第32話

 確かに5月の5日の鼠小僧次郎吉は盗みに入ったところを捕らえられた。あれから2ヵ月以上経っているのだが、巷ではノッポがいうような美談は流れていなかったのだ。

「それは、そのう……」

「誰から聞いたか知らないけど、次郎吉は貧乏人なんか助けちゃいないわ。盗んだお金は全部博打と女の人に使ったらしいわ」

「そ、そうだよね。でも人はいろんな噂ば立てたがるけん、しかたんなか。人の口に戸は立てられんもんね」

 ノッポは必死になってごまかそうとしている。

「さあ、もうそろそろ行こう」

 金太が助け舟を出して5人はその場を離れた。


 金太とノッポは前に一度来ているので、おはるの家は知っていた。

 前と同じように店の横の路地を黒板塀に沿って入ると潜り戸があって、おはるに招かれるままなかに入った。

 店の裏側には奉公人が寝泊りする場所と主人の住まいがあり、あとは離れと漆喰で塗られた白く大きな蔵があった。母屋と離れは板の廊下で繋がっており、離れの前には梅、椿、黒松、そして紫陽花などが植えられてある、きちんと手入れされた広い庭があった。

 金太たちは離れの庭を臨むことができる12帖の部屋に連れて行かれると、あまり目にしたことのない和室がよほど珍しかったとみえて、部屋の隅に荷物を置いたあと4人はゆっくりと部屋のなかを歩いて回った。

「おきよ、おきよーぉ」

 突然おはるが大きな声でお手伝いの名を呼ぶ。

「はーい、ただいまぁ」

 やがて黄色い着物に柿色の帯のおきよが、赤いたすきを外しながら足音と共に姿を現した。細面で利発そうな顔をしている。そのおきよの後ろに弟のよし吉がくっついて来ていた。よし吉は見慣れない顔がふたつ増えているのに戸惑いを見せている。

「おきよ、みんなにお茶をお出しして」

「はい、ただいま」

 おきよは言葉を残して下がって行った。

 金太たちはふたりのやり取りを見て呆然としている。これまでのおはるからは想像もできなかったからだ。

「おはるちゃん、すごいね。お付きのお手伝いさんがいるんだもん」

 愛子は羨ましそうな顔でいう。

「あれっ、あいこさんはお手伝いがいないの?」

「いるわけないじゃない。あたしん家はおはるちゃんとこみたいにお金持ちじゃないんだから」

 そのとき、軒先に吊るされた南部風鈴がちりんと透き通った音を聞かせた。

「遅くなりました」

 おきよが大きな盆を両手で持って母屋のほうから摺り足でやって来た。

「さあどうぞ、ゆっくりお召し上がり下さい」

 みんなの前に茶托に載った麦湯と、漆の菓子皿に載った大福もちがすすめられた。

 愛子意外の連中は慣れない正座に座りなおして、甘い大福もちを頬張った。

 廊下ではいつでも対応ができるようにおきよが膝を突いたまま待機している。



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