5-32 依頼人も片付けたい (2)

 しかし残念ながら、アイリスさんにそんなタイミングの良さがあるわけもなく。

 お店の扉が開く音は聞こえなかった。

 くそう。やるしかないかぁ……。

「殿下、サウス・ストラグの兵士たちは命じられただけであり――」

「指揮官の責任を一兵卒に負わせるほど、私は愚か者ではありませんよ」

 意を決して、恐る恐る言った私の言葉を遮るように、殿下はそう断言した。

 紛争であれば、上官の命令に従っただけの兵士が処刑されるようなことはまずない。

 しかし、今回は私やアイリスさんを暗殺しようとしたようなもの。

 暗殺であれば、その実行犯は余程のことがなければ処刑される。

 ……あ、もしかして、紛争として処理しようとしている? 

 私が窺うように顔を見ると、殿下はニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。

「私は今回、カーク準男爵を完全に潰すつもりです。ですが、それができそうになければ、手を出すつもりはありません。中途半端は好みませんから」

 そうして、私を試すかのようにじっと見た。

 えっと……、もしかしてその道筋を私に考えろ、と?

 大して情報も持っていない私に、なんて酷い無茶振り。

 こんな上司が職場にいたら、辞職を考えるところだよっ。

 救いなのは、懸かっているのがマディソンたちの命で、私たちの命じゃないところかな?

 ――などと、ちょっと酷いことを頭の隅で考えつつ、私はゆっくりと思考する。

「……襲撃の証人を出すことはできます」

「それでは弱いですね。命令書でもあれば別ですが、証言者は平民でしょう?」

 やっぱりそこが問題になるかぁ。

 いくら怪しかったとしても、平民の証言だけで貴族を罰することはできない。

 『勝手にやったことだ』と強弁されてしまえば、問えるのは監督責任ぐらい。

 そうなれば逆に、マディソンたちの立場が厳しくなる。

 アイリスさんは貴族だけど……彼女の証言では襲われたことは認められても、カーク準男爵の指示とは証明できない。

「錬金術師が協力していたようですが、そちらから攻めるのはいかがでしょうか?」

「ジョーゼフですか? あれも一応は貴族です。簡単にはいきません」

「申し訳ありません。名前までは把握しておりません」

 おそらくは、サウス・ストラグで阿漕な商売をしていた錬金術師のことだと思うけど、確証はないし、そもそも私、あの人の名前を知らない。

 レオノーラさんなら知っていると思うけど、お店が潰れた後は気にしてなかったから。

 私が正直に答えると、殿下は面白そうに片頬を上げる。

「ふむ。まさか奴も自分の店を潰した相手に、名前すら知られていないとは思ってもいないでしょうね。あなたのことをかなり恨んでいるようですが?」

「逆恨みですね。私がしたのは注意喚起ぐらいですから」

 そう、私がしたのは。

 レオノーラさんが何をしたかは、私の知るところじゃないからね。

「ふふっ、確かに潰れてしかるべき店であったようですね。――錬金術師養成学校も全体としては順調ですが、それでも一定数はダメな者が輩出されるのは避けられませんか」

 まぁ、人格とか、協調性とかは問われないしね。試験では。

 悪い方向に有能だったとしても、卒業はできる。

 そもそも協調性に関しては、私も人のこと、言えない。

「できればジョーゼフの錬金許可証アルケミーズ・ライセンスは失効させたいところですが――」

「彼が作ったという錬成薬ポーションは確保してあります」

 そのためには証拠が必要ということなのだろうと、私がそう言えば、殿下は満足そうに頷く。

「上出来です。カーク準男爵本人についてはどうです?」

「今回の襲撃については生憎。一応、それ以外の問題行動について調査した資料はありますが、明確な証拠などは……」

 何かの役に立つかと、先日レオノーラさんから貰った情報などを、私なりに纏めて資料を作ってはみたけれど、大半のものは貴族であれば簡単に握りつぶせそうなものばかりで、決定打と言えるほどのものはなかった。

 しかし殿下は私の言葉を聞き、ニッコリと手を差し出した。

 見せろということですね。解ります。

「こちらに」

 急いで資料を取りに行って殿下に手渡せば、殿下はそれをパラパラと眺めて、「ほぅ?」と感心したような声を漏らした。

「ここまで調べましたか。思った以上に優秀ですね?」

「恐れ入ります。ですが、それを調べたのは私ではございません」

「誰が調べようと関係ありません。この情報を手に入れられたことに意味があります」

 評価してくれるのは嬉しい。

 けど、何だか試されているような?

 カーク準男爵を排除することは私の意に適うとはいえ、殿下がその気になれば私に証拠や情報を求める必要、ないよね?

「……この程度の情報、殿下であれば既にご存じだったのでは?」

「そうでもありません。現地の生の情報は十分な価値があります」

 ホントかな?

 不敬かもしれないけど、その笑顔が怪しいよ?

「あとは捕らえるだけですね」

 まさか、それまで私にやれとは言わないですよね?

 この前みたいに、のこのこと私のお店にやって来れば簡単に捕まえられるけど、絶対に面倒くさいことになるし、サウス・ストラグで捕まえようとすれば、多人数を相手にした戦闘が発生しかねない。

 どう考えても、一介の錬金術師がやるようなことじゃない。

 ロッツェ家は……個人的な武力はともかく、軍事力としては当てにできないしね。

「心配せずとも、策は考えてあります。さて……長話をすると、喉が渇きますね」

 私の戸惑いを感じたのか、殿下は肩をすくめると、ゆっくりとソファーに座り直して露骨に飲み物を要求してきた。

 ――さっさと帰って!

 などと、思っても口には出せず、私は少々迂遠な表現を使う。

「田舎故、生憎と粗茶しかご用意できません」

「構いませんよ。多少口に合わずとも、現地の物を食すのも一興ですから」

 ――さすがは王子様、ふてぶてしいね!

 でも、提供する方のことも考えて!

 毒味をする人もないから、あえて出さなかったのに。

 でも、要求されれば出さざるを得ない。

「……かしこまりました」

「あぁ、ついでに何か摘まめる物も欲しいですね。甘味などあれば言うことありません」

 ――さすがは王子様、図々しいね!

 田舎村に何を期待しているの!?

 お菓子屋さんなんてないこと、理解しているのかな!?

 腐果蜂の蜂蜜でも出してあげようかな?

 ……そんなことしたら、私の首がピンチだからやらないけど。

「申し訳ないのですが、このような場所ではすぐにご用意することは……」

「構いませんよ。時間はありますから」

 こっちは暇じゃないんだって。

 お茶だけ飲んでさっさと帰れ、ということが伝わらなかったらしい。

 王子様なら言葉の裏を読め!

 ――読んだ上で無視している可能性も、無きにしも非ず、だけど。

「それでは、少々お待ちください」

 下っ端の悲哀を感じつつ、私は席を立った。


    ◇    ◇    ◇


「ねぇ、ロレアちゃん。クッキーって余ってなかったっけ?」

「え、クッキーですか? 昨日のお茶の時間に作ったのが残ってますけど……まだお帰りになっていませんよね?」

 台所のことはロレアちゃんに聞こうと、私がお店の方に顔を出せば、ロレアちゃんが不思議そうに振り返った。

「うん。ちょっとお茶菓子が必要になってね」

「えっ? ――わっ、わわ、(私の作ったお菓子を王子様にお出しするんですか!?)」

 一瞬、私が何を言っているのか理解できなかったのか、ポカンと口を開けたロレアちゃんは、すぐに我に返り、小声で叫ぶという技術を披露してくれた。

「仕方ないよ。このへんにお菓子を買える場所なんてないでしょ? ダルナさんの所に行ってみても良いけど……」

「お父さんのお店にある物なんて、もっと酷いですよ!」

 酷いは言いすぎだけど、サウス・ストラグで仕入れて運んでくる関係上、お菓子と言うよりも保存食とか、非常食とか言った方が近いのは間違いない。

「うん、だから、昨日の残りを――」

「ま、待ってください! せ、せめて、できたてをお出しします!」

 ロレアちゃんはそう言うなり、表の看板を『休憩中』にひっくり返し、台所に駆けていった。

「あ、さすがにそれは時間が――まぁ、いっか。時間がかかるとは言ってあるから」

 不躾にお菓子を要求する人なんて、昨日の残りで十分な気もするけど、それでしびれを切らしてお帰りになるなら、逆にありがたいぐらい。

 じっくりとお待ち頂こう。

 もしくは、お帰り頂こう。

 そして私も、お茶の準備をするためにロレアちゃんの後を追った。

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