第30話 第3章 紛失 1

 7月の半ば―――待ちに待った夏休みに入った。

 これまでずっと受験勉強にちからを入れていた愛子とノッポだったが、あれ以来金太が気遣うくらいすっかりタイムトリップにはまってしまっている。

 ネズミはもともといっちょ噛みだから問題はないが、最初の頃は不安でしかたなかったノッポも、いまでは母親に平気で嘘をついてしまうようになってしまったし、絶対に鼻で笑って相手にしないと思っていた愛子が意外にも興味を示している。

 家族に嘘をついていることはけして大きな声でいえることではない。でもこのことを正直に話すとして、誰が信じてくれるだろう。万が一信じてくれたとしても絶対に反対するに決まっている。しかしこんな経験は誰でもできるわけではない、だからなにを犠牲にしてもやり遂げたいと4人は同じ気持をっている。

 ところが、このところ金太の脳裏にときどき不安が過ぎる。いまのところは無事に生還しているので問題はないが、いつ何時トラブルが発生するかわからない。金太は携帯を拾ったほうがよかったのか、拾わなかったほうがよかったのか悩むときがある。


 金太たちが江戸城見物から戻ってもう3週間になろうとしている。

 じつをいうと、金太は何度も向こうとこっちを行き来している。別にみんなに内緒にしているわけではなくて、おはると連絡を取りたいときに神田明神の床下に連絡用のメモを置いて来るためだ。金太はそのメモを書くときにもずいぶんと気を遣っている。なるべくひらがなを使うようにし、鉛筆やボールペンを使わずに筆ペンで書くようにしている。メモの紙もノートの切れ端ではなくわざわざ和紙に近い素材を択んでいる。一見無神経そうに見える金太だが、どういうわけかこの件に関してはいままでとは少し違うようだ。

「ボラーァ」「ボラーァ」

 いつものように結社の挨拶が小さな小屋に響く。

 ひとりひとりの声が違っているのに気づいたのは金太だけだろうか。

 土曜日の午前中にもかかわらず、すでに小屋のなかには熱気が充満している。それは金太たちのエネルギーの何倍かの熱量を放っていた。

 最近は愛子も着替えがうまくなって、見られないように向こうむきで着物を羽織ると、素早くTシャツと綿パンを脱いで帯を締める。

「みんな、準備はいいか?」

 金太は愛子の用意ができたところで声をかける。

「いいわ」「よかよ」「OKです」

 3人は笑顔で大きな返事をする。

「じゃあ、出発するぞ―ォ」

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