父の教えってやつ

「自分で考えろ。自分でちゃんと考えて納得して出した結論なら、それが例え周りの人間からみてどんなに愚策であったとしても、それがおまえにとっての正解だ。その代わり責任は自分で取れ」


 これは中学生だったわたしに、わたしの父親が言って寄越した言葉ですねぇ。


 わたしの父親は超放任主義でした。

 やることなすこと、文句はこぼせど否定はしない。

 それは上記の言葉が根底にあるからですね。

 義務教育時代にいじめられっ子だったわたしは、「行きたくない」と一度だけ言ったことがあるんです。

 そのときの父親の言葉はこうでした。

「そんなこたあ知らん。おれにはおまえに教育を受けさせる義務がある。嫌なら行くだけ行ってから帰ってこい。あと金が勿体ないから給食は食え」

 あー、なるほどー。となんか納得したわたしは以後一度も「行きたくない」とは言いませんでした。


 高校生になりまして、「大学に行きたい」と言ったのはわたしでした。

 親はわたしが進学しようが就職しようが知ったこっちゃなかったようで、「へえ」と言われて終わり。

 「あそこの大学に行きたい」と相談しようとしたときもね、すげぇんだよ本当。

 ちょっと遠いところの大学に行きたかったのさ、まあ結果的にそこは学力が足りなくて行けなかったんだけどね、たとえばさ、沖縄に住んでる子が北海道の大学に行きたいって言ったとするじゃない。

 わたしが期待した反応としては、

「なんでそこなの?」

「なんの勉強がしたいの?」

「今どれくらいの成績なの?」

「他にもっと近場でないの?」

みたいなことをさ、聞かれると思っていたのよ。

 ところがわたしの父親が発したのはたった一言でした。

「遠いな」


「……」

 うんまあ、遠いよ。

 え、そんだけ!?

 娘の進路だよ?!

 もうちょっと興味持ってくれてもいいんじゃないの?

 なんでお金のはなしとか聞かないわけ?

 そしたら彼は、わたしのそんな訴えにこう返したのです。

「だっておれ、おまえの将来に責任持てないもん。なんでおれがおまえの将来に口出ししないといけないわけ? っていうかあらかた自分で調べて考えて決めてんだろ?」

 いやまあ、そらそうだけどさあ。

 おかげさまで担任と大学を選び直しまして推薦入試を受けることを自分で決めましたよ。

 高校の卒業式の直後に母親から

「あなたはもう大人よね?」

と聞かれ、何の気なしに

「そうですね」

と答えると、引っ越しの手伝いだけはしてくれたものの、以後放置。

 入学式にも卒業式にも、いやわたしの一人暮らしの様子を見に来るなんてことも、本当に一度たりともありませんでした。

 お金の面でいえば、わたしはどちらかといえば高校も大学も成績はいいほうだったので、あ、べつに飛び抜けて良かったわけじゃないよ、それでも無利子の奨学金と、4年間授業料全額免除を受けていました。

 だから親が払ったのは引っ越し代と入学金オンリー。

 しかも「バイトを始めた」と言ったら翌月から仕送りまで打ち切られる始末。

 シビアだった。笑


 思えば高校生の夏休みにバイトをしようとしたときも、

「必要な手続きは自分でやれ。おれのハンコはそこにある」

と言われ、そういやさかのぼって思い出すと、高校受験もするのかしないのか確認されたな。

 「高校行くに決まってる」なんて考えはなかったみたいで、「行くならおまえの意思で決めろ」って言われた覚えが。


 そんな超放任主義の父親でしたが、愛がないかと言われればそんなことはなく。

 車の後部座席から父親に聞いたことがあるんです。

「お父ちゃんが乗ってる船のまわりで家族全員が溺れてます。助けないとみんな死ぬけどひとり乗れません。どうする?」

って、中二病全開なことを聞いたら、彼はたいして迷うこともなく

「そしたらじゃあおれが降りるわ」

と言ったんです。

「降りたら死んじゃうよ?」

「まあなんとかなるだろ」

ってなやりとりがありまして。


 超放任主義は興味関心がないからではなくて、信頼しているからこそ、だったんですねぇ。

 なんなら

「妊娠したので21歳上のおっさんの離婚が成立し次第再婚しまーす」

っていうトンデモ報告をしたときも、呆れこそすれ反対も文句も言わなかったもんね。

 唯一気にしたのは、そいつが自分の晩酌の相手をできるかどうかだけでした。


 いやでもね、この教育方針、自分でいざやってみようと思ってもなかなかできるもんじゃねえな、って、自分で子をもってみてから実感しましたね。

 手も口も出さん、っていう。

 むりむり、絶対手も口も出しちゃうもん。

 寄り添おうとしてしまうもん。

 すげぇ育てられ方したなあ、と、時々思い出します。

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