5-37 エピローグ (2)

 マディソンたちをロッツェ家の領地に匿うことが決まったものの、生存が知られてしまえば元も子もない。

 こっそりとロッツェ家の領地まで移動しなければならないが、アイリスさんたちは一〇人を超える武装集団である。

 見られるだけでも噂になりかねないし、ヨック村のような小さな村に立ち寄ったりすれば、村からすればそれだけで大事件である。

「だから、私とアイリスで二手に分かれて移動したの。これなら、パーティーの人数が多い採集者と見えなくもないから」

「それは……不安じゃなかったですか? 男の人たちの中に一人になると」

 そう尋ねたロレアちゃんに、アイリスさんは笑って首を振った。

「店長殿から魔法を封じた魔晶石を預かっていたからな。あれを見て、私たちに手を出そうとする勇者はいないだろう」

 マディソンたちが反抗する危険性はかなり低かったけれど、一番の戦力である私が抜けてしまえば、男性の集団の中に女性が二人。

 何らかの間違いがあっては困ると、私はアイリスさんたちに魔法を封じた魔晶石を貸し出していた。

 もちろん、マディソンたちがその脅威を認識していないと意味がないので、アデルバート様に相談に行ったケイトさんの帰りを待つ間、魔物相手にしっかりと実演した上で。

 マディソンたちはしっかりと震え上がってくれたけど、あの時のロレアちゃんは料理を作っていたので、そのことを知らなかったのだろう。

「――あぁ、そうだ。ちゃんと返しておかないとな」

「そうね、助かったわ」

「役に立って――いえ、役に立たなくて良かったです」

 二人が荷物から取りだして差し出す魔晶石を受け取りながら、私はそう返す。

 使うようなことになっていたら、全員にとって不幸だからね。

 命を落とすマディソンたちも、襲われて傷を負ったかもしれないアイリスさんたちも、そしてお財布に大ダメージがある私も。

 ――いや、マディソンたちはどうでも良いか。

 魔晶石が使われる状況になっていたなら、彼らはただの暴漢に堕ちたということだし。

 幸い、警備隊のままであったようだけど。

「まぁ、二手に分かれてもあまり見られたくないのは変わらないからね。人目を憚りながら領地まで戻ったわ」

「私の方もほぼ同じぐらいに到着したから、お父様が用意していた長屋にマディソンたちを放り込んで、善後策の協議に入ったんだ」

 一二人の兵士に加え、その家族も移住してくるとなると、四人家族としても四八人。

 下手をすれば五〇人を超えることになる。

 そんな人数を、何も考えず既存の村に移住させてしまえば、ほぼ確実に新旧住民の間でトラブルが起きる。

 それを考慮して、住む場所や開墾する場所を検討、必要な食糧や援助、冬の間にやるべきことなどを策定、実際に行動に移そうとしたところで、カーク準男爵捕縛の一報が入る。

「その時点では確定じゃなかったとはいえ、かなりの確率でサウス・ストラグに帰れそうと判ったマディソンたちは喜んだんだけど……」

「色々な準備が無駄になった私たちの方は、ちょっとがっくりしたな。特にお父様とか。優秀な人材と農地が同時に手に入ると、実は喜んでいたからな」

「特に今は、店長さんのおかげで、少し余裕ができたからね」

「確かに彼ら、思ったよりも鍛えられた兵士でしたよね」

 マディソンたちを受け入れることは面倒事を抱えるリスクでもあったが、それでも彼らは訓練された兵士。

 育て上げるために必要なコストを考えれば、十分な価値があるだろう。

「あとはあれだな。マディソンたちが移住するなら、店長殿が農地を開墾してくれることになっていただろう? それもかなり楽しみだったみたいだから」

「一二家族分の農地があれば、ウチとしてはかなり収入が増えるからねぇ」

 もっともマディソンたちも、受け入れの準備をしてくれたロッツェ家に対して何も返さずに去るのは申し訳ないと、サウス・ストラグへの帰還まで、領地の整備などを手伝ってくれたらしい。

 それでも所詮は手作業。

 体力のある彼らでも、魔法を使うのとは比べものにならない。

 う~ん、これは協力すべき、だよね?

「解りました。農地に関しては機会を見つけてお手伝いに行きますよ」

「良いのか? 移住の件はなくなったのに」

「はい。迷惑を掛けてしまいましたからね」

「店長殿の助けになれるのなら、迷惑なんてことはないが……ありがたい」

 嬉しそうな表情で微笑むアイリスさんに、私も頷く。

 ロッツェ家の領地には、一度行ってみたいとは思っていたのだ。

 アイリスさんとケイトさんの弟妹にもちょっと会ってみたいし。

「あとは特に言うべきこともないわね。サウス・ストラグが落ち着いてから、マディソンたちを送って、ここに帰ってきたわけ」

「あの、サウス・ストラグの様子はどうでしたか? 危険はありませんでしたか?」

「特に混乱している様子はなかったわ。既に代官が統治しているみたいだったし」

 雑貨屋であるダルナさんは、時々サウス・ストラグまで買い出しに行っているからだろう。ロレアちゃんはケイトさんの返答を聞き、ホッと胸を撫で下ろしている。

「カーク準男爵は邪魔でしたが、サウス・ストラグが寂れるのは、私としても困りますからね。良かったです」

 錬金素材の売却や仕入れにも重要だし、この村では手に入らない食材や調味料もサウス・ストラグから調達している。

 毎日の素敵な食生活のためにも、重要な町だよね。

 領主はダメだったけど!

「さて、次は私の番ですね。と言っても、私の方はあまり話すこともないんですが」

 発毛剤を作り、取りに来たフェリク殿下にそれを渡して、カーク準男爵について、あることないこと――いや、あることだけを御注進。

 そうしたら、フェリク殿下がノリノリでカーク準男爵を捕まえていった。

 簡単に言えばそれだけ。

 何だか上手く利用されたような気もした、そんな展開だったんだよね。

「微妙に釈然としないところはありますが……サウス・ストラグが落ち着いたなら、上手く処理されたんでしょうね、殿下が」

「でもサラサさん、これで安全になったんですよね? なら良いじゃないですか」

「……ま、そうだよね。それに迷惑料も貰えたしね。それも結構な額を! だから――」

 そこで私は言葉を区切り、三人を見回す。

 そして、じっくりとため、ババンとぶち上げた。

「なんと、今回はついに黒字です! それも、大幅な!」

「やりましたね!」

「ほー」

「へー」

「……なんか、反応が薄いですね?」

 笑顔でパチパチと手を叩いてくれているロレアちゃん以外。

 ほらほら、二人もロレアちゃんを見習って良いんですよ?

 私を持ち上げてくれても良いんですよ?

 『店長殿、スゴイ!』とか言ってくれても良いんですよ?

 そんな私の視線を受けたアイリスさんとケイトさんは、二人して顔を見合わせ、微妙な表情になった。

「いや、だって、店長殿はなんだかんだ言いつつ、毎回利益を出しているよな?」

「そうよね。大きな仕事を請ける度に、借金が増えている気がする私たちと違って」

「え、そんなことは――」

 反論しようと口を開いた私は、一応とばかりに頭を捻り、記憶を辿る。

 この村に来て最初の大きな事件、ヘル・フレイム・グリズリーの狂乱。

 あの時はヘル・フレイム・グリズリーの素材で多少の利益は出たけれど、アイリスさんに使った錬成薬ポーションの値段を考えると、完全にマイナス。

 次はあれかな?

 氷牙コウモリの牙、買い占め事件。

 あれにもカーク準男爵が絡んでいたみたいだから、私とカーク準男爵との因縁が生まれた面倒な事件とも言える。

 あの時は一時的にかなり儲かったけど、その大半はヨク・バールに借金漬けにされていた錬金術師の救済と、宿屋の新館を建てるのに投資したから、手元に残ったのはそんなに多くない。

 その次はアイリスさんの婚姻騒動。

 サラマンダーを斃して大金を手に入れたような気もするけど、これも大半は借金の返済に使ったし、事前準備にかなりのお金を使っているので、トータルとしてはトントンぐらい。

 直近ではノルドさん。

 この件は完全に赤字。

 直接的に救出に使った錬成具アーティファクトやアイリスさんたちに持たせた緊急パックの代金はある程度補填してもらったけど、そこに至るまでに試作した多くの錬成具アーティファクトの作製費用は完全に持ち出し。

 私自身が借金を抱えることになってしまった。

 まぁ、緊急パックに入れていた物の多くは不良在庫だし、試作した錬成具アーティファクトの大半は錬金術大全に載っている物だから、どうせ近いうちに作らないといけない物だったんだけど。

 だから実は、そんなに損をしているわけではない。

 他のお金に関しても、一応は回収できるかもしれないから……。

 おや? 私って実は、商売上手?

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