5-28 善後策 (2)
しかしそんな私の自己評価は、あまり賛同を得られなかったらしい。
「(おい、温厚だってよ)」
「(あの子、魔物が出てきた瞬間に首を落としていたよな?)」
「(あぁ、俺たちが武器を構える暇すらなかったな)」
「(俺、温厚って言葉の意味、間違えて覚えていたのか?)」
むぅ。怪我人に配慮してのことだったのに。
日数が経過するにつれて彼らの怪我も癒え、今では重傷だったロイド以外、自分の足で歩けるようになっている。
それでも十全に戦えるのは、未だ半数ほど。
乱戦になったら危ないと、手早く処理することに腐心したのだ。私は。
なのにこの評価。
でも私は怒らない。
温厚だからね!
「私も店長殿が温厚で優しいことは知っている」
そうでしょう?
流石はアイリスさん。正当な評価、ありがとう!
「――だが、時に容赦ないだろう?」
「そうなのよね。例えば、戻ってみたらお店が壊されていたとか、そんな事態になっていたら……」
「ぶち切れて、勢い余ってカーク準男爵を殺してしまったりしないか?」
頑張って庭を整備し、塀を作り直し、外壁や屋根を修理し、オシャレな看板を設置して、お気に入りの内装に整えた私のお店。
村に戻ると、そのお店が破壊されている――そんな光景を想像。
「………………大丈夫ですよ、たぶん」
「ずいぶん迷ったな!?」
「お、落ち着いてね? 店長さん」
「落ち着いてますよー、やだなぁ、ハハハ」
「いえ、サラサさん。なんかすっごい、冷たい物を感じましたよ?」
おっと。
破壊されたお店の前に転がる、動きを止めたカーク準男爵。
そこまで想像しちゃったのが、漏れちゃったのかもしれない。
「本当に頼むぞ? 今のところ、店長殿は平民なんだ。貴族を手に掛けてしまうと、面倒なことになる」
いや、だって、いくら格安物件とはいえ、あのお店は私の大事なお城。
それに手を出す愚か者とか、生きている価値なんてないよね?
盗賊に等しいよね?
死んで詫びるべきだよね?
そんな私の心情を表情から読み取ったのか、ケイトさんがため息をついた。
「これは、名目上でもアイリスと婚姻を結んでおくべきかしら? それなら一応は貴族扱いとなるわけだし」
「うっ……だ、大丈夫です。自重します」
一瞬、その方が安心かも? とか思ってしまった。
さすがに平民が貴族を殺してしまうと、こちらに道理があっても確実に処刑される。
これは、多少の後ろ盾や人脈程度で覆せるものではない。
でも貴族同士なら、爵位に差があったとしても、まったく事情が変わってくる。
“決闘”という形にすれば相手が死んでも責任は問われないし、“紛争”扱いにすれば、それなりに公平な裁定が受けられるのだから。
だからといって、さすがにそのために結婚は――。
「……店長さん、万が一、
「うむ。その場合は私が殺ったことにすれば良いだろう。私なら貴族だし、店長殿にはそれぐらいの恩はある」
「いや、だからやりませんって!」
あまりに真剣な表情の二人に、私は慌てて首を振った。
アイリスさんにそんなことを言われたら、絶対に手を出せないよ!
――けど、もしもの場合に備えて、非殺傷系の攻撃用
逃げ帰りたくなるような、そんな物を。
頭の中で錬金術大全をペラペラと
「隊長、俺たち、マズいことを聞かされているんじゃ……」
「聞き流せ。既に俺たちの命は彼女たちに握られているんだ」
「それどころか、怪我の手当てをしてもらい、命まで救われている。俺たちにできるのは、可能な限り協力して、領主の奴をなんとかしてもらうことだけだぞ?」
「そうっすね。アイツがそのままじゃ、俺たちと家族の命は……」
「俺には家族はいない。いざとなれば差し違えてでも、俺が領主を……」
「「「先輩……!」」」
壮年の男のグッと握った拳を、涙を浮かべた数人の若者が握りしめる。
何だか良い話っぽい流れだけど、さすがにそれはマズい。
アイリスさんも慌てたように、話に割って入った。
「待て待て! お前たち、勝手に悲愴な覚悟を決めるな。私たちの命を狙ったお前たちではあるが、協力だけさせて後は知らんじゃ忍びないからな。お父様から移住の許可は取ってある」
「そのような形に落ち着くかはまだ判らないけど、家族も含め、逃げてきて良いわよ」
通常、住民の数が多ければ多いほど税収は上がり、領地の力も増す。
それ故、領主としては領外への移住は認めがたいのだが、この国に於いて国内での移住には制限が設けられておらず、領法で制限することも禁止されている。
領民が逃げ出すなら、それは領主の統治に問題があるだけであり、それが嫌なら逃げられないような領地にしろ、というのが国の方針。
これにより、各領主が競って領地を発展させてくれれば国力の上昇に繋がるし、失敗して領地が荒廃すれば、その失態を理由に降爵なり、領地没収なりすれば良い――たぶんそんなことを考えて作られた法律なのだろう。
もっとも、移住先で無事に生活が送れるようになるかは別問題。
縁故のない場所で住む場所や仕事を見つけるのは難しく、普通の人であれば、余程追い込まれなければ、移住の決断などできない。
で、まぁ、ここに追い込まれた人たちがいるわけだけど……移住の難しさも理解しているため、ケイトさんの言葉を聞いても、その表情は晴れない。
「ありがたい話ではあるんだが……移住してなんとかなるのか? 確かロッツェ家の領地って農村だよな? 警備の仕事があるとは思えないが……農家出身のヤツもいるが、ほとんど素人だぞ?」
「それに普通の村って、分け与えるような農地って余ってないっすよね?」
「となると、開墾からか。大変そうだな」
「それでも家族全員の命が助かるなら安い物だ。幸い俺たちは体力に自信がある。土地さえ与えてもらえるなら、全員で頑張れば……」
「だから早合点するな」
死ぬよりはマシだから頑張ろう、的な雰囲気になったマディソンたちに、再びアイリスさんが割り込む。
「許可は取ったと言っただろう? 必要であれば農地は提供する。すぐに利益が上がるほどの収穫が見込めるとは言わないが、開墾の必要はないぞ」
「それは……話がうますぎる気がするんだが?」
そう訊き返したマディソンだけでなく、他の兵士たちも揃って訝しげな表情になる。
先ほど兵士の一人が口にしたように、普通の農村には余っている農地など存在しない。
本来、農地はそれぞれの家が引き継いでいくものであり、家を継げない子供たちは、他の家の跡継ぎと結婚するか、村を出て行くか、一か八かで開墾に取り組むか。
だから、もし余っている農地があるなら、移住者の前に村の若者に分配されるのが当然のこと。
彼らが不審に思うのも当然だろう。
ただ、今回はちょっと事情が異なるんだよね。
「確かに余っている農地はない。だが今回に限っては、店長殿が協力してくれることになっている。心配するな」
「錬金術師の嬢ちゃんが? それなら、まぁ、あり得るか。あれだけの……だからなぁ」
兵士全員が私の顔を見て、納得したように揃って頷いた。
何を思ったのかちょっと気になるけど……まぁ、いいや。
ちなみに、アイリスさんは『私が協力』と言ったけれど、私はアドバイスとお手伝いで、実際に主な作業をするのはケイトさんの予定。
現在、ケイトさんとロレアちゃんに教えている開墾の魔法。
それの実地訓練も兼ねて、ロッツェ家の領地で試してみることになったのだ。
状況次第では不要になるかもしれないけど、アイリスさんとケイトさんの弟妹も紹介したいと言われているし、一度訪ねてみても良いとは思っている。
「それでも苦労はあるだろうが、家族纏めて処刑されるよりは良いだろう?」
アイリスさんがニコリと笑えば、事情を理解してホッとしたのか、兵士たちの表情も明るく、口調も軽くなる。
「当然っすよ! ありがとうございます、姐さん!」
うん、軽すぎるね。
アイリスさんに対する貴族扱い――というか、過剰なへつらいはこれまでの期間でなくなったけど、姐さんはどうなんだろう?
「あ、姐さん……。お嬢様と呼べとは言わないが、領民になるのなら、その呼び方は止めてくれ」
アイリスさんもさすがに『姐さん』は嫌だったのか、困ったような表情を浮かべ、調子の良い兵士の言葉を訂正する。
――でも、お嬢様、か。
ちょっと耳慣れない言葉。
ロレアちゃんも気になったのか、隣で聞いていたケイトさんに尋ねた。
「アイリスさんって、お嬢様って呼ばれているんですか?」
「えぇ、アイリスお嬢様、ってね。次期領主だから」
「「アイリスお嬢様……」」
私とロレアちゃんの声が重なる。
間違ってはいない。
間違ってはいないんだけどね。
でも、ドレス姿のアイリスさんとか……ん? 普通に似合う、かも?
ケイトさん共々、見てみたいかも。
「解ったっす。アイリスお嬢様っすね!」
「いや、だから――」
「まぁ良いじゃない。どうせ帰ったら同じことでしょ?」
「それはそうなのだが……。はぁ、解った。好きに呼んでくれ」
訂正しようとしたアイリスさんは、諦めたようにため息をついた。
実際、領民たちがそう呼んでいるなら、マディソンたちだけ訂正してもあまり意味はないよね。
「ちなみに、ケイトさんは?」
「私は普通よ?」
私の問いにさらりと答えたケイトさんだったが、それを聞いたアイリスさんがニヤリと笑う。
「ケイト様って呼ばれているぞ」
「「ケイト様!」」
図らずも、私とロレアちゃんの声が再び重なる。
普通じゃないし!
いや、ケイトさんだって陪臣なんだから、領民からすればそう呼ぶのもおかしくはないんだけど!
それでもやっぱり、普通じゃない。
平民からする私たちからすれば、みんなから様付けで呼ばれるのは普通じゃないよ!
そう主張したい私だったけど……。
「――普通、でしょ?」
そう言って微笑むケイトさんの前には、「そうですね」以外の答えはなかったのだった。
だって、目が笑ってないんだもん。
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