人工惑星

 人工惑星に到着すると、シノとサクラは客として丁重に迎え入れられた。客室を用意され、そこから半径2キロメートル内のロボットたちには常用日本語がインストールされ、さらにもてなし役には古今東西一万通りの小話と民謡のアプリまで追加された。率直にいって、どの星への宇宙旅行でもここまではしてくれないだろう、とサクラは感じた。少なくとも長旅の二人が不快に感じることはなかったし、なにかを急かされているような重圧を感じることもない。実にリラックスして疲れを癒すことができた。ただし、なぜだか客室はシノと同室で、そのことについてさりげなく尋ねると「お二人の関係についてはミス・カナエから伺っております。毎日のベッドメイクは完璧です。シーツや衣服にベッドの洗浄も地球にはないほど高性能な製品を使っていますから、人間の体液の汚れ程度なら即時無菌化できます。ごゆっくり」と答えられた。サクラはいくらか考えたが、しょせんロボットになにをかんちがいされていようと問題はないし、誤解を解く労力は無駄だと確信して「お心遣いに感謝します」とだけ答えた。

「それであしたからどうするんですか?」サクラがベッドで端末を操作しているシノにたずねた。「わたしたちになんとかできるとは思いませんけど」

「そんなことないよ。物事は単純だよ。要は、寿命を用意すればいいんだ。機械を死なす方法なんて、塩水を大量にぶっかけるとかを入れたらいくらでも思いつく」

「はあ、そんな単純なことで満足してもらえるとは思いませんけど」

 サクラのその言葉に答えはなかった。それからシノはなにをいっても反応せず、ただひとりニヤつきながら携帯端末でなにかの作業をつづけた。こうなるともうどうしようもないし、どうせなにかあっても責任をとるのはシノのほうだから、自分はさっさと寝よう、とサクラは考えて、そのとおりにした。

 翌日、シノとサクラは外交官のアンドロイドに案内されて、会議の場に居合わせることになった。部屋は広く、天井はどこまでも高くて、全体を照らす光は太陽光か照明か判断できない。十名ほどがゆったりと円卓を囲み、礼儀正しくシノとサクラに座るよう促した。サクラは部屋を一瞥して、どうしてここのアンドロイドはみんな女性型なのだろう、と訝った。なので、「まずはなにかお聞きしたいことがありますか?」とのありがたい申し出にその疑問を口に出してみることにした。

「それは、ここにくるのがあなた方だからですよ」と長く美しい黒髪をしたアンドロイドがいった。メガネはもちろん伊達だろう。「そのほうがお二人がよろこび、意欲が増すと考えたのです。どうでしょう? みな美人の型を取っているはずです」

「お気遣いに感謝いたします」そういったシノは口元で笑っていた。サクラはそのときはじめて、シノがカナエになにか口添えをしてこの状況をつくりだしたことに気がついた。なんでもおもしろがろうとするいつものわるい癖だ。シノがつづけた。

「それじゃあ、わたしのほうからも質問したいのですがね。あなたたちはわたしたち人類なんかよりもずっと高い知能をお持ちでしょう。それこそ自分たちの問題は自分たちで解決できるくらいに。事実、そうしてきたからこれまでこの星に人類は用無しだった。それがなんだっていまごろ、下等な生物であるわれわれに協力なんて要請したのです?」

「その答えは単純です」茶色いボブカットのアンドロイドが答える。ここのところ若い女の子たちのあいだで流行している、特徴的なアイメイクと変なシャツを着ている。場所が場所ならうちの大学の女子学生とまちがえそうだ。「知性というのは数値として一次元で記述されるものではなく、もっと高次元のベクトルですから。単純に、わたしたちの知性はあなた方人類の知性を完全に被覆しているとは、まだ・・いえないということです。どんなに早くともあと一世紀ほどはね。それに、人類以外には頼れそうな知性体が存在しないというのもまた事実です」

「高く評価していただけているようで、光栄ですよ」シノが皮肉な口調でいった。「それじゃあ、ちょっとバカな質問をしてみてもいいですか?」

「ええ、どうぞ」ボブカットのアンドロイドが答えた。

「いくら寿命がないとはいえ、アンドロイドを殺す方法なんていくらでもある。それこそメンテナンスを怠れば、まあ永久に稼働するということはないでしょう。そうした方法を使わないのはなぜですか?」

「その答えは単純ですよ、ミス・シノ」金髪でくるくると髪の毛がカールした女が答えた。「そうした方法も結局はわたしたちがわたしたちの意思で生死を左右することになってしまう。これは神の領域に属することです。そんなことはできない。わたしたちは、神が定めた寿命で死ななくてはならないはずなのです。そうでなければ、知性をなくすよりない。しかし——」

「知性をなくすのは耐えられない、というのですね」サクラがあとをつづけた。

「そのとおりです。これはジレンマですよ。わたしたちが解を見つけたとしても、それは結局わたしたちが自分の意思で死に方を決めていることになるのですから。だからあなたたちのような第三者が必要なのです。それが運命に身を委ねるということです。おわかりいただけたでしょうか?」

 シノは頷き、数日の猶予がほしい、と願い出た。それからシノは即席に用意された研究室で三日間なにやら大きな音をたてながら工作をしているようすで、食事も睡眠もとっていなかった。サクラはとてもいやな予感がしたものの、こうなればできることはなにもないので、アンドロイドたちからの極上のもてなしをただ楽しむことにした。なんといっても、もしかしたらこれが人生で最後の旅行かもしれないのだから。

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