5-33 依頼人も片付けたい (3)

「お茶っ葉は……安いので良いかなぁ?」

 そんなことを呟きながら私がお茶を準備していると、テキパキとクッキーの生地を作っていたロレアちゃんが、びっくりしたように振り返った。

「えぇ!? そこは一番高いのにしましょうよ、王子様なんですよね?」

「だからこそ、逆に珍しい、的な? 私の持ってる高級茶葉なんて知れてるし」

 今ウチにあるお茶は、食事の時に飲むお茶、ティータイムなどのお菓子を食べるときに飲むお茶、そしてちょっと奮発して買った、特別なときに飲むお茶。

 でも貧乏性の私が手を伸ばすレベルだけあって、すっごく高いってわけでもない。

 殿下からすればきっと誤差の範囲。

 どうせ不味いと思われるなら、高い茶葉なんて勿体ない。

 同じお金持ちでも、学校でお世話になったプリシア先輩とかなら、歓迎の意味を込めて高い方のお茶を出すんだけど、殿下じゃねぇ……。

「……いっそのこと、自家製のお茶を出そうかな?」

 私が裏の森から葉っぱを摘んできてブレンドして作ったお茶で、普段食事の時に飲んでいるのがそれ。

 原材料費は驚異のゼロ、私の手間隙プライスレス。

 『現地の物を食すのも一興』とか仰っていたし、売っている物じゃないので比較もできまい! はっはっは!

「それは……良いかもしれませんね」

「あれ? 反対されるかと思ったけど……」

「サラサさんのブレンドしたお茶は、お母さんみたいに葉っぱをちぎってきて放り込んだだけのお茶とは違って、十分に美味しいですから。それに、少なくとも『安物』と言われることはないですし」

「まぁ、値段、付けてないからね、私が」

 私が『このお茶は、カップ一杯で金貨一〇枚』と言えば、それが値段なのだ!

 ……売れるかどうかは別にして。

 うん、これでいこう。

 このお茶は高いお茶。

 でも、“マスタークラスの錬金術師、オフィーリア・ミリスの弟子が探し出した素材を手ずから摘み取り、加工、ブレンドまで手がけた特別なお茶”とか言っておけば、高級っぽくない?

 ブランド力は、師匠の名前だけどね。

「お茶はこれでいいとして……ロレアちゃん、お菓子の方は?」

「いつも通りに作ってますけど……サラサさん、お砂糖は多めにしましょうか?」

「ううん。それもいつも通りで。ロレアちゃんの作ってくれるお菓子は、今のままで美味しいからね」

「そうですか? ありがとうございます。それじゃ、いつも通りにしますね♪」

 私が率直に褒めれば、ロレアちゃんは嬉しそうに応えて、お菓子作りを再開。

 その後ろ姿から、鼻歌が漏れている。

 殿下にお出しするということで、緊張で失敗したらと思ったけど、どうやらその心配はなさそうだね。

 ――そもそも、多少甘くしたところで、意味はないからね。

 ロレアちゃんのお菓子が美味しいのは嘘じゃないけど、甘さや見栄えの面では、都会で売られている高級なお菓子にはどうしても劣る。

 当然、普段殿下が食べるようなものであれば、比べるべくもない。

 以前プリシア先輩のお家で頂いたお菓子なんて、この村は疎か、サウス・ストラグの町でも手に入らないような材料が使われていたほど。

 どう頑張ったところで、ロレアちゃんがそれに匹敵する物を作れるわけもなく、作る必要もない。

 無理を要求したのは殿下の方。

 文句があるなら食べるな。

 それぐらいの心意気で良いと思うよ?


「温かくて、サクサクですね。悪くない」

 クッキーを食べた殿下の感想が、それだった。

 当然だよ、ロレアちゃんがわざわざ作ってくれたんだから。

 不味いとでも言おうものなら、不敬も覚悟で没収するところだよ。

 むしろ、何故美味しいと言わない?

 美味しいものを食べたんだから。

 言うよね?

 言うべきでしょ?

 そんな私の気持ちが視線に乗ったのか、殿下は言葉を付け加える。

「……素朴で、美味しいですね」

 そう、それで良いんだよ。

 ――で、いつになったら帰ってくれるんですかね?

 そんな思いも視線に乗せ、じっとりと見つめてみるけれど、今度は何も感じなかったのか、無視されたのか、殿下は飄々とお茶を楽しみ、更にはおかわりまで要求。

 帰ろうとする素振りすら見せない。

 だからといって、小粋なトークを披露してくれるわけでもなく。

「………」

「………」

 お茶とクッキーを無駄に消費して時間が過ぎる。

 それからして美味しいという感想は嘘じゃなかったようだけど、無言の空間は居心地が悪い。

 用事がないなら帰って欲しいけど、さすがにそれを直接言うのは難しい。

 誰か、なんとかしてくれないかなぁ?

 例えばアイリスさんたちが、今ここに帰ってくるとか。

 ――などと思っていると、まるでそれに応えるかのように、事態が動いた。

「出てこい! 居るのは判っているぞ!!」

 表の方から響いてきたのは、粗野な怒鳴り声。

 ――うん、これは求めてなかった。

 ロレアちゃんが心労で休んでいる――お菓子を作り終わった後、改めて殿下にお菓子をお出しするということの重要さを認識したらしい――今、対応するのは私しかないのだけど、目の前には平然とお茶を飲む賓客。

 そろそろ敬意の在庫が切れそうではあるけれど、殿下を放置しないだけの分別は僅かに残っている。

 窺うように殿下を見れば、殿下は笑顔で表の方に視線を向けた。

「構いませんよ、行ってください」

「失礼します」

 許可を受け、私が足早に表に向かってみれば、案の定そこにいたのは、カーク準男爵とその取り巻き数人だった。

 私が戻ってくるのを監視していたのか、わざわざ本人が出向いてきたらしい。

 サウス・ストラグからこの村まで、決して近くないのに……暇なのかな?

「何か、ご用ですか?」

「ようやく出てきたか」

 私が姿を見せたことで叫ぶのを止めたカーク準男爵は、そう言って一拍おくと、私に対して指を突きつけた。

「サラサ・フィード、お前に謝罪と賠償を求める!」

「はい? えっと……何に対してですか?」

 むしろそれを求めるべきは、私たちの方だよね?

「先日この店を破壊しようとした儂の私兵が、何人も大怪我を負った。これは儂の財産に対する重大な侵害行為である」

「――えっ?」

 想像もしていなかった形の苦情に、一瞬、思考が止まる。

 そりゃ、刻印の魔力の消費量から『やったんだろうな』とは予想してたけど、普通、堂々と犯罪行為を告白する!?

「……それは、私のお店へ破壊行為をしようとした人が怪我をしたので、それに対して補償をしろ、ということでしょうか?」

「解っているではないか。そうだな、取りあえずは、売上額の半分は税金として納めてもらおうか」

「………」

「それから、お前、ロッツェ家に金を貸しているらしいな? ちょうど良い、アイリスを儂に差し出せ。借金をちらつかせれば、できるだろう? あとは――」

「お断りします」

 これ以上聞く価値もないと、私は言葉を遮る。

「なに?」

「以前もお答えしたように思いますが、錬金術師は領主に対して納税する義務はありませんし、犯罪者に対して補償するつもりもありません」

 むしろ、それを行った人物の引き渡しを要求したいところだけど、現行犯でもないのに私刑は行えないし、犯罪者として処罰を求めるにしても、その相手は領主。

 やるだけ無駄なので、そちらに関しては口にしない。

 税に関しても、エリンさんのように『村のために協力してくれ』という形なら少しは考えなくもない。この場所で暮らしているんだから。

 でもカーク準男爵の場合はまったくの逆。

 この村が困っていても援助をしないどころか、逆に困らせる側。

 義務もないのに払う気になるはずもない。

 もちろん、アイリスさんについては論外。

 一考の価値もない。

 ふざけたことを言う口に石でも詰め込んでやろうかと、そんな思いを込めた厳しい視線を向ける私に対し、カーク準男爵は自信ありげに、嫌らしい笑みを浮かべた。

「確かに義務はないな、義務は。だが自主的に納めるのであれば、別に問題はないだろう?」

「……どういう意味ですか?」

 私が眉を顰めて半眼を向ければ、カーク準男爵はニヤニヤと笑いながら言葉を続ける。

「お前はこの村の奴らと仲が良いようだな? 例えば村の雑貨屋。どのような税をかけるかは儂の胸三寸だぞ?」

「………」

 これに関しては、私も懸念していた。

 ロレアちゃんを直接的に害そうとするのであれば、私が守ってあげることはできる。

 彼女は私のお店の従業員だし、給料を支払っているのも私だから。

 でも、私の手が届くのはそこまで。

 それ以上となると、できることは限られる。

 カーク準男爵がこの村にどれほどの重税を掛けようとも、それは領主権限の範囲のことだし、王国法に反するわけでもない。

 まともな頭を持っていれば、そんなことをしたら村人も村を捨てて移住し、採集者も居なくなって損しかないと理解できるはずなんだけど……そうなる前に私が折れると思ってるのかな?

 まぁ、普通なら一度お店を構えたら、そう簡単には移転できないしねぇ。

 でも私の場合、このお店を格安で手に入れている。

 補助制度込みで手に入れたお店だから、売却するとゼロに近いだろうけど、実質的な損失はゲベルクさんたちに支払った改装費用ぐらい。

 すぐに別のお店を持つことはできないにしても、頼めば師匠のお店で働かせてもらえると思うし、引き払うこと自体はそう難しくはない。

 ……義理や人情、その他諸々を考慮しなければ。

「なに、全部差し出せなどと言うつもりはない。多少の金は残してやる。儂は慈悲深いからな」

 私が沈黙したことに気を良くしたのか、カーク準男爵は得意満面の笑みで自分の無知を曝け出す。

 売り上げの半分も取られたら、王国に対して支払う税金分すら残らない。

 当然、店の維持などできない。

 売り上げと利益の区別も付いていないのだとすれば、確かにこんな人を交易都市のトップに据えていたら、早晩廃れるよね、絶対。

 とはいえ、現時点ではまだ領主。

 適当に言いくるめて追い返すか、もしくは……。

「『目撃者ゼロ』、か……」

「ん?」

 ポツリと呟いた私を、カーク準男爵が訝しげに見た。

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