第15話

 金太は、通りの向こうで待っているノッポのところへ駆け足で戻った。

「ああ、びっくりした」

「どげんしたト?」

 ノッポは顔色を変えて戻った金太が心配になった。

「店でおはるちゃんのことを訊いたら、めちゃくちゃ怒られた」

「どげんして?」

「つまり、商売に関係ないんなら裏に回れってことらしい」

「だったら裏に行けばええんやなか?」

「うん」

 金太たちは店の横の路地を入って大黒やの勝手口を探す。大黒やの店の裏は大きな屋敷になっていて、3メートルほどの黒板塀が巡らしてあるので、なかの様子はまったくわからない。しばらく行くと、それらしい潜り戸が見つかった。

 金太たちはその前に立ち止まり、遠慮がちな声で「おはるちゃん」と呼んだ。だが返事もなく、誰も出て来る気配がない。金太はもう少し大きな声で二度続けて呼んだ。

 すると、塀の向こうで足音が聞こえたような気がした。このときと思ってもう一度おはるの名前を呼んだ。

「だあーれ?」

 がたがたといわせて勝手口の戸が開けられた。

 顔を覗かせたのはおはるじゃなくて丸顔の男の子だった。男の子は金太たちの姿を見ると、愕いた顔になってもう一度訊いた。

「だーれ?」

「うん。ぼくたちはおはるちゃんの友だちなんだ」と、金太。

「ぼ、く?」

 男の子は聞いたことのない言葉に戸惑っているようだ。

「おはるちゃんは?」

「お姉ちゃんは、さっき、明神さまに行くといって出かけたよ」

 男の子は、おはるの友だちと聞いたからか、やや安堵の表情になっていった。

「そうなんだ。じゃあオレたちももう一度行ってみようか?」

 金太はノッポの顔を見る。

「そうしよう」

「じゃあ、おいらが明神さままで連れてってやるよ」

 男の子はそういうと勝手口を出て急ぎ足で通りに向かった。

 神田明神に向かってしばらく歩いて行くと、向こうのほうから見覚えのある着物を着た女の子が小走りでこちらに向かって来るのが見えた。すると突然、金太たちの先を行く男の子が大きく手を振りながら、「お姉ちゃーん」と大きな声で呼びながら駆け出した。

「金太ぁー」

 おはるは右手に小さな包みを持って、弟より金太のほうに駆け寄った。

「おはるちゃん、あそこの場所で待ってたけど、ちっとも来ないから家のほうに行ったんだ。そしたらこの子が連れてってやるっていうから……」

「ああ、これはあたいの三つ違いの弟でよし吉っていうの。よし坊、この人、金太さんっていうの。この前友だちになったんだよ。でももうひとりの人は知らない人」

 おはるはノッポの顔をまじまじと見ながらいった。

「おいらはノッポといいます、よろしく」

 ノッポはペコリと頭を下げる。頭のいいノッポは現代の言葉が通用しないことをすでに学習している。だがニックネームまでは気が回らなかった。

「のっぽ?」おはるはまたまた小首を捻る。

「うん、背が高いという意味だよ」と金太が説明をする。

「ふうん、そうなんだ。あのさあ、ここでは人目につき過ぎるから、こっちに来て」

 おはるはそういうと、脇目も振らずにすたすたと歩きはじめた。金太たちはおはるについて行くよりほかない。

 しばらく歩いて行くと、突然目の前が開けると同時にどこからか水の匂いがしてきた。

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