第4話 ユミット 東巡①
「大鳳君ね。あいつは意外と普通の少年でしたよ。世界的英雄とか言われていますけど、自分の中では本当に、初対面の時のまま、のほほんとした少年でしかないです」
墨のような黒髪を揺らし、メグルは魅力的に微笑んだ。サラサラと流れる黒の間から紫色が見え隠れする。個性的でクールなヘアスタイルは、メグルによく似合っていた。
「あなたはユミトの活躍を間近で見ていた。それでも印象は変わりないと?」
「んー、そうですね……。初対面でのインパクトがありすぎたというか……」
◆
さて、自分が所属する『日本怪異対策機構』には、現在6人のユミットが所属している。全国各地で発生するスペクターをたった6人で討伐しているのだから、ブラックというより他ない。
しかも諸事情により同時に対応できるのは4箇所だけ。仕方ないとはいえ、とんでもないハードスケジュールにならざるを得ない状況である。
そもそもにユミットの全体数が少なすぎるのだ。その数、世界人口80億人に対して150人。約5300万人に1人の割合である。実際にはもう少し存在するのかもしれないが、認知されているのは150人。
たったの150人なのだ。
そのため我々ユミットは毎日、討伐、移動、対策会議、討伐、移動、討伐、報告書制作、討伐……。一体いつ休めというのか。そして本当に自分が行く必要があるのだろうか。
討伐は兎も角、講演会やら報告書制作やらは他に任せたっていいではないか。
結論として、たった6人で日本全国のスペクター案件に対処するなど到底不可能であり、当然『日本怪異対策機構』には複数のサポートメンバーがいる。
例えば『
彼らはスペクターに「対抗」する力はなくても、スペクターへの「耐性」があり、狂気に陥らない特性を持っている。
その特性を活かし、スペクターが4体以下だった場合に限り、彼らだけで対応してもらう。スペクターが消えていなくなるまで、人払いや周辺の警戒をしてもらうのだ。
幸い『日本怪異対策機構』には200名以上のドゥワルトが所属しているため、小さい事件であれば彼らに任せて問題ない。
問題は5体以上同時に出てこられた時だ。
そうなってしまえば出現範囲をカバーしきれず、悠長に消えるのを待つ、なんてしていられない。彷徨くスペクターのせいで被害者が爆増する可能性がある。
つまり、我々ユミットが動かざるを得ないのだ。
「はぁ……空が明るい……」
「現在9時15分。朝ですからね」
窓の外を見てため息を吐いたら、隣の大男が時間を教えてくれた。なんと真面目な部下だろう。綺麗すぎる青空と自分の置かれた現状のコントラストに世の理不尽さを感じ、再びため息を吐く。
本当なら今頃、貴重な休みをコーヒー片手に謳歌し、ソファーでゴロゴロしながら買い溜めていたマンガを消費しているはずだった。
しかし悲しいかな。
今自分は、好きでもない灰色の制服を纏い、部下と共に県内のとある高校へ向かっている。広い車内で司令の説明をBGMに、自分の部隊である通称「
なお余談だが、日本怪異対策機構はユミットを中心とした「
……本題へ戻ろう。
まだ8コマしか見ていないマンガの続きに思いを馳せながら、自分は手元のタブレットで派遣先の情報を確認した。
校舎は4階建てで、中庭を挟んで西と東に別れている。体育館はその両方から繋がっており、生徒や教師はそこへ避難中とのこと。スペクターの数5~6体と報告あり。
その記載された数字を見て、自分は大いに顔をしかめ大男に声をかけた。
「大和ぉ、質問いいかな」
「はい!何でありますか隊長!」
「スペクターが5体から6体、とあるが?」
そちらは幽度計の数値が5.6と出ておりまして、数を断定できないと『
「んー、最近なんかそういうの多いな。前までは結構正確だったのに。何なんだこの小数点以下は……」
「検査や研究を進めてはいるのですが、幽度計から不備は確認されず、確かに5.6で観測されたそうであります」
大和は真面目な顔をして答えた。
幽度計とはスペクターの数を計測するための装置のことである。
スペクターが発生した際、同時に発生するエネルギー的なものを感知する仕組みらしい。あまり詳しくは知らないが。
「ま、なんとかするか」
「いつもどおりですね」
※
9時20分、現場に到着。
状況を把握するため、まずは人の集まっている体育館へ向かう。土足のままズカズカ体育館の方向へ向かっていると、先生と思われる人物がちょうど飛び出してきた。
えらくガタイの良い男性は一瞬驚いた顔をしていたが、我々の灰色の制服を見て安堵の表情を浮かべた。そして、そのまま体育館へ誘導され、先生方と対面する。
まずは、一歩前に出てご挨拶。
「どうも、日本怪異対策機構の東です。避難状況を教えてください」
「あっ、どうも、金城です。避難ですが、ほぼ完了したのですが、全校生徒のうち女子4人、男子2人、それと先生1人がまだ避難できておりませんでして。ただ……」
「ただ?」
言葉を区切って言い淀む先生を見て、さては、と思った。たまによくある、あの事例だろうか。
「男子の1人……大鳳というのですが、先ほど女子生徒を連れてきて、また外へ飛び出してしまいまして……」
「あー」
やっぱりそうだった。
何故なのかはわからないが、高校・大学辺りのスペクター退治では必ずと言っていいほど、ヒーロー面した一般人が現れる。
大人しく避難してくれた方がこっちとしても仕事がスムーズで助かるのに、どうして余計な仕事を増やすのだろうか。
「すみません!すみません!止めようとしたのですが預けられた女子生徒が怪我をしていたもので……」
でかい体を縮こまらせて謝る先生が、なんだかいっそう哀れだ。ルールを守らないとどう被害が及び誰が苦労するのか、その男子生徒にわからせてやりたいものである。
とりあえず、仕事は仕事。改めて現状確認を進める。
「や、先生は悪くないですよ。とりあえずその大鳳って男子生徒を含めた、7人がまだ避難していないんですね」
「はい……」
「わかりました。先生、ここまでお疲れさまでした。ここからは我々に任せて、先生は救護部隊を怪我人のもとへ案内してください」
「は、はい!ありがとうございます!」
指示する前に自らズイっと前に出てきた救護部隊『鳩』。仕事のできる彼らは、先生に誘導されて怪我人のもとへ向かっていった。
それを横目で見送りながら、目の前にいる部下へ指示を出す。
「鷺部隊、整列」
「「「「「はいっ!」」」」」
「行動を確認する。A班、B班、東棟捜索及び所在不明者の捜索。C班、D班、西棟捜索及び所在不明者の捜索。E班、体育館外周の警護及び外部機関との連携。自分が帯同するA班以外は、7人の所在不明者の捜索を優先。以上」
「「「「「了解!」」」」」
「では、いつもどおりに。行動開始」
回れ右して、体育館を後にする。
集まる注目を掻き分け、背筋を伸ばし、格好いい自分になりきって。
軽く視線を動かすと、うっとりした表情の女子生徒と目が合った。目があった女子生徒は頬を赤らめ、近くにいた女子生徒と小声でキャーキャー言っている。
その女子生徒たちだけではない。その場にいる全ての人が、自分の一挙一動に注目し、魅了されている。
そうそう、この目線。
ゾクゾクと背筋が震え、えも言われぬ快感が脳を走った。このために仕事と日々のスキンケアを頑張っているようなものだ。
上機嫌に体育館を通り抜け、廊下に降り立つ。冷たい空気は高揚感を少しだけ覚ました。
それでも、注目を浴びてすっかり気分の良くなった自分は、楽しい気持ちで仕事に取りかかる。
愛用の武器、ベレッタM92とデザートイーグル50AEのモデルガンを取り出し、廊下に向かって微笑んだ。
「さて、仕事だ」
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