5-36 エピローグ (1)

「アイリスさん、ケイトさん、お帰りなさい!」

 カーク準男爵が捕らえられて三週間ほど。

 アイリスさんたちがようやく帰還した。

 こんなに時間がかかった直接の原因は、やはりマディソンたち。

 取りあえずでも彼らが暮らせるよう、色々と手配していたところにカーク準男爵捕縛の一報。情勢が安定するまでアイリスさんたちもロッツェ家に残ることになったらしい。

 その後、マディソンたちが戻っても問題なさそうとなった段階で、彼らをサウス・ストラグまで送ってから、帰ってきたのだとか。

「それは、お疲れ様でした。お二人とも」

 私とロレアちゃんとで出迎えた二人は、その顔に少し疲労の色が窺えたが、色々と懸案事項が片付いたからか、それ以上に晴れ晴れとしていた。

「ただいま! やっと帰ってこれたぞ!」

「お待たせ。大変なときに一緒にいられなくて、ごめんなさい」

「いえいえ、仕方ないですよ。ケイトさんたちも必要なことをしていたのですから。私の方は特に被害もなかったですし。ねぇ、ロレアちゃん」

 そう同意を求めた私に対し、ロレアちゃんから返ってきたのは肯定ではなく、ジト目。

 口を尖らせて、私の脇腹をツンツンとつつく。

「……私の胃は大きな被害を受けましたよ? 王族の方に自作のお菓子をお出しするなんて、このお店に就職して最も理不尽なお仕事でした」

「なぬっ!? もしかしてフェリク殿下にロレアのお菓子をお出ししたのか?」

「えぇ、露骨に要求されまして。さすがは王族、理不尽ですね」

「で、その理不尽さを私に押しつけたんですよね、サラサさんは」

「だ、大丈夫だよ、殿下にも大好評だったから!」

 たぶん。自信はないけど。

 文句は言われなかったから、問題なし、だよね?

 美味しいとも言っていたし……ちょっぴり言わせた感はあるけれど。

「それに、処罰されるときは私も一緒だからね!」

 少し誤魔化すように私が抱きつけば、ロレアちゃんは口元をもにょもにょさせて、私の背中をポンポンと叩いた。

「もぅ……いいですよ、実際に直接対応したサラサさんの方が大変だったと思いますし」

「解ってくれる!? あの人、物腰は柔らかだけど、なんかアレなの! 底意をはかりかねるというか……超貴族って感じなの! 王族だけに!!」

 私の知っている貴族の大半が錬金術師養成学校にいた人たち――つまり、成人前の子供だったこともあるかもしれないけど、あそこまで読みづらい人には出会ったことがない。

 表に出ている感情、読めた考えが正しいのかもよく判らないし、何というか、とても付き合いづらそうな人。

 取りあえず、近くにいて欲しい人じゃないよね。

 かなりの距離を取ってお付き合いしたい。

「気持ちは解るわ。でも店長さん、批判と取られることを口にすることはマズいわよ。特に誰が聞いているか判らないところでは」

「そうでしたっ。折角無事に終わったのに、こんなことで処罰されたら堪りません。中に入りましょう」

 ケイトさんに指摘された私は慌てて口を押さえ、アイリスさんたちと共に家の中に入ったのだった。


    ◇    ◇    ◇


「では、改めて」

「「お帰りなさい」」

 アイリスさんたちが帰ってきたのがお昼ごろだったこともあり、お店はお昼休憩として、私たちは一緒に昼食を囲んでいた。

 ここしばらく二人だけで少し寂しかった食卓が元通りになり、ロレアちゃんの笑顔もいつもより晴れやかに見える。

「あぁ、ただいま。こうやって迎えてもらえると、“帰ってきた”という気がするな」

「えぇ、もうすっかり帰るべき家よね」

「私の家をそう思ってくれるなら、嬉しいです。――私もここで暮らした時間はアイリスさんたちとあんまり変わらないんですけどね」

 両親が生きていた頃は頻繁に引っ越していたし、最後に暮らしていた家も既に私の物じゃない。

 学校の寮は完全に借家で、孤児院も自分の家とはちょっと違う。

 既に出た実家……いや、親しい親戚の家、みたいな感じなのかな?

 それらに比べ、まだ暮らし始めて一年に満たないこの家が落ち着くのは、自分の持ち家ということもあるんだろうけど――。

「……ロレアちゃんの美味しい料理があるからかな?」

「え、何がですか?」

「ここが“自分の家”と感じられる理由だよ」

 家には安全性と快適さも必要だけど、仕事が終われば、温かくて美味しい料理が待っているという、癒やしも重要。

 ここにいてホッとできる理由の一つは、確実にロレアちゃんがいるからだよね。

「ふむ、知っているぞ。これが“胃袋を掴まれた”というやつだな!」

「え、私、掴んじゃってますか?」

「うーん、否定はできない?」

 コテンと首を傾げて私を見るロレアちゃんに、私は曖昧に頷く。

 本来の意味とは微妙に違うと思うけど、やっぱり美味しいもの。

 私が適当に作る手抜き料理とは比較にならないほどに。

「食事なんて、お腹が膨れれば良いかなって思ってたけど、毎日美味しいものを食べてたら……贅沢になっちゃうね」

 たまに美味しいものを食べられれば、普段は質素でも構わない。

 ロレアちゃんが来るまでは、そう思ってたんだけどね。

「やはり、お母様の言ったことは正しかったということか」

「アイリスも危機感を持って、店長さんに捨てられないように頑張らないと」

 いや、捨てるも何も――あ、一応婚約していることになっているから、結婚しなかったら、捨てられたことになるのかな?

 でも、貴族のアイリスさんと平民の私なら、客観的に見て捨てられたことになるのは私だよね。

「いや、それは……そう、私は貴族の令嬢だからな。自ら料理をする必要はないのだ」

「都合の良いときだけ『貴族の令嬢』にならない。奥様からはちゃんと習ったでしょ? 料理人を雇うような余裕なんてないのだから、って」

「そこは適材適所だな。料理に関してはケイトに任せる。なんと言っても、セット販売だからな、私たちは」

 ドヤ顔で胸を張るアイリスさん。

 確かにそんなことを言っていた気もするけど、特売品みたいな言い方しなくても。

 しかも、それでドヤ顔しちゃダメじゃないかな?

「うっ。それ、有効だったのね。……私もロレアちゃんには勝てそうにないんだけど」

「さすがに料理だけで、結婚相手を決めたりしませんよ」

 二人の言葉に、私は「ふぅ」とため息。

 まるで胃袋を掴めば私が結婚を決める、みたいな言い方はどうなのかな?

 ――あ、でもロレアちゃんの料理って、美味しいだけじゃないんだよね。

 私の手抜き料理よりずっと美味しいのに、掛かるコストは同じか安いぐらい。

 ある意味、掴まれたのは胃袋じゃなく、お財布と言えるかも。

 遣り繰り上手って、良い奥さんの必須技能だよね?

 錬金術師なんて基本浪費家だし、家計を安心して任せられるのはとってもありがたい。

「……店長殿、迷わなかったか?」

「そ、そんなことないです! それよりも! 互いに報告しましょう、色々と。知っておいた方が良いこと、ありますよね?」

「ふむ。まぁ、私と店長殿の結婚は決まったようなものだからな。報告を優先しよう」

「えっ……?」

 ちょっと待って。

 それ、初耳。

 婚約については承知してるけど、結婚はまだ決まってないよねっ!?

 そんな私の戸惑いをあっさりと無視し、アイリスさんは「では、私たちの方から」と話し始めた。

「そうだな、まずは……ケイト、頼む」

 が、口を開いて早々説明を放棄、ケイトさんに丸投げ。

「もう。アデルバート様の悪いところまで見習わなくて良いのに」

 それを受け止めたケイトさんの方は、ちょっとだけ頬を膨らませたが、すぐに私たちに向かって口を開いた。

「――そうね、店長さんたちと分かれた後から話しましょうか。あそこから私たちは、ロッツェ家の領地へ向かったわけだけど……」

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