第14話

「地図からするとこのあたりなんだけど……」

 金太は四つ辻で足を停めて、インターネットからプリントアウトした江戸古地図を布袋から取り出して眺めている。

「金太、メモに書いてあった『大黒や』っていうのは、あそこと違う?」

 ノッポの指差すほうに視線を移すと、そこには四間(6.4メートル)間口の大きな太物問屋が見えた。太物とは、綿や麻の織物を扱う店である。

 店先には、店名を染め抜いた紺色の大きな日除け暖簾が春の風を受けて、細かく揺れている。ときどき客が出入りするのがうかがえる。

 通りには、風呂敷包みを抱えた女の人が下駄の音を立てながら急ぐ姿や、山のように荷を積んだ大八車を引っ張る男、旅姿で先を急ぐ男女など様々な人間模様があった。少し異質なふたりではあるが、通りは結構な人通りがあるのであまり目立たないようだ。

 しばらく遠巻きに店の様子を見ていた金太が動き出した。

「あの店に間違いなさそうだから、オレ勇気を出して訊いてみる」

「大丈夫やろか?」

「大丈夫さ。そんなに心配するなよ。いざというときにはこの携帯を押せばすむことだから」

「そりゃそうやけど……」

 ノッポは金太の度胸に感心することしきりだった。

 金太は通りの左右を確認したあと、店の前まで近づくと、日除け暖簾の横から店のなかをうかがう。

「すいません」

 店先から顔だけ覗かせた金太は、小さな声で縞模様の着物を着て茶色い前掛けをした番頭風の男に声をかける。男は聞こえなかったらしくもう一度前より大きめな声で呼んだ。

「はい」

 男は金太を客だと思ったのか揉み手をしながら近づいて来た。

「いらっしゃいませ」

 男は丁寧に頭を下げて挨拶をした。

「いえ、違うんです。ここにおはるちゃんていう子はいますか?」

 金太は髷を結った男の顔を珍しそうに見ながら遠慮がちに訊いた。

「誰だ、おまえは。お嬢さんになんの用だ。ここは店だ、用があるんだったら勝手口に回れ!」

 男は客でないとわかると、突然態度を変えて犬や猫でも追い払うような口調でいった。

「すいません、すいません」

 金太は青筋を立てて怒鳴る男に何度も謝った。

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