第5話 ユミット 東巡②

『こちら東棟C班。スペクターを2体発見しました』

「了解。屋上まで誘導せよ」

『了解』


『こちら西棟B班。女子生徒3名を保護。全員重症です』

『こちら鳩。了解しました。動かせそうであれば急いで体育館まで連れてきてください』

『了解、急ぎ搬送します』


 無線から聞こえる有能な部下たちの声が、次々と仕事をこなしていく。先ほど我々A班も女子生徒を1人保護したので、あとは男子生徒2人と先生だけだ。

 さっさと終わらせて帰ろう。そして報告書は大和部下に任せて自分はマンガの続きを読もう。

 そう思い歩みを早めたところで、新たな無線が入った。


『こちら東側D班、所在不明だった先生を発見。体育館へ連れていきま……あっ!』

「D班、どうした?」

『ちょっと君、待っ――!危―――育館―!――足はや――っ!?ま――何処へ――』

「D班?D班?………おい月橋。なにがあった、答えろ」


 無線から離れて声を出しているのか、音声は途切れ途切れであった。聞こえる内容からなんとなく状況は想像できたが、確認のため班長の月橋に問いかける。


『月橋です。男子生徒が上の階へと走っていきました。おそらくあの男子生徒が大鳳君ではないかと!』

「なにしてんだ大鳳君は。あー、先行しているC班へ。スペクター誘導しつつ、大鳳君っぽい男子生徒が来たら即捕獲せよ」

『了解』


 無線にため息を乗せ天井を仰ぎ見た。歩みは止めずスペクターを警戒しつつ、つい愚痴をこぼしてしまう。


「勇敢と無鉄砲の違いもわからんヤツが、今日も仕事を増やしよる」

「まあ、まだ子供ですし」


 大和がやんわりと応えた。そのあとに聞こえてくるのは、ブーツの音、扉を開く音、無線のジジジという音。人の姿はなく、学生の喧騒もなく、スペクターの気配は微かに上から感じられる。

 静かな学校を黙々と捜索していると、ポツリと大和が呟いた。


「……それにしても、あれですね。走っていったということは、その大鳳という少年は正気?無事?なんですね」

「あー、確かに。もしかして耐久者ドゥワルトかもしれんな。それか、奇跡的にユミットかも」


 気がつけば、目の前には屋上の扉。

 施錠された扉の向こうからは、微かにスペクターの気配がする。やっと仕事が終わりそうだ。


「いやいや、ユミットは流石にないでしょう」


 鍵を開けながら大和が笑った。

 間髪射れずカチリと音がして扉が開く。武器を構えて扉の外を凝視し――


 ――……眩しい。


 太陽の光ではない。黄金色の稲穂のような光が扉の間から溢れだし、広がる。

 緊張は解かず、武器を構えたまま屋上へ踏み出すと、まずは目の前に、木偶の坊のように立ち尽くしているスペクターが3体。柵を挟んで西棟側の屋上に、同じく棒立ちのスペクターが2体と、C班・D班。そしてスペクターを挟んで反対側に、少年がいた。


 少年は光っていた。

 全身が柔らかな金色に覆われていた。


 一旦すごく驚いたが、まずは落ち着いてよく観察する。

 きっと彼が大鳳君なのだろう。背は高めで、そこそこキレイな顔立ちをしている。主人公のライバルにありがちなタイプの顔だ。頭の中には、某バスケマンガや某忍者マンガのライバルの顔が浮かんだ。

 しかし彼の纏う光りは神々しく、彼を選ばれし者の如く祭り上げ、それはそれは主人公と言わんばかりの目立ちっぷりであった。


 少年の発する輝きに、その場にいた誰もが呆気に取られている。

 しかし彼は気にすることなく、全身光った状態のまま、柵越しの我々に声をかけてきた。


「すみませーん!もしかしてユミットの人ですかー!」

「日本怪異対策機構、ユミットの東だ!」

「俺ー、大鳳弓人っていいます!」


屋上は風が強く、距離もあるため会話は自然と大声になる。


「大鳳君!どうして避難しなかったんだ!スペクターは危険だって教わっているだろ!」

「ごめんなさい!でもこうしろってが頭の中で指示してきて!」

「はぁ?」

「そしたらなんか急に光れるようになって!たぶん俺、ユミットに覚醒したっぽいんですよ!それで助けられる範囲の人は助けたけど、こっから先がわかんないんすよ!」

「はぁ!?」

「なんか光るヤツ投げても、スペクターたち逃げるばっかりで!倒せないんですよ!ほら!」


 そう言って大鳳君は右手を薙いでみせた。動きに連動して黄金のさざなみが起こり、スペクターの1体に覆い被さる。

 それまでユラユラとただ揺れていたスペクターだったが、漣に狙われた途端、嫌がるように乳白色の身を捩った。光の中から逃げ、浮かび上がってこちらに向かってくる。

 醜い、出来損ないの人間のような、おぞましい巨体が柵を越え、眼前に迫る。


 うわ、気色悪い。


 そう思うと同時に、2丁の愛銃を振り上げトリガーを引く。

 1発、2発、3発。

 薄紫色の光弾が銃口から放たれ、寸分違いなく、スペクターの頭部へ吸い込まれる。光弾を喰らったスペクターは爆発四散し、破片が白い灰のように崩れだした。スペクターだったものがサラサラとキラキラと、ゆっくり天に昇っていく。

 ああ、いつもの光景だ。ビフォーのスライムもどきの化物姿とは似ても似つかない、清らかな光景だ。


 その光景を見届けてから、別に硝煙は出ていないけど、格好いいのでフッと銃口を吹く。

 背後から感じる大和の呆れた気配を無視して、大鳳君と目を合わせた。自分のガンアクションに驚いたようで、ぽっかりと口を開け、目はパチクリと瞬いている。

 その様子に気分を良くした自分は気合いを入れて声を張り上げた。


「特別に実技授業だ!大鳳君、その目によく焼き付けておけ!」

「えっ、あっ、はい!」

「まず、君の金色の光や自分の紫の光だが、それはユミットだけが持つ特別な『力』だ」

「特別な『力』……!」


 大鳳君の表情が輝き初めた。

 わかるわかる。自分も初めて『力』について聞いたときは非常にときめいたものだ。詳しい説明は後で『梟』とかにしてもらうとして、自分は『力』のコントロールを教えるとしよう。


「『力』はその存在を認識し、イメージを固めることで、スペクターらを貫く矛となる。自分の場合は『力』を『銃弾』とイメージし、銃に込めて打ち出している……こんな風にね!」


 両手の銃を構え、大鳳君にも理解できるよう、あえてゆっくり行程を見せる。

 まずは『力』を放出し、全身から『力』が溢れ出す様子を見せる。薄紫色の光がオーラのように体を覆ったのを確認し、次に意識を銃へ集中させる。光は全身から銃身へと移動し、銃弾として中に収まった。


 しかし、自分は今までこの作業を何百回、いや何千回繰り返したのだろう。

 手に馴染んだ銃をクルクルと回しながら、スペクターの位置を確認する。立ち位置さえわかればあとは何も悩む必要はない。

 トリガーを引いて、1発。


 スペクターの頭が弾け、中央に浮いている透明の球体が露になった。


「見えるか?これがスペクターの『コア』だ!」


 核が剥き出しになったスペクターはパニックを起こしたかのように、手足のようなものをバタバタ振り回して突進してくる。


「このように、核が剥き出しになると奴らは襲いかかってくるようになる」


 必要最小限の動きで避け、足払いを掛ける。巨体は情けなく成すがままその場に倒れた。


「だから素早く、撃つ!」


 さあ、見せ場だ。


燃え尽きよ幽霊アインエッシェルング!!」


 足元の1体に2発。他の2体に3発ずつ。

 目にも止まらぬ早さで撃ち抜き、反撃を喰らう前に処理する。ほんの数秒のうちに3体のスペクターは純白の灰となり、空に消えていった。


 自分の戦いを見た大鳳君はというと、口をあんぐりと開け空を見上げながらも、全身の光はゆっくり手に集束しつつあった。イメージが固まり始めているようだ。なかなか筋が良い。

 これなら即戦力かもしれない。そんな期待を込めて、大鳳君へ声を掛ける。


「なんとなくわかったなら、そっちの1体を殺ってみろ!」

「マジっすか!いきなり実戦ですか!?」

「失敗したらこっちから倒してやるから、心配は無用!だからまずは自分の手に『力』が集まるイメージをしろ!」

 

 アワアワしていた大鳳君だったが、自分の指示を受けて、掌をじっと見つめ始めた。みるみるうちにその手が、金色の粒子に包まれていく。

 大鳳君の口の端がつり上がっていき、そして満面の笑みになった。


「へぇ、すげえ!俺ってこんなことできたんだ……!」


 密度の高い光に覆われた手は、まるで太陽のよう。彼は太陽を宿した手をグーパーさせながらスペクターに近寄り


「くらえ、ゴールドラッシュ!」


 ノリノリで声を張り上げた。

 スピードの割に腰の入っていない、素人の軽い拳がスペクターに触れる。

 その拳は脂身のような表皮を突き抜け、ズブズブと中へ入り込む。

 そして核に触れた。


 その時、大鳳君が微笑んだように見えた。

 憐れみを孕んだ、慈しみの表情。

 

 しかしそれも一瞬のことで、すぐに金色の衝撃波とともにスペクターは消え去り、大鳳君の初めてのスペクター退治は無事に終わった。

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