5-29 村への帰還
「良かった、お店は無事だね!」
アイリスさんたちと別れ、村に帰ってきた私たちを出迎えたのは、出発前と変わるところのない私のお城だった。
店前の柵が一部壊されているけれど、私でも簡単に直せる程度で、目に見える被害といえばそのぐらい。
嫌がらせとして窓を割られるぐらいはあり得るかと覚悟していただけに、正直ホッとした。
窓ガラスは高価だからね。
私なら、それも自分で直せるけど。
「えぇ、本当に。――サラサさんが暴走しないという意味でも」
「だから、しないって」
私とは別の意味で安堵しているらしいロレアちゃんに、少々釈然としないものを感じながらも、私は鍵を開けてお店の中に入る。
しばらく留守にしていても、このお店には“清掃”の刻印があるため、埃っぽいなんてこともない。
一家に一つ、是非導入したいよね、刻印。
住人に魔力があれば、だけど。
「……って、あれ?」
刻印の魔力が、想像以上に減っている。
出かける前はほぼ満タンだったのに、現在はおよそ半分。
長期間留守にしていて、その間は魔力の供給をしなかったとはいえ、この減少量は多すぎる。
考えられるのは、魔力が多く必要な事態が起こったという可能性。
「……もしかして、“防犯”?」
このお店に施されている刻印の効果には“防犯”も含まれている。
ミサノンを採取に行く前、チンピラが暴れたときに発動したのと同様に、外からお店を破壊しようとしても、これはしっかりと発動する。
元々私が施したものじゃないので、どれぐらいの効果があるのか正確なところは判らないんだけど、もしかしたら窓が割れていなかったのはそのおかげかもしれない。
「ちなみにですが、サラサさん。その消費された魔力量ってどのぐらいなんですか?」
「えっと、どのぐらいというのは難しいんだけど……」
魔力量を数値で表すことは、なかなかに難しい。
例えば、鍋一つ分の水を沸騰させるために必要な魔力量。
同じ魔導コンロを使えば誰が使っても同じかと言えば、さにあらず。
私とロレアちゃんが試せば、魔力の操作に慣れた私の方が魔力消費が少なくて済むし、仮に魔力量を量るような
その差も含め、『実効魔力量』という意味であれば、調べることはできるだろうけど、残念ながらそんな研究はほとんどされていない。
だって、手間がかかる割にお金にならないもの。
そんな研究に魔力を使うなら、普通に
なので必然、私のロレアちゃんに対する答えも曖昧になる。
「このお店の刻印は、私の全魔力を注いでも満杯にならない許容量があるんだよね。だから、消費された魔力は私の全魔力の半分以上、ってことになるかな?」
「えっと……サラサさんが裏の森を吹き飛ばした時に使った魔法、あれの消費量は?」
今はちょうど良い感じの運動場になっている裏手の森。
そちらに目を向けて尋ねるロレアちゃんに対し、私は少し考えてから答える。
「『吹き飛ばした』は大袈裟だと思うけど、あの魔法は……ちょこっと?」
「大事じゃないですか! お店に攻撃した人、生きてますよね?」
「直接魔法を使う場合とは効率が違うから、単純比較はできないよ」
そりゃ私の全魔力の半分を消費して攻撃魔法を使えば、なかなかに派手なことになるとは思うけど、このお店の刻印は決して攻撃用の
このお店にある“防犯”の刻印は飽くまでも防犯で、基本的に非殺傷系。
「どんな攻撃をされたところで、いきなり殺してしまうような反撃はしない……はず?」
「『はず』って! 『はず』って! もしその中に、カーク準男爵本人がいたら……」
「だ、大丈夫だよ。――死ぬ前に動けなくなってると思うし」
「安心できないです……」
不安げに私を見るロレアちゃんの肩を、私はポンポンと叩く。
「心配しなくても、魔力消費が多いのは防御するためだよ、たぶん」
石を投げられれば、それを防がないといけない。
火を付けられれば、それを消さないといけない。
それに消費されるのも蓄積した魔力。
反撃はそれ以上攻撃させないためのもので、防犯機能の主体ではない。
「強引に侵入しようとでもしない限り、痺れて動けなくなる程度だよ、きっと」
「さっきから語尾に付く言葉が不安感をかき立ててますよ、サラサさん。でも……サラサさんが来る前は、このお店に入った人もいるんですけど。残っている家具を貰うために」
「――あぁ、そんなことを言っていたね」
それにダルナさんとマリーさんが仲良くなったのも、このお店の中だったと、チラリと聞いてしまったし。
他でもない、その成果であるロレアちゃんから。
「それは、防犯の機能が最低限になっていたからだろうね」
以前ここに住んでいた錬金術師が、引っ越す前にそう設定しておいたんだろう。
魔力の消費量を減らす意味もあったんだろうけど、村人が中に入れないのでは色々と困ると思ったんだろう。
引っ越しで残った家具を貰うなんてことは、普通のことだし。
工房の物には手を付けられていなかったけど、『危険だから触るな』と言い置いていたのかもしれない。
「ま、不埒者がどうなろうと気にする必要はないよ。それよりも開店準備だよ、ロレアちゃん! 長い間閉めてたからね。冬場でも用事のあった人もいるかもしれないしね」
「そうですね。……でも、ちょっと不安なので、噂を集めておきます」
「うん、お願い。私は発毛剤の方を頑張るよ」
◇ ◇ ◇
その日の夜、私は久しぶりに、ちゃんとしたロレアちゃんの料理を堪能していた。
採集活動中も主な調理を担当してくれたのはロレアちゃんだったけど、きちんとした台所で作られた物とはやはり違う。
野趣溢れる料理もそれはそれで良いんだけど、さすがに長期間続くとね。
うまうまと味わいつつ、いつも通りの業務報告。
「今日はお店の方、どうだった? やっぱり、暇だった?」
「冬前のように多くはありませんでしたけど、ポツポツとは来てくれました。天気の良い日に近場で活動しているだけみたいなので、売り上げは多くなかったですが」
採集者の人たちも、冬越しできるお金があるからと、宿屋でずっとのんびりしている人ばかりではなく、お仕事をしている人もいたようだ。
競争相手が少ない分、ある意味で冬場は稼ぎ時なんだから、私としてはもっと頑張って欲しいんだけど……マーレイさんにも頼まれたし、少し冬場の採集に関して情報提供しようかな?
アンドレさんたちにでも講義すれば、案外面倒見の良い彼らのこと、村の採集者たちにも効果は波及するだろうし。
本当は冬山での採取経験がある採集者が来てくれれば一番良いんだけど、ベテランになればなるほど、簡単に拠点を変えたりはしない。
安定して稼げている場所から、あえて移る必要なんてないからね。
報酬を払って呼ぶ方法もあるけれど、そこまで私が手を出すべきなのかは難しいところ。
長期的なお店の利益を考えれば、検討する価値はあると思うんだけど、当面は無理かな? 今の私には、あんまり余裕がないしね。
「あと、お夕飯の買い出しの時に噂も集めてみたんですが、やっぱりお店にちょっかいをかけていた人はいたみたいですね」
「あぁ、やっぱりそうなんだ? どんな感じだったかは判った?」
「そこまでは。皆さん、遠くから見ただけで、関わらないようにすぐに離れたみたいですから」
「そっか。……うん、そうだね、その方が良いね」
盗賊、野盗は見つけ次第殲滅すべし。
状況次第では捜してでも殲滅すべし。
そんな私が少数派であることぐらいは、さすがに認識している。
コソ泥ぐらいならまだしも、武器を持った危険な人たちを捕まえてくれとか、そんなことをただの村人に期待するつもりは毛頭ない。
しかもそれが貴族だったりすれば、関わらないようにするのが正解。
「もっとも、ジャスパーさんは弓を取り出したみたいですけどね」
「えぇっ!?」
ロレアちゃんの口から飛び出した衝撃情報に、私は思わず声を上げ、椅子から立ち上がった。
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