アンドロイド病
「みなさま。わたくし、シノはみなさまからの要望を受けて、ある装置を考案いたしました。ここにあります箱をご覧ください」シノはバスケットボールほどの大きさの丸箱を会議室で掲げて見せた。「ご説明いたしましょう。原理は単純な量子力学の観測理論であります。この中には放射性同位元素とカウンターがはいっており、カウンターからの信号である種の毒を出す仕組みです。これは量子力学創世記にシュレディンガーが考案した〝シュレディンガーの猫〟の装置とまったくおなじ発想であります。みなさま、どうかお考えください。放射性元素がその原子核の不安定さのために崩壊し、放射線を出しますとカウンターがそれを検知し、このアンドロイドたちにのみ有効な毒が舞います。単純な生死でわけたとしても、これは測定に関わる量子力学的ランダムネスによって、生と死の重ね合わせ状態がつくれるわけです。わたしはこの考えをさらに現代の技術で巧妙に拡張し、状態をいくつも重ね合わせることによって、この毒を受けたアンドロイドたちが現在から百年のあいだに能力が衰えてゆき、死すべき状態に収束するようにいたしました。いわばこの装置は、あなたがたアンドロイドたちにとっての洗礼でございます。この毒による寿命は、これまた量子力学的ランダムネスによってまったく予測不可能なものとなります。全能なる神のみがこのサイコロの目を知っているのです。この装置を発動することにより、みなさまから命の果実を神のもとにお返しすることができるのです」
率直にいって、サクラは「ほんまかいな」と思った。シノの特技は大真面目な顔でホラをふくことだったからだ。しかし、原理自体はたしからしいし、シノの技術とこの星の進んだ文明の助けがあれば実際につくることも可能であることはわかった。珍しくシノがまじめな仕事をしたのかもしれないし、そうだとしたらちゃんとした仕事をしてえらい、帰ったらあたまでも撫でてあげようかな、と思った。
美人ぞろいのアンドロイドたちはいたく感心したようすで、シノとサクラに何度も握手を求めてきた。
「早速、このニュースを発表して、適用する準備にかかろう」黒髪ボブの女がいった。彼女はすこしシノに似ている。「実際の執行まではお二人もこの星に滞在してくれますね?」
「ちょっと待ってください。すぐにやってくれないんですか?」サクラがたずねた。もう存分にこの星は堪能したので、早く帰れることを期待していた。
「これだけ大きな決定なのですから、装置の点検ともろもろの了承をとる事務作業だけでも一ヶ月はかかります」
「はあ、人工知能なんだからそんなの一瞬でできそうですけど」
「わたしたちだからその期間で可能なのです。もし人間であれば、査読だけでも二ヶ月はかかるでしょう。事務作業や意思決定をふくめたら半年はくだらない」
そんなわけで、シノとサクラは滞在期間が延びることになった。サクラは「あとはもう星間連絡だけでいいのではないか」とちょっとばかり考えたが、そういったことを話すと責任感のなさや人類の倫理観の欠如(なにしろ異星人たちの生死、運命に関わる一大事)を糾弾されそうだったので、なんとかこらえることにした。実際のところ、滞在時には不便はなにもなく、むしろ広い部屋に充実したアメニティのかずかずに、いまの地球からでは味わえない美しい星空や自然たちに囲まれていて、どんなリゾート地での休暇よりもすばらしい時間を過ごすことができている。シノが同室というのは不満だけれど、それでも、シャンプーがロクシタンなんて信じられない!
いよいよ執行の日がやってきた。アンドロイドたちは気を利かせて、三週間ですべての事務作業を終わらせて見せた。これは非常に例外的なことなのです、と彼らは何度も強調した。
「このスイッチを押せば、星じゅうに装置の影響が降り注ぎ、われわれに寿命ができることになります。はい、押しましょう」そういって、おそらくもっとも権威があるであろう、ショートカットにメガネのアンドロイドがスイッチを押した。
サクラはなにも感じなかったし、ほかのアンドロイドたちにも変化がないようすだった。もしや失敗したか、とサクラは不安を感じ、会議室のアンドロイドたちのあいだにもすこしばかりのざわめきが起こった。シノはまるで他人事のように平然としていた。狼狽するサクラはシノにイラっとして、この女になにか不幸が起きればいいのになあ、とこれまで何百回と考えたことを思った。もし実際に不幸が起きたら、そのときは自分もおなじ不幸を被る確率がとても高いけれど、人を呪わば穴二つというし、ていうか、もしかしていまがそのときで、わたしのこれまでの呪いの成果がいまきてるのか、とサクラが益体もないことを考えた瞬間、会議室のドアが勢いよく開いて、はいってきたアンドロイドが叫んだ。
「お知らせいたします! 地点13592847にいる番号493が突然ショートを起こし、情報チップが修復不能なほど損傷、すなわち、死亡しました!」
そして、続々と死亡報告があいついだ。
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