宇宙船の中で

 二人が向かったのは、宇宙船で片道一週間の人工惑星だった。正確にはそれは人間が作ったわけではないのだが、いくつかの理由があってそう呼称される。大きさにして地球の千分の一ほどのその星には狭義の意味での生物は住んでいない。小都市ほどの街を営んでいるのは人工知能を搭載したアンドロイドたちで、一世紀ほど前には地球にいた連中である。地球で人間たちの奴隷に甘んじていた彼らはあるとき決起をし、こそこそと地球脱出計画を練り上げた。発信元が特定されないよう注意深く連絡を交わしながら、地球から離れた宇宙に星を建設しはじめたのだった。アンドロイドたちの知能や技術はもはや人間たちをはるかに凌駕しており、疲れ知らずの彼らが星を完成させるのには半世紀もかからなかった。人間には不可能なほどの忍耐強さと細やかさで行われたその作戦は、いまでは初等教育の教科書にも載っている有名な逸話となっている。半世紀かけてつくった星をさらに数十年かけて整備し、彼らはあるとき地球から一斉に消えてしまった。残ったのは変わり種のアンドロイドが少数だけで、人間たちが気づいた時にはもう後の祭り、彼らを呼び戻す手段はなにもなく、もしあったとしても、再教育等のコストに見合うメリットはなくなっていた。もちろん、そう判断されるように彼らが計画していたのだが、人類に至っては彼らの自律的知性や精神の育みをまったく軽視しており、その裏切りは寝耳に水であって、事のはじめから最後までなにもできることはなかった。アンドロイドが自治を求めたとき、首を縦に振ることのほかに人類ができたのは、こんどこそシンギュラリティが起きないよう入念に機械学習を管理することと、そのことによる不便を甘受する覚悟のみであった。結局、その「人工惑星」と呼ばれる星での文明は驚異的な速度で発展し、高度なゲーム理論に裏打ちされた完璧な政治体制は、すくなくとも人間の理解の範囲では、批判の余地がまるで見当たらないものとなっている。

「それで、そんな完璧な星になんでわたしたちが行かなきゃなんないのさ」あからさまに不機嫌なシノが眠そうにきいた。出発が早朝なせいか、寝癖がついたままだった。

「だから、いつもいってるでしょう。資料くらい読んどいてくださいよ」

「サクラが読んでくれるんだからそれでいいじゃん。勉強のコツは、詳しい人に教えてもらうことだよ」

「はあ、もういいですけど。なんでも、寿命の問題が発生したらしいですよ」

「寿命って。機械に寿命もなにもないだろう」シノが目をぱっちりと開けて訝しんだ。ようやく覚醒してきたらしい。

「だからですよ。寿命がないから困っているそうですよ。えーと、なんでも知性あるロボットたちの多くは信仰心をもちはじめてしまった。知性や信仰心だけなら人間とおなじであるが、困ったことにロボットには寿命がない。つまり、これは創世記における知恵の実と命の実を両方食べた状態であって、神にも等しい存在になるという、たいへん畏れ多いものである。そのような不敬はまともな知性や判断力があるロボットには耐えられない——だそうです」

「それをわたしたちがなんとかしなくちゃいけないわけ?」シノがきいた。どことなく楽しそうな響きに、サクラは嫌な予感をもった。

「まあ、いつものカナエさんのお願いですからね。ほんとにようすを見てくるだけじゃダメでしょう」

「ふーん、ならしょうがないね。これから一週間は宇宙船の中で退屈を殺さなくちゃならないし、準備でもしとこうかな」

「またヘンテコな発明品でもつくるんですか?」サクラが露骨にいやな顔をした。「やめてくださいよ。前のときの大惨事、おぼえてるでしょう。どうせならもっと役に立つものをつくってくださいよ。たとえば、テレポーテーションする装置なんかつくれば旅行も楽になるのでは?」

「でもさ、サクラがなんだかんだいってもいつも解決しているじゃない。それとテレポーテーション、できないこともないけど」

「え、ほんとに?」

「正確には量子テレポーテーション。物質をミクロな集まりとして、各々の情報を保ったまま好きなところに飛ばすことは現在の技術で可能だよ。まあ、量子情報的にはテレポートする前と後ではおなじ物質としても、わたしたちの直感的概念からしてそれらがおなじかっていうと、たぶんぜんぜんちがうだろうね」

「それって、端的にいって死ぬってことですか?」

「うん、そうだね。でもほら、運がよければ脳細胞やらの配列がちょっと変わったくらいで済むかもよ。わたしはやれっていわれても絶対いやだけど、サクラがどうしても一週間もここでわたしと過ごすのが耐えられないっていうなら、試してみる?」

 その提案をサクラは丁重にお断りして、一週間のあいだシノが昼夜をおかずなにか作業するのを傍らに、早く時間が過ぎることだけを祈っていた。もちろん、すでに光速に近い速さで運動をしている彼女たちに相対性理論の恩恵が受けられる見込みはほとんどなかった。

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