12節

 学生からのことづけを伝えると、吉永は「次でいい」とうなずいてから、

「それにしても、今日もまたえらく書き散らかしたもんだな。もう夜見世だから片付けて手も洗っておけよ。客が来て真っ黒じゃ仕事になんねぇぞ」

 部屋中に舞い散った半截はんせつをざっと見回している。伝言を聞くよりも、小言を言うのが主な用件であったかのようだ。

「どうせ送りもしない手紙なんてよ」

「送るものも書いていますよ」

「その半紙一枚の内容かい。せっかくの鋼索通信の相手なんだ、いない男に送る手紙の半分ぐらいでも力を入れてやれよ」

 わたしは黙って口さがない番頭を睨みつける。

「一途なもんだね。約束を交わしたといっても、どっちも子供だったんだろ?」

 そう、あのころわたしは子供だった。それもなんでも知った気になっているさかしらな子供だ。あれから少しは成長したいまでも、そこはおそらく変わっていない。あの人はどうだろうか。

「叶わない想いを抱えても辛いだけだぞ」

「それは今この身をもって証していますよ」

「強情なもんだ」

「用件は済みましたから、早く他へ行ってはどうですか」

 へいへい、とうなずいて吉永は襖を閉めた。


 舞い散った紙を拾い集め、鋼索通信で送るのとは別の文箱に納める。中は誰にも明かせない。他人が読んだところで、同じようなことが書いてあるだけだから、興味を惹きもしないだろうけれど、それでも恋文は読まれたくはないものだ。

 わたしは壁の向こうの鋼索通信を睨みつけた。

 頑丈な鉄の箱。壊れない機械。真砂が修理し、それを引き継いだ子もまた修理していく。故障をしたと思ったらすぐに修理を受けて、お前はいったいいつ壊れてくれるの。

 機械が悪さをするかどうかは使用者次第だという。

 いったいどんな使い方をすれば、お前は悪さをして壊れてくれるの。不要だと判断されるの。

 ここから出て行って、二度と戻って来なくてもいいのに、また律儀に戻ってくるバカな箱。でも、きっとお前はそれで満足しているんだね、その在り方しか知らないから。お前は籠の中で生まれた鳥だし、鉢に撒かれた種で咲いた花なのだろう。


 鉄の箱、お前はいつも往ったり来たり。

 決まった道を往ったり来たり、動けぬ花はただ見るばかり。

 頑丈で、壊れない箱。錆びついて、壊れちまえばいいのにさ。

 物言わぬのが、かえってあだで、お前が憎い。

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