第4話

 金太が小石を蹴りながらキャベツ畑の横の道を歩いていたとき、小石の転がり落ちた溝に銀色にキラリと光るものを見つけた。気になって夏草をよけながら溝のなかを覗き込むと、傷だらけになった携帯電話が落ちていた。

「警察に届けたほうがいいかなァ。ノッポ、おまえどう思う?」

 金太は真剣な顔になってノッポのほうに躰を向ける。

「そりゃあ、拾得物は届けんと犯罪になるけん、届けたほうがよか。ばってんこげな古かタイプのやからもう使えないんと違うかなァ。子供が親からもらってオモチャ代わりに使っていたかもしれんばい。その証拠にボディにえろう傷がついとう」

「オレは携帯を持ってないからよくわからないから、ノッポちょっと調べてくれないか?」

「わかった。ちょっと待ってて、いま調べてみるけん」

 ふたたび携帯電話を手にしたノッポは、指先でメガネを押し上げると、難しい数学の問題に取り組むような難しい顔であちこちのボタンを押しはじめた。

「おかしかァ……」

 ノッポはしきりに首を捻りながらつぶやく。

「おかしいって?」金太は携帯を覗き込む。

「うん、いま調べたんやけど、バッテリーば充分にあるト。ばってん不思議なことに送信も着信も履歴がないんや。それと電話帳の登録が1件もない。ということは、タンス携帯やった可能性が強いな」

「タンス携帯?」

「ああ。タンス携帯っていうんは、タンスのなかに入れておくわけじゃなくて、機種変更したときの古い機種を処分せんまましまっておいた携帯のことで、どんどん新しい機種が出るけんタンス携帯が増えるってことやよ。やっぱデーターを消去したあと子供に持たしたんじゃなかろうか?」

「でも、もしそうだとしたら、バッテリーは必要ないから取り除くんと違う?」

「そういわれてみれば金太のいうとおりや。子供のオモチャだったらバッテリーはいらんト」

 ノッポは咽喉の奥から声を絞り出しながら頭を抱えた。

「どうしよう、やっぱ警察に……」

 金太はこれまで携帯電話というものを持たしてもらえなかった。いくら古い機種であっても、通話ができなくてもやっと手にすることができた携帯だけに出来れば手放したくないと思った。

「そしたら、実験してみたらええ。金太、ぼくの携帯に電話してみて。いいか、090の1832の56××」

「ああ」

 金太は嬉しそうな顔をしてノッポがいう電話番号を慎重に押した。

「だめや、かからん」

 ノッポは金太から携帯を奪うようにすると、液晶画面を覗き込んだ。「金太、これは壊れとうから警察に届けてもしょうがなかけん、好きにしてもええと思うで」

「本当に?」

「ああ。だって携帯の役目果たしとらんも」

「そうだよな」

 金太は頬を緩めると、口のなかにあったかわり玉をバリバリと噛んだ。

「金太、ごめん!」

 ノッポは突然椅子から立ち上がっていった。

「なんだよ、急に大きな声を出してェ」

「もう塾に行かんといかん時間になったト」

 申し訳なさそうな顔で金太の顔を見る。

「いいよ。また電話かメールするから」

 金太はそういったあと笑いながら小屋を出ると、稲田のように密生した腰ほどもあるエノコロ草(ネコジャラシ)を打ち払うようにして、農道に停めてあるノッポの自転車のところまで行き、跨って走り去るノッポの後ろ姿を見送った。

 左手にはしっかりと傷だらけになった携帯電話が握られていた。

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