5-30 依頼を片付ける

 それはさすがにマズいよ!?

「大丈夫です。相手が貴族と噂を聞いていたエルズさんが、必死に止めたと言ってましたから」

「よ、良かった……。さすがに私も、殺されちゃったらどうしようもないから」

 私はストンと椅子に腰を落とし、ホッと息を吐いた。

 頼もしいお隣さんだけど、さすがに領主と争いになってしまうと困ったことになる。

「お店を空ける前に、周知しておいた方が良かったね」

「大半の人は知っていたみたいですけどね、なんだかサラサさんが領主とトラブルになっているって」

「そうなんだ? ――もしかしてロレアちゃん、村八分になってたりしない?」

 貴族、それも領主と対立するなんて、小さな村社会では致命的。

 基本的に根無し草の採集者や、厳密には領民ではない錬金術師とは違い、村人では逃げることも難しい。

 私はもちろん、このお店で働いているロレアちゃんとも関わりたくないと思う村人がいても、決しておかしいことではない。

 そう思って尋ねた私に、ロレアちゃんは「ふふふっ」と笑う。

「まったく。この村を救ってくれたのがサラサさんで、領主は何もしてくれなかったことを村の人は理解しています。さすがに領主の目の前では別かもしれませんが、サラサさんに不義理なことをする人なんていませんよ」

「そう? なら良いんだけど。でも、無理して私の味方をする必要はないとは言っておいてね。私だけなら、なんとかなるから」

 実力行使にはある程度対応できるし、やりたくはないけれど、王都に逃げてしまえばカーク準男爵なんて所詮は地方領主で下級貴族。

 王様のお膝元で無茶をできるほどの権力は、持っていないと思う。

「解りました。でも、大丈夫ですよ。それなりに強かですから。村の人も」

 本当かなぁ?

 結構、お人好しな人が多いと思うんだけど……。

 あ、でも、エリンさんなんかは、結構強かかも?

「サラサさんの方はどうでしたか? 発毛剤は完成しましたか?」

「うん、失敗することもなく作れたよ。あとはお渡しするだけなんだけど……そのうち取りに来るとは仰っていたけど、いつ来るんだろうね?」

「さぁ……こちらから連絡を取ることは、できないですよね?」

「王族だからね。ま、待つしかないよね」

 たぶん、春までには来られるんじゃないかな?


    ◇    ◇    ◇


 予想に反して、フェリク殿下の再訪は早かった。

 具体的には、私が帰還してから五日後。

 この村に滞在していなかったことを考えれば、まるで見張っていたかのように迅速。

 ――って、たぶん見張っていたんだろうね、部下か誰かが。

 私が帰ったことを確認してすぐに報告が行ったのでなければ、こんなに早くは来られないはずだし。

 商品を早く渡せるのは良いんだけど……ちょっと困った。

 実家に戻ったアイリスさんたちがまだ帰ってきていないのに。

 今回の件について、どのような着地点を見いだすか。

 それを検討した私たちだったけど、経験の浅い私たちでは、三人寄ってもその知恵は知れたものだった。

 正攻法なら、私たちがカーク準男爵の兵士に襲われたことを、国に訴え出る方法。

 錬金術師である私と、貴族であるアイリスさんが襲われたとなれば、おそらく調査はされるだろう。

 ただ問題は、物証がなく証言者も平民である兵士のみであること。

 決定打になり得るかと言えば、正直微妙なところ。

 実行犯であるマディソンたちが処罰されるだけに終わる可能性が高いため、これは早々に断念した。

 少々迂遠ではあるけれど、今回のことも含め、私の把握しているカーク準男爵の悪行を噂という形で貴族の間に広めるという方法もある。

 貴族にとって評判は重要だし、他人に汚点があれば突きたがるのが貴族の生態。

 それなりに効果はあると思われる。

 ただそれを実行しようと思っても、実際にはなかなか難しいのが問題。

 アイリスさんたちは言わずもがな、私自身も頼れる貴族の友達なんて先輩たち二人ぐらい。噂を上手く流すノウハウなんて持っていない。

 最後の手段は、フェリク殿下に泣きついてしまうことだけど、動いて頂けるかどうかは不明だし、そんなことをして弱みを見せたらどうなるか、少々読めない相手なのが怖い。

 それとなくカーク準男爵の悪行を伝え、殿下が自主的に動いてくれるならそれが一番なんだけど、率直に言うならまだしも、『それとなく』というのはなかなかに難しい。

 やるとしたら、アイリスさんやケイトさんじゃなく、私になるからね!

 コミュニケーション能力が大して高くない私には、無理難題ですよ?

 やはり、経験不足。 

 それを補うため、ロッツェ家の家宰であるウォルターさんの知恵を借りようと思ったんだけど……前述の通り、二人は未帰還。

 くうぅっ! アイリスさん、ケイトさん、かむばっく!

 私だけで王族と対峙するとか、とってもキツいんですけどっ!?

 壁になって、とは言わない。

 ただ隣に座って、心情的に支えになってくれるだけで良い。

 ――かといって、さすがにロレアちゃんに同席して、とは頼めないしねぇ。

 そんなことしたら、ロレアちゃんが大ダメージを受けちゃうからね!

 多少は貴族になれている私と違って、耐性がないから。

 耐性があっても、痛いけどね!

 王族とか、攻撃力高すぎるからね! 貫通するからね!

 でも仕方ない。

 殿下に対して『準備不足だから、出直して』と言うことに比べればマシ。

 少なくとも、胃の痛みを感じられる頭が、きちんと首の上に乗ったままになるのだから。

 そんなわけで、私はたった一人、王族の接遇に臨んだのだった。


「ようこそおいでくださいました」

「お待たせしました。錬成薬ポーションは完成しましたか?」

 ――待ってない、待ってないよ!

 などという本音は隠し、私は完成した発毛剤をテーブルの上に置いた。

「はい、こちらになります。朝夕塗って頂ければ、三日ほどで一〇センチは伸びるかと」

「塗ってすぐ、一気に生えるわけではないんですね」

「そのような物も作れますが、髪質を考えると、これぐらいの速度が良いと思われます」

 自然に伸びた髪と同等にするなら、このぐらいが限界。

 多少パサついたり、細かったりしても良いのなら、時間は短縮できる。

 でも依頼者は、外見だけはイケメンの王子様。

 みすぼらしい髪になっては問題だろうと、これぐらいに調整したんだけど――。

「もしそちらの方がよろしければ、作り直しますが」

「いえ、これで問題ありませんよ。急ぐわけではありませんから」

 窺うように尋ねた私に殿下は微笑み、発毛剤の小瓶を懐に収めると、代わりに革袋を取り出してテーブルに置いた。

「良くやってくれました。こちらが報酬です」

「よろしいのですか? 効果を確認しなくても」

「信用していますから。それにもし効果がなければ、ミリス師に苦情を言えば済むことでしょう?」

「ははは……確かに師匠なら、すぐに対処してくれるでしょうね」

 笑みを深めた殿下に、私も乾いた笑いを返す。

 信用というのも、きっと師匠に対する信用なんだろう。

「でも、問題ないと思います。それなりに自信はありますので」

 なんと言っても、依頼者は王族。

 私はまだしも、師匠の面目を潰すわけにはいかないのだから、慎重に慎重を重ねて作っているし、レシピさえ間違わなければ錬成薬ポーションの成功、失敗は判りやすい。

 まったく新しい錬成薬ポーションを作れ、と言われれば話は別だけど、これに関しては失敗作を間違って渡す心配はない。

「そうでなくては。まぁ、あなたの錬金術師養成学校での成績は確認しています。腕が足りないと思っていたら、わざわざこんな所まで来ていません」

 私の個人情報、ダダ漏れ!?

 ……いや、国営の学校だから、王族なら調べられて当然かもしれないけど。

 でも、よく考えれば、師匠も私の成績を知ってたんだよね。伝えなくても。

 案外、簡単に調べられる?

 私はそう恥ずかしい成績を取ったつもりはないけど、人によっては……。

 そんな私の疑念に、殿下は気付いた様子もなく、ゆっくりとソファーに座り直すと、腕を組んで口を開いた。

「さて、これでここに来た目的の一つは達したわけですが……」

「一つ、ですか?」

「私が動くと、そこにいろんな意味を見いだす人がいるんですよ、面倒なことに」

「それは……そうでしょうね」

 今のところ王太子ではないとはいえ、フェリク殿下の立場は気軽に出歩けるほど軽くない。

 お忍びであったとしても、本当に一人で行動するはずなどなく、表に裏にと多くの護衛が付き、事前の調査なども行われる……はず。

 今回の錬成薬ポーションだって、受け取るだけなら本人が来る必要はなかったのだ。

 にも拘わらず、殿下はここにいるわけで。

「なので、用事は纏めて済ますことにしています。私がここに来た目的、あなたはどう考えますか?」

 なんか、面倒くさいことを言い出したよ!?

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