5-31 依頼人も片付けたい (1)
「そんなの、知らないよ!」
――などと、王族に対して言えるはずもなく。
私は足りない情報を掻き集め、頭を捻る。
最初のご訪問の際には突然すぎて冷静に考えられなかったけど、王都からここまではかなり遠く、師匠のような規格外を除けば、気軽に来られるような場所じゃない。
当然、お越しになるからにはそれ相応の理由があるはず。
殿下は『発毛剤のことを知られないように』と仰っていたけど、おそらくそこはあまり重要視されていないと思う。
だって気にしていたら、それをネタにして、私たちを笑わせたりはしないと思うもの!
とても迷惑なことにね!
王族と私たちの身分の違いを理解して!!
だから、それとは別の理由があるはず。
――いや、違うね。
別の目的なのだから、発毛剤関係以外。
となると……この地域へのご訪問自体が目的だった?
公には発毛剤が目的であることを隠した上で、そのこと自体も表面的な目的……?
「……標的は、カーク準男爵家ですか?」
「ほう? どうしてそう思いました?」
しばらく考えて出した私の答えに、殿下は面白そうに笑みを深めた。
「サウス・ストラグはさほど大きな都市ではありませんが、南方のドーランド公国との交易はここ数十年、拡大を続けています」
王都が国の東寄りにあることもあり、ここラプロシアン王国の最大の貿易相手国は、東方に位置するウーベル国である。
それに対して、ラプロシアン王国の南西に位置し、王都からの距離が遠いドーランド公国との貿易は長い間、細々としたものだった。
その状況に変化があったのが数十年前。
変化させたのは、先々代のカーク準男爵だった。
カーク準男爵領からドーランド公国へと続く道を整備し、交易を推進。
単なる宿場町であったサウス・ストラグの町を、交易の町として作り替えていった。
それを引き継いだのが、先代のカーク準男爵。
サウス・ストラグの町を地方都市と呼べるまで発展させたのは、彼の功績である。
しっかりとした道筋の付いたこの流れは、このまま順調に拡大していく――と、思われていたところに水を差したのが、当代のヨクオ・カーク準男爵。
いや、水を差すどころか、完全にダメにしかねないって感じかな?
「交易額としては、未だウーベル国との貿易額には遠く及ばないでしょうが、決して少ない額ではないはずです。現時点でこれが潰れてしまうのは、国としては惜しい。そういうことなのでは?」
「悪くない見方ですね。そこに今回の件がどう絡んできますか?」
「私の臆測も交じりますが……」
「構いません。続けてください」
正直、確証のない推測を開陳することに躊躇いは覚えるけど、微笑みながらも鋭い視線の殿下にじっと見られては、拒否もできない。
「少し前のことになりますが、ロッツェ家が調停を申し立てました。そのことを知った殿下は使えると思われたのではないでしょうか?」
ドーランド公国との貿易は今後も推進していきたいが、その障害になりかねないカーク準男爵は邪魔。
だからといって強引に改易すれば、いくら国王でも他の貴族の支持を失いかねない。
何らかの方法を模索していたところに引っ掛かったのが、おそらくはあの調停。
弱小貴族であるロッツェ家と準男爵家との争いに侯爵家が関わるという、目を引く要素はバッチリだったし、少し調べれば私が関わっていることも簡単に判っただろう。
もちろん、私の詳細な個人情報なんて言うまでもなく。
「ノルドさんがウチに来たこと自体、殿下の差配だったのではありませんか?」
タイミング的にちょっと怪しいよね、と思って殿下を窺えば……殿下は笑みを深めていた。何だか嬉しそうに。
腹黒そうな殿下の笑み、正直怖いんだけど!?
「さすがは最優秀。錬金術師養成学校を作ったのは間違いではなかったようです。――平凡は許されますが、愚鈍は許されません。立場ある貴族であればね」
明確な肯定ではなかったけれど、その言葉は私の推測がさほど外れていないことを示すものだった。
そのために私たちが苦労したのかと思うと、思うところがないでもないけど、そんな不満を口に出せるはずもない。
「ただ一つ訂正を。私はノルドに情報を与えただけです。彼の行動に関しては関知していません。……というよりも、あそこまで迷惑を掛けるとは予想外でした。その報酬には、それについての詫びも含まれています。すみませんね」
「い、いえ! ちょっと困った人でしたけど、理不尽な人ではありませんでしたから!」
不意に謝罪を口にした殿下に、私は慌てて首を振る。
――もしかして、表情に不満が漏れていた?
殿下は問題にされる方ではないようだけど、下手をすれば不敬にもなりかねない。
私が慌てて表情を引き締めれば、殿下は「フフ」と笑った。
「そう緊張せずとも良いですよ? 多少のことなら気にしませんから」
「あ、いえ、その……」
簡単に表情を読まれ、私は思わず意味のない言葉を漏らしてしまう。
「頭は回るようですが、貴族との付き合い方はまだまだですか。生い立ちを考えれば、及第点ですが……そっち方面のカリキュラムも入れるべきでしょうか? 暇している王族でも派遣すれば、実践的な講義もできるでしょうし」
顎に手を当て、とんでもないことを呟く殿下。
――止めたげて! 後輩たちが泣くことになるから!!
私もマナーに関する講義は受けたけど、その相手は学校の講師や同級生。
同級生にも貴族が多いから、それだけでも十分に緊張するのに、王族が講義をするとか、実践的にもほどがある。
ミスしたら首が飛びかねないほどに、実践的になるんじゃないかな!?
「で、殿下、さすがに王族の方々のお手を煩わせるのは、恐れ多いかと……」
「ん? 穀潰し――もとい、時間を持て余している王族はそれなりにいるんですが……まぁ、これは父上と相談すべきでしょうね」
控えめに意見を差し挟んだ私をチラリと見て、殿下がぼそりとを怖いことを言う。
――良かった! 私、卒業していて!!
後輩たちよ、この件が実現しないこと、私は祈っているからね!
祈るだけで、これ以上は何も言わないけど。
とばっちりは嫌だからね!
「とはいえ、今はカーク準男爵家のことですね。あなたが想像した通り、軽く揺さぶってやった――いえ、そこまででもないですね。重石を少し除けてやったぐらいでしょうか。たったそれだけで、あの愚か者は軽挙妄動に走ったというわけです」
具体的に何をしたんだろう……?
殿下が私のお店に来たこと、じゃないよね。
もしかするとそれも含めて何らかの策があったのかもしれないけど、おそらくカーク準男爵は、殿下の訪問を把握していない。
少しでも考える頭があるのなら、殿下が帰った直後にウチのお店にちょっかいをかけてくるとは思えないもの。
「自重するようなら対応も変わったのですが……予想通りでしたね。先代も彼が問題を起こした時に廃嫡しておけば良かったものを」
そういえば、現準男爵はカーク準男爵家の陞爵を潰したんだっけ。
迷惑な準男爵家が潰れるのは願ったり、叶ったりだけど、その行程に善良なる私たちが巻き込まれるのはいただけない。
「その“軽挙”で、私たちは危ない目に遭ったのですが……」
少しばかりでも気にしてもらえればと、やんわりと不満を口にしてみれば、殿下はちょっと目を細めた。
「そうですか? 少なくともあなた方には、危険なことなどなかったように思いますが?」
どこまで把握しているんだろうね、この腹黒王子様は!
少なくとも、山で襲われたことは把握してるよね、これ。
私たちはともかく、下手をすればマディソンたちは死んでいたわけで。
できれば、彼らのことも考慮して欲しかった!
少数の領民を救うより、ダメな領主をすげ替える方が国民、延いては領民のためになると考えたのか、平民程度は大した問題でもないと考えたのか。
とはいえ、マディソンたちには『できれば助ける』と言っている以上、私としては助命を願わねばならない立場なのが辛い。
正直、マディソンたちの証言なんて、もう必要ないんじゃないかとも思うけど、口約束でも契約の一種。商人の子供としては破れないよね。
こんなときにアイリスさんかケイトさんがいれば、押し付け……もとい、協力できるのにっ!
今帰ってきてくれたら、好感度、爆上がりですよ?
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