第3話 同級生 佐々川麗奈②

 夕日の眩しい中、そっと教室の扉を開ける。


 スマホを忘れてきたことに気がついたのは、家に着いてからだった。鞄の中にもポケットの中にも入ってなくて、記憶をたどると最後に触ったのは避難前の教室だった、はず。

 取りに行くかどうか、本っ当に迷った。でも半日ならともかく丸1日スマホが無いのは、現代を生きる女子高生にとって死活問題ってやつだ。なので私は意を決して、生徒は立ち入り禁止と言われた学校に戻ってきたのだ。


 誰かに見つかって怒られるかな、とかビクビクしていたけど、ビックリするくらい誰にも会わずに教室にたどり着けた。裏口から入ったとはいえ、正直、こんなにあっさり入れるとは思わなかった。


 扉を開けて、眩しい西陽に温められた教室が現れる。目に入ったのは、オレンジに染まった人影。

 大鳳が、席に座って静かに前を見つめていた。


「わぁ!……えっ?お、おーとり!?」

「あれ!佐々川じゃん。なに入ってきてんのさ。見つかったら叱られるよ?」

「大鳳こそ、ていうか無事だったんだ!」


 思わず側へ駆け寄ると、大鳳は気の抜けた表情で「無事ですよ無事無事~」と笑って見せた。


 そのときの私、たぶんちょっと、いや結構おかしかったんだと思う。スペクターだったり、夕陽だったり、なんか色んなモノのせいで興奮して混乱していたんだ、きっと。


「もー、すっごい心配したよぉ。だから責任とって付き合って」


 そうじゃなきゃ、こんなこと言うわけがない。

 口から言葉が飛び出してから、私は慌てて口を塞いだ。なんで告白してしまったんだ。しかも、理由が意味不明。恥ずかしすぎて、大鳳の顔を見ることができない。

 心臓がドドドドドっとあり得ないくらい暴れまわって、風邪を引いたときよりも顔が熱くなった。

 しばらく沈黙があって、いてもたってもいられなくなった私は「あっ!スマホ探しに来たんだったぁ!机の中かなぁ?」と大声で喋りながら自分の席へと避難した。

 スマホはきちんと机の中にあって、私はそれを握りしめると再び大声で「あっ!あったあった!よかったぁ!」とわざとらしく喜んでみせた。もうそのまま勢いで帰っちゃおうかな。


「佐々川」

「ん?なぁに?」


 声をかけられて心臓は弾け飛びそうだけど、何でもないふりして返事する。いつもの私らしく返事できただろうか。


「あのさ、えー……まずは心配してくれてありがとう」

「う、うん」


 背中は向けたまま、次の言葉を待つ。


「さっきのって告白だよな。恋愛的な意味の」

「いや、なんかつい勢いで……?」

「何でそっちが疑問系なんだよ」


 フッと大鳳が笑った気配がしてふり返える。


「告白、ありがとう。めっちゃ嬉しいし初めて告られたから超記憶に残った」


 すごく優しい顔が、私のことを見ている。甘いような苦しいような、複雑な気持ちが膨れ上がる。胸の中にギューギューにわたあめを押し込まれたみたい。

 早くそれから解放されたくて、私は次の言葉を待った。


「でも、……ごめんなさい」


 その一言で、胸に詰まっていた想いが一瞬で溶けて消える。初めての失恋は思ったよりも苦くなくて、意外と冷静でいられた。頭を下げる大鳳を観察する余裕があるくらいには。

 深々と下げられた頭には、まだ今朝の寝癖が残っている。


「俺、実は今日いろいろな事があって、それで明日から学校来れなくなる」

「えっ?」

「詳しくは説明できないけど、このクラスに戻ってくることもないから学祭とか修学旅行とか一緒に行けないし。もし付き合っても、何もできないことになっちゃうから。それよりだったら他の誰かと充実した青春過ごしてほしいなーっていう、俺からのお願い?ワガママ?」


 言われたことを頭が理解するのに、結構な時間がかかった。

 居て当たり前だと思っていたのに、突然明日からいなくなるなんて。寂しいとかどうしてとか、いろいろ言いたいこと聞きたいことはあるけれど、上手く言葉をまとめられない。

 さっきフラれたときはそれなりに平気だったのに、どうして今はこんなにショックを受けているのだろう。

 ただ、泣きそうになって鼻がツーンとしている私と対照的に、大鳳は大仏か?ってくらい穏やかな顔をしていて、どうしてそんな顔ができるのって思った。

 そうして考えすぎて、疲れて、結局つまらない返事をしてしまう。

 あーあ。私、かわいくない。


「ねぇ、急すぎてぜんぜん受け入れらんないんだけど」

「うん、普通そうだよね。ゴメン」

「謝らないでよ。じゃあさ、せめて最後に写真撮らせて。思い出として。いいよね?」

「ソロ?ツーショット?」

「ツーショに決まってんじゃん。ほら顔近づけて!」


 大鳳の背が高いせいで、なかなか上手く画面に収まらなかったけど、なんとか満足のいく写真が撮れた。

 それをロック画面に設定している横で、大鳳がいつもの口調でのんびり話す。


「俺さ、このクラスすげー好きだったよ。みんな面白いし、心配してくれる優しいヤツもいるし」

「みんなも同じこと思っているよ」

「そうだといいなぁ」

「……ねぇ、なんでいなくなっちゃうの」

「なんでだと思う~?」

「うっわ、めんどくさいノリ!」

「正解は世界平和のためでした~」

「あっはは!なにそれ、適当ばっかり言ってさぁ!」


 ハァ、とため息を吐いて大鳳の顔を見る。居なくなる理由はわからないけれど、大鳳本人が嫌そうにしていないのだから、ネガティブな理由ではないはずだ。

 だから私は大人になって、大鳳の言葉に乗っかることにした。


「うん、じゃあ世界平和は任せたぜ」

「おう、楽しみに待っててくれ」


 そう応えてニッと笑った顔を撮ってやった。夕日が映えて、なんだかすごく青春っぽい写真になった。





「これがその時の写真。映えてるでしょ」

「これは……素晴らしいショットだ」

「ハリーさんて、なんか大鳳の伝記的なもの作るんですよね?この写真あげるから、使っていいですよぉ」

「……!ありがたい。執筆を終えた際には君に一冊プレゼントさせていただくよ」

「やったぁ!普段全然本とか読まないけどもらったら絶対読みます!」

「ああ、楽しみにしていてくれ」

「てかクラスメイトの伝記ってマジでヤバイですね。大鳳なんて超普通の人生送りそうだったのに。……いやぁ、こんな有名なるんなら、もっと早く告白しとけば良かったなぁ」


 彼女が帰った後、ミナグチケンヤと検索してみた。なるほど、顔立ちというか、目付きが似ているかもしれない。

 私は少し迷った後、ミナグチケンヤのSNSをフォローした。いつかユミトのドラマや映画を作る日が来たら、彼を推薦することにしよう。

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