずっとここにいて欲しいくらいだ。
「ううん、まだ話してない。そうだおきよが話してくれたらいいわ。ついでにお小遣いももらって来て。みんなにご馳走してあげたいから」
「お嬢さま……」
おきよは父親や母親になにをいわれるかわかっているだけに、そうは簡単に首を立てに振れない。さらには一度いい出したらきかないおはるにだけに、どうしたらいいか困惑するのだった。
なかなか腰を上げないおきよにおはるは早く行くように催促する。
おきよは渋々母屋のほうに歩いて行く。その後ろ姿は誰が見てもちからないものにしか見えなかった。
お茶もお菓子もなくなってしまい、手持ち無沙汰になった金太たちがそわそわしはじめたとき、ようやくおきよが母屋から戻って来た。
「どうだった? おきよ」
おはるは、早く返事が聞きたくて廊下まで出て待っていた。内心は、子供だけでは少し遠いかもしれないけど、ひょっとしておきよが一緒だったら許してもらえる、と一縷の望みを抱いていた。もしだめだったら別の場所に案内しようと考えていたのも事実だった。
「奥さまが、行ってもいいっておっしゃってました」
「ほんとに? ほんとにおっかさんが?」
おはるは一瞬自分の耳を疑った。七分三分で半ば諦めていたところにまさかの吉報が舞い込んだのだ。
「本当です。でもそれには約束ごとがあります」
「やくそくごと?」
「はい。その約束ごとというのは、奥さまとこのわたくしが一緒に行くということです」
おきよはそれをおはるに伝えると、これまでの緊張が解けたのかへたへたと廊下の床に膝をついてしまった。
「わかったわ。あたいは別にみんなと観音さまにお参りに行ければいいんだから、全然構わないわよ。でもなんでおっかさんが一緒に?」
おはるは、なぜ忙しいはずの母親がついて来るのか不思議に思った。
「それは、この前の四万六千日の日に観音さまにお参りに行けなかったから、なんだか落ち着かなくて、いい機会だから行きたいとおっしゃってました」
「四万六千日」というのは、浅草寺の縁日で7月10日にお参りをすると、4万6千日(約126年)功徳が続くとされている。さらにその日には「ほおずき市」が立ち、江戸中のここかしこから人々が集まり賑わいを見せるのだ。
「さあ、みんないまから浅草の観音さまにお参りに行くわよ」
おはるの掛け声でいっせいに腰を上げたものの、一向に出かける気配がない。痺れを切らした金太がおはるに訊いた。
「まだ行かないの?」
「ごめんね。ちょっと待ってくれる。おっかさんは出かけるときいつもこうなんだからほんと嫌になっちゃう」
おはるは口を尖らせたまま小走りで母屋に向かった。
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