第28話
「金太、約109メートルらしい」
「わかった。そうすると、だいたい1キロメートルそこそこっていうことだな。だったらそんなに遠くないから早速行ってみよう。おはるちゃん、江戸城まで案内してくれる?」
「いいわよ、あたいについて来て」
おはるは下駄を鳴らしながら歩きはじめる。
「さあ、みんな江戸見物に出かけようぜ」
金太の掛け声に反応してみんなは動き出した。
それほど大きくない昌平橋を渡り、神田に向かって歩きはじめる。神田を越えればすぐに江戸城だ。
金太たちはぞろぞろと遠足または社会見学でもするかのように江戸の町を歩く。
道行く人は誰もが脇目も振らずに急ぎ足で行き来し、天秤棒を担いだ物売りとひきりなしに擦れ違う。野菜や魚などは見ればわかるのだが、荷箱やあんどんに書いてある文字はほとんど読めなくて、なにを売っているのかさっぱりわからなかった。
確かにこんな光景の場所を歩くのは江戸村か江戸資料館くらいのものだ。だが目の前に繰り広げられた作り物ではない江戸風景は、金太たちの目には新鮮そのものだった。
「うわァ、なんだこれ!」
ネズミが悲鳴に近い声でタコ踊りをはじめた。
突然のことにわけがわからない金太たちは、いっせいにネズミの慌てた仕草に目を向ける。
「どうしたんだよう、急に大きな声を出して」
金太は周囲に一瞥をくれたあと、すぐにネズミの顔を睨むようにした。
「だって、これ……」
ネズミは商店の外かべに片手をつきながら足の裏を見せた。
そこには犬のうんこがべったりとくっついていた。
「ほっほっほ。あのね江戸のはやり言葉ではね、こういわれてるの『伊勢屋、稲荷に、犬の糞』。つまり江戸の町にはそれぞれがやたら多いってことよ」
おはるは、うんこを踏んだときのネズミの顔がおかしくてつい笑ってしまった。
その後気分を害したネズミは、草履についたうんこを取るためにずいぶんと長いこと引きずりながら歩いていた。
神田あたりに差し掛かったとき、ネズミが道の左側にある商店の看板を指差して、
「金ちゃん、あの看板に書いてある『しょうかんぶつ きんえや』って、あれなに屋さん?」
と、なんのことかまったくわからないといった顔で訊く。
「……」
さすがの金太もわからなくて一生懸命に考えた。
「あれは小間物(こまもの)近江屋(おうみや)って読むのよ」
おはるが振り返りざまに笑顔で教えてくれた。
「小間物ってなにを売ってる店なの?」
店の前で足を停めてネズミの代わりに金太が訊く。
「小間物屋さんは、簡単にいうと、おしろいとか暮らしに使う道具を売ってる店よ」
「へえっ」
ネズミは感心しながら腰を折って店のなかを覗こうしたものの、長い暖簾が下がっているために無駄なことだった。
右も左も珍しいものだらけで、金太たちはすっかり遠いところから来ていることを忘れて楽しんでいる。
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