第2話 同級生 佐々川麗奈①

「当然知ってますよぉ。結構人気でしたよ、女子の間で」


 艶やかな黒髪を揺らして、少女はうんうんと頷いた。清潔な身だしなみから優等生らしさを感じられる一方で、好奇心旺盛な光が大きな瞳から見え隠れし、年相応の可愛らしさを魅せていた。


「人気……それはユミトが格好いいから?」

「そうですそうです。まあ“超イケメン!”ってわけじゃないけど雰囲気あるっていうか。あの顔のタイプは……爬虫類顔っていうのかなぁ?あっ、ちょっとだけ俳優の皆口健耶に似てるって思いません?」

「すまない。その人物を私は知らないんだ」

「えっ、知らないのぉ!?後で調べてみてくださいよ!わりと似てるから!」



 最近のマイブームは朝活。

 と言っても、ただ単に早めに登校して、友達と喋る時間を増やすってだけなんだけどね。でもたったそれだけのことがたまらなく楽しいから、早起きって悪くないと思う。

 朝練上がりでメイク直し中の明里と、最近またマッチョブームが来てるらしい花菜と、ちょこちょこお菓子を食べながらお喋り。それが最高の時間。

 と、青春を満喫してたら、スマホを見ていた花菜が「オァ゛ーーーっ!」と絶叫した。


「うるさっ!声やばぁ!」

「オットセイみたいな声出すなってー」

「みてみてこの人!超マッチョ!イケメンでマッチョ!モデルみたい!」


 そういって突きつけられた花菜のスマホを、明里と2人で覗き込む。

 ニュース記事の一部、敬礼している男性の写真が目に入った。まるでゲームとか漫画のキャラクターみたいな金髪碧眼で、着ているワイシャツが筋肉でピチピチに張り詰めている。

 確かにモデルのようにフィクション級の格好良さだし、花菜の好みにドンピシャである。


「へぇ。なんか、アクション映画とか出てそうだね」


 私の返事に、花菜は「それな!」とテンション高く返した。一方の明里は、記事の方をきちんと読んでいたようだ。


「ふーん。この人新しいユミットだってさー。世界で150人目。アメリカ士官学校在学の18歳……えっ、18歳なの!?」

「18ってほぼ同級生?貫禄すっご!」

「士官学校ってなぁに?」

「軍人の学校よー」

「へぇ。だからムキムキなんだね」

「いや、趣味んところに筋トレとカメラって書いてあるし、昔からじゃない?」

「はー、もう、マジで推せるわ」

「もぉ、花菜はマッチョならすぐ推す~」


 そう言って笑いながらも正直、私はその外国人にそんなに興味はなかった。イケメンなのは間違いないけれど、私の好みではない。まあ、そこら辺の趣味はお互い把握済みなので、興味なくても聞いてあげるというのが暗黙のルールである。

 ちなみに、私はどちらかと言えば塩顔というか、薄い顔立ちの色白キレイ系が好きだ。クラスの男子で言えば、小橋とか、タケとか、大鳳とかがいい線いってる。誰かと付き合えって言われたらこの3人から選びたい程度には顔が良い。

 それを明里に話したら「ガキじゃん」って一刀両断されたけど。「じゃあ明里だったら誰にするの?」って聞いたらまさかの「金城先生」て答えたけど、そっちこそオッサンじゃん。しかもよりによって金城かよ。


 明里のオッサン趣味を思い出してオエッてしてたら、ちょうど教室に入ってきた大鳳と目が合った。大鳳は今日も涼しい顔つきで、寝癖なのかセットなのか微妙な髪型をしていた。

 それでも爽やかな大鳳のビジュアルのお陰で、私の気分は一気にスッキリした。胸の中の淀んだ空気を思い切り吐き出して、思い切り息を吸った。


「おーとり、おはー!」

「おー、はよーすっ」


 眠そうな声で返事をくれる。テンションは低いけど嫌な感じはしない。やっぱり顔力は偉大である。



 一時間目は国語。 

 別に好きじゃないけど、背筋は伸ばして、真面目に聞いている風を装う。普段からこうして真面目ですよアピールをしておくことによって、いざなんとなくサボりたい時に、非常にスムーズにサボりに行けるという利点があるのだ。

 だから日直の仕事を忘れたりしないし、授業中にトイレに行ったりもしない(※ただし緊急事態は除く)。

 だから大鳳と先生のやり取りを聞いて、私は頭を抱えたくなった。


「せんせー、ウンコ」

「先生はウンコじゃない」


 十七歳にもなってでかい声でウ◯コって。所詮、大鳳もガキなのか。ちらりと明里の方を見たら、口パクで「ほらね、ガキじゃん」と言われた。あームカつく。

 そんなこと思われてるなんて少しも知らないだろう、大鳳のノンキな声が頭上を通る。


「まじで行かなきゃいけない緊急事態っす」

「わかったわかった。早く行ってきなさい」

「すんませーん」


 男子たちの「漏らすなよ~!」という声援に見送られて、大鳳は教室の後ろから出ていった。ため息が出ちゃったけど、何事もなかったかのように授業が再開したので、また正面を向く作業にもどった。


 九時十分。大鳳が出ていってから結構時間がたった気がするけど、まだ帰ってこない。授業はツラツラと進み、白チョークだけの黒板は何が重要なのかまるでわからない。

 一旦授業止めてくれたりしないのかな、と思ったその時だった。


 『緊急放送。緊急放送。校内にスペクターが発生しました。生徒の皆さんは、落ち着いて先生の指示に従ってください。落ち着いて先生の指示に従ってください。繰り返します……』


 耳慣れない大きなサイレンの後、校内放送が響いた。一瞬「今日って避難訓練だっけ?」と考えたが、足裏から伝わる寒気がそれを否定した。

 ザワ、ザワ、と全身に立つ鳥肌が気持ち悪い。

 クラスの皆も同じだったみたいで、騒いだり、怯えたり、中には口を押さえている子もいた。

 本当にスペクターが現れたんだ。


「静かに!全員、起立して自分の爪先を見る!順番に体育館に避難するので、顔を上げずにその姿勢のまま整列!」


 先生の指示があって、少しだけ静かになった私たちはゾロゾロと整列し避難を始めた。訓練通りに、顔は決して上げず、ただひたすら前の人について歩いた。

 結構早歩きだったのに、どうしてだろう。体育館までの距離が何百キロにも感じて、怖いし寒いしあり得ないしで、今にも泣きそうだった。


 ようやく体育館に入れたその瞬間、寒気は吹き飛んで、呼吸が楽になった。すっと吸った息は今朝と同じくらいの軽さで、重苦しい廊下の空気と同じとはとても思えなかった。

 学年、組ごとに並んで点呼を取る。そこで私はあることに気がついた。

 日直の大山と、大鳳!二人は一緒に避難してきていない!あの息苦しい空間に一人ぼっちだなんて、可哀想すぎる!

 点呼を取っていた先生も二人の不在を確認すると、顔色を変えて体育館の外に向かっていった。

 体育館の固い床に座らされて、なにかできる訳じゃないからじっとしてる。耳を済ますと、色んな情報が耳に入ってくる。誰かが倒れていたとか、誰かが到着したとか。

 でもその声の中に、クラスメイト二人の名前はなかった。そのことが不安で、俯く私の頭上から声が降ってきた。


「爪、ボロボロなっちゃうから。やめなー」


 その声にハッと顔を上げると、明里と花菜が近くにいた。明里が私の手を優しく掴む。いつの間にか爪噛みしていたようで、ネイルが剥げてダサくなった爪先が目に入る。


「……心配だね」


 花菜の一言に、私は大きく頷いた。とても心配だ。でも二人とボソボソ小声でお喋りしていたら、少しだけ気が紛れた。



 体育館の時計が九時ニ十分を差した時、外からだいぶ大きな声で「待ちなさい!君!」みたいな声が聞こえてきた。その後バタバタと金城先生が女子をおんぶして入ってきて、バタバタとまた外へ飛び出して、今度は灰色の服を着た人たちを引き連れて入ってきた。


 私たちも、他の生徒も、皆その灰色の集団に目を奪われる。

 一糸乱れぬ歩み。圧倒的なオーラ。 

 ただすれ違っただけで、背筋が伸びる。

 私たちは知っている。

 その灰色の制服は、スペクターを退治する専門家の証。ユミットが率いる日本怪異対策機構のチームである。彼らが来たならもう大丈夫なのだと、安堵のため息が漏れた。


 先生と話す灰色の集団を眺めていると、自然と中心にいた人物に目が引き寄せられた。


「キレイな人……」


 と、明里が呟く。その目線は間違いなく、私と同じ人を見ていただろう。

 身長は160半ばくらいだろうか。キリっとした目付きと、長めのショートヘアと、ひとつひとつの仕草が凄くキレイな人だった。何より輝くようなオーラが出ていて、その人の周りだけキラキラ粉雪が舞っているみたいだ。

 私たち以外にも多くの人が見惚れていたその人が、チームのリーダーだったらしい。先生と少し話した後、テキパキと周囲に指示を出していた。そして自身も部下を引き連れ、体育館の外へと走り出す。


 ほんの一瞬、その人がこっちを向いたような気がした。目が合ったとき、その睫毛の長さと瞳の輝きに、胸がドキドキして顔が熱くなるのを感じた。

 マッチョ派の花菜も、おじさん派の明里も、同様に顔を赤らめていた。花菜が小声だがハイテンションで話しかける。


「ね、ね、今こっち見てくれたよね!?」

「ぜったい見てた!いやー絶世の美女ってやつ?顔面の威力が違うね!」

「「えっ?」」


 明里の言葉に、私と花菜は勢いよく疑問の声を出した。


「えっ?なに?」

「美女?美男じゃない?」

「私も男の人だと思ったけど……」


 顔を見合わせ、お互いに首を傾げ合う。女性と言われれば女性のような気がするし、でも男性と言われれば男性だったように思う。体型は大きめサイズの制服でわからなかったし、聞こえてきた声も、ハスキーな女性とも高めの男性とも言えるような、中性的な声だった。


「……いや男性だよぉ、たぶん」

「女性だってー、たぶん」

「言い合ってても答えはでないと思うけど」

「それなー」


 いつものようなやり取りに、ようやく笑うことができた。

 スペクター退治の専門家が来てくれた安心感と、圧倒的なビジュアルと、性別不明問題で、空気がかなり和らいだみたいだ。

 そうしてボチボチお喋りしながら待機しているうちに、大山っぽい男子が怪我人とかの待機スペースに連れていかれるのがチラッと見えた。もしかしたら、見てない間に大鳳もあそこに連れていかれていたのかもしれない。

 灰色の制服の人たちが出入りするのを眺めながら、私は再び二人の無事を祈った。


 時刻は十時ちょっと前。避難してからかなり経った頃。

 突然マイクのハウリングが響いたかと思うと、例の中性的イケメン(?)がステージ脇に登り、ピシッと頭を下げた。


「先程、九時四十九分を持ちまして、全てのスペクターは駆除されました」


 体育館は一瞬静かになり、そしてワッと拍手と歓声に包まれる。

 私も何だか嬉しくて目が潤んで、花菜や明里や、他の女子たちと抱き合いながらキャーキャー喜びの声を上げた。今まで溜まっていた不安や恐怖が、プラスの方向に爆発したみたいだ。

 爆発のせいでその後説明されたことはあまり覚えていないけど、スペクターが5体出たこととか、怪我人は病院へ搬送したこととか、安全確保や施設整備のために今日と明日は休校になることとか、そんな感じのことを説明していたと思う。

 

 確かに怖かったけど、晴々とした、スッキリとした気持ちで、私たちは青空の下を歩いて帰った。

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