第6話 ユミット 東巡③

 スペクターの灰が全て空に登り、凍りついていた空気はゆっくりと溶けていく。

 まるで春の訪れのように。


 退治してからしばらく自身の拳を見つめていた大鳳君が、急に顔を上げた。

 キラキラした笑顔でこちらに向かい、柵から身を乗り出して叫ぶ。


「見ました!?どうでした合格ですか!?俺のゴールドラッシュ!」

「見事だったよ。初退治おめでとう。君はもうすでに素晴らしいユミットだ。……ただ、ラッシュじゃなくてパンチ一発だけだったな。あとゴールドラッシュは金を採りに人が殺到することだ」

「えっ、あ、だからなんか聞いたことある響きだと思った!」


 突っ込まれた大鳳君は目を丸くしていた。

 しかし、その心意気は悪くない。先輩としてアドバイスしてやろうという気が湧いてくる。


「そうだな……金色を使いたいなら『金剛拳』とか『璞玉金拳はくぎょくきんけん』とか『ゴルドネス・エイバー』とか、どう?」

「あー、金剛拳ってなんか言いやすくていいですね。俺、和風っぽいやつ好きっす!」

「確かに言いやすさは大切だな。肝心なときに噛んだら恥ずかしいし」


 盛り上がっているところへ、ずっと何かを言いたそうだった大和が口を挟んできた。


「あの、隊長、そもそも攻撃するのに名前はいらないと思うのですが」

「黙ってろ大和。これは浪漫の問題なんだ」

「そうそう。必殺技はロマンですよ!」

「はぁ……?」


 むしろ必殺技を叫ぶ瞬間を楽しみに仕事をしているまである。恥とかそういうのは14歳の時に捨てたので問題ない。

 再び大鳳君の必殺技名について話し合おうとしたが、大和が咳払いをして止めてきやがった。


「隊長。まずは仕事を片付けましょうね。彼とはまた後でゆっくり話せるでしょうから」

「……うーい」


 せっかく盛り上がっていたのに。

 しかし、まあ確かに、新たなユミットの発見は実は一大事である。このまま時間を無駄にして報告が遅れたら、上にゴチャゴチャ言われそうだ。


「あー、大鳳君。君はそっちの人たちと一緒に、先に下に行っててもらえるか?聞きたいことも色々あるから」

「わかりましたー。あ、東さんってまた会える感じですか?」

「会えるけど、何か?」

「オッケーです!じゃ、またあとで!」


 手を降りながら、大鳳君はC班に連れていかれた。何でまた会えるかと確認したのか、気になる。

 気になるが、まずは仕事だ。それぞれの業務をこなす部下たちへ問いかける。


「よし、幽度計計測」

「幽度数 0.2!」

「……何なんだその0.2は」

「0.2の正体はわかりませんが『梟』の計測により、周辺の安全が確認されました。現在時刻9時49分、スペクターはもういません」

「じゃ、いいか。次、所在不明者確認」

「はい!女子生徒4名、男子生徒2名、先生1名、全員生存を確認しました!」

「担当教員へは伝達済みであります」

「『鳩』より報告ありましたー。負傷者はあわせて31人。重症の5人は緊急搬送済みでー、他の軽症の人の検査も指定病院に手配済みでーす」

「『梟』より。9時52分、警戒解除の許可が下りました」


 ドドドッと押し寄せてくる部下からの報告を処理しながら、体育館へと戻り、先生たちに状況を伝えた。何度も頭を下げられ感謝されるが、相手スペクターは基本棒立ちなので大して達成感もないのが本心だ。笑顔で隠してはいるけれど。


 マイクを握ってステージに上がる。スイッチを入れるとブブンッと音がして、眼下の生徒たちの目線は一斉に自分に集まった。

 その快感にうち震え、キメ顔したりポーズをとったりしたい衝動を抑えつつ、事務的に全生徒へ伝える。


「先程、9時49分を持ちまして、全てのスペクターは駆除されました」


 沸き上がる歓声・泣き声・拍手・万歳。

 パンパンに膨らみ弾けそうだった不安の風船が、急に萎んだ反動だろう。この光景も何百回と見てきた。

 どうせ聞いていないだろうな、と思いながらも、このあとの注意事項やら何やらを淡々と話す。


 ああ。今日と明日が休みとは、羨ましい。


 ※


 真っ赤な夕日にバカ野郎と言いたい。

 もう少しゆっくり沈んでくれたっていいじゃないかと。


 スペクター退治が終わったとて、我々の仕事は続くのだ。現場清掃・点検の指示、先生方への説明、メディアの対応、他。これでは1日が48時間あっても足りない。

 おまけに今回はとんだイレギュラーもある。


「あ、東さん。お待たせしてすんません」


 大鳳君イレギュラーは重そうなリュックを背負い、人当たりの良い笑顔で近寄ってきた。

 あの後、彼にはユミットに目覚めた状況や、どのような行動を取ったのかなど、様々な質問をさせてもらった。本人は非常に協力的だったのだが、目覚めた状況については本人もあまりよく理解できていないようで、質問は長きに渡った。

 また、簡単に『ユミットになる』ということについて説明し、秘密保持契約書など諸々の書類にサインをしてもらった。


 これから、大鳳君の存在は『国』の管理下に置かれる。自分たちと同じように。

 ユミットとはそれほど重要な存在であり、強制的に、問答無用に、容赦なく、平凡な人生とおさらばすることになる。


 しかし当人は、学校に通えなくなることも、友人家族に会えなくなることもまるで気にしていないかのように、穏やかな表情である。

 それは違和感を覚えるくらい穏やかで、思わずこっそり「仏か?」と呟いてしまった。

 その声が聞こえたのか聞こえなかったのか、首をかしげる大鳳君に、誤魔化しの笑顔を向ける。


「用事は済んだ?」

「はい。ロッカーの中身とか、ちょい整理してきました」

「真面目だねぇ」


 彼はへへっ、と笑いリュックを背負い直した。中に何が入っているのだろうと考えていると、星の瞬きのようなキラキラを宿した瞳が自分に向けられた。


「東さん、あの」

「何かな?」


 一息おいて、大鳳君は熱く語る。


「東さんの戦うとこ、すっげー格好よかったです!銃もすごいしゴツいし!二刀流って実際にできるんですね!倒すのも早くてめっちゃ興奮しました!だから俺、もっと東さんの戦い方知りたいです!」

「……そ、そう」


 正直心の中は、真っ直ぐな少年の熱意に嬉し恥ずかしの狭間で踊り狂っていたのだが、外見上は無事クールに振る舞えた。


「これからしばらく移動だから、車内で少しだけなら話せるけど?」

「マジっすか!ありがとうごさいまっす!」

「うん。じゃあ暗くなる前に移動しよう」


 大きく頷いた大鳳君は、意気揚々と歩き出した。

 しかし、2メートルほど進んだところで彼の足が急に止まった。彼は校舎の方へ振り返り、頭を下げ、両手を合わせる。


 夕陽に照らされる体から、僅かに金色の粒子が漂っているように見えた。

 風ひとつない静寂の時間の中で、自分の鼓動だけがトクトクと聞こえてきた。

 静かな祈りの時間は、およそ10秒続いた。

 

 思わず息を止めて見守ってしまっていたが、大鳳君が顔を上げたタイミングで呼吸を取り戻す。

 何食わぬ顔で再び歩き出す大鳳君を追いかけ、質問してみた。


「……今のは何をしていたんだ?」

「や、なんか。どうか皆に希望がありますようにって。気持ちだけでも祈っておこうかと」

「希望?」


 どういう意味か問おうとしたところで、迎えの車のクラクションに邪魔をされた。見れば大和が窓から顔を出し、手招きしている。

 大鳳君は「今行きまーす」と叫んで、小走りで車に向かう。

 これから人生がまるで変わってしまうというのに、そんなことを感じさせない、いたって普通の足取りで。


 それでも、普通に見えても、やはり思うところはあるのだろう。だからきっと校舎に向かって合掌したのだろう。

 思い出の詰まった校舎や、友人や恩師の無事を願っての「希望」なのだろう。


 自分でそう結論付け納得していると、再びクラクションが鳴り響いた。せめて彼が苦労しないよう、先輩として導いてやらねば。


 そう思いながら、自分も茜色の校舎に合掌した。


 ◆


「その時はね、そう思ってましたよ。身内のためのお祈りだって。まさか希望がそんな意味を持つだなんて……ねえ?わかるわけないじゃないですか」


 ふうっ、とメグルがため息をついたところで、突然アラームが鳴った。


「おっと。ごめんなさい、もう時間だ」

「そうですか。今日はありがとうございました。それでは、他の話は次の機会に」

「ええ、いつでも連絡してください」


 メグルはそう言って微笑むと、大きなキャリーケースを掴んで立ち上がる。

 歩き始めた背中に向かって私は、最後に気になっていたことを質問してみた。


「あの、最後にひとつ!」

「何でしょう?」

「メグル、……失礼かもしれませんが、あなたは男性ですか?女性ですか?」


 メグルはこちら側へ戻ってくると、ポケットから鮮やかな紫色の名刺を取り出し、私に差し出した。


「どっちでもあるし、どっちでもないですよ。なんてね」


 魅惑的な表情だけを残して、メグルは今度こそ立ち去る。


 名刺にはSNSのアカウントが載せてあったので、アクセスをしてみた。

 ……顎が外れるかと思った。なんと美しいキャラクターのコスプレだろう。

 メグルは有名なコスプレイヤーであった。


 しかし、謎は解決しなかった。

 胸の谷間をさらけ出したコスチュームもあれば、上半身裸の男性キャラクターの姿もある。

 どちらも驚異的な美しさであり、またどちらも間違いなくメグルの顔であった。


 コメント欄もメグルの性別を巡って様々な意見が述べられていたが、とあるコメントを私は気に入った。


『性別なんて些細なことさ』

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