第3話
「ボラーァ」
と、金太は反射的に返事をした。
「きょうは学習塾がある日じゃなかったのか?」
金太は手にしていたものを机の下にかくすようにしながらいう。
「そや。でも塾に行く前に金太と話ばしとうて来たんや。あかんかったト?」
ノッポは中学1年のときに、父親の仕事で福岡からここ東京郊外の自由ヶ丘中学に転校してきたのだが、つい博多弁をしゃべってしまったのが原因でイジメに遭い、見かねた金太が彼を助けたことが切っ掛けとなり、以来ふたりは親友になった。
しかし3年生になったときにクラス編成があり、これまでほとんど離れることなく行動をしていたのだが、別々のクラスになってしまってからこっち、あまり話す機会がなくなってしまった。
「そんなことないよ」そういったものの、金太はまともにノッポの目を見ることができなかった。「で、話ってなに?」
「別にこれといってはなかけんが、なんとなく話ばしとなったト」
学校では博多弁が出ないように注意しているのだが、2年経ったいまでも金太たちと話すときはどうしても向こうの言葉が出てしまう。
「そうなんだ。ところでノッポは最近何時間くらい勉強してる?」
「ほんとはせなあかんのやけど、ぶっちゃけあんましとらん。カアさんがうるさかけん家ではしとるような振りばしとる」
「ははは、そうなんだ。じつはオレもそう」
金太は大きな声で笑いながらポケットに手を入れ、かわり玉を掴み出すとノッポに差し出した。
「ありがと。ところで、いまなんば隠しよったト?」
ノッポは机の下に入れたままの金太の左手から目を離さないまま訊く。
「別にィ」
「そげなことはなか。ぼくの目はごまかせんト。ひょっとして人に見せたらいかんもんネ?」
「いや、そ、そんなことはないさ」
正直な金太は、どぎまぎした仕草をかくせなかった。
「だったら、見せたらよか」
「ああ、いいよ」
金太は渋々左手を机の上に出して、掌に握っているものをノッポの前にそっと出した。
「なんや携帯電話やないネ。金太もようやく携帯ば持たしてもらえるようになったんやネ。それにしてもえらく古いタイプのやつやな、いまどきこんなアンテナのついた機種なんて」
ノッポは渡された携帯電話をためつすがめつしながらいった。
「違うんだ。そうじゃないんだ」
「え、違うって? 金太のいってる意味がわからん」
「拾ったんだ」
「拾ろた?」
「そう。おととい学校の帰りに拾ったんだ」
その日金太は6時限の授業が終わったあと、ひとりで帰宅の道をのんびりと歩いていた。学校から家までは歩いて20分ほどである。まだ衰えることを知らない初夏の陽射しに学生帽を被りなおした。
このあたり、近年東京郊外にも住宅化の波が押し寄せては来ているものの、まだ田園風景は充分残されている。
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