5-27 善後策 (1)
難しい顔で唸っていると、兵士たちに指示を終えたマディソンが、私に深く頭を下げた。
「嬢ちゃん、助かった。これで全員、無事に帰してやれそうだ。……帰った後でどうなるかが、問題だが」
「それは帰り道で相談しましょう。今は無事に帰ることが優先です。冬山は決して侮れませんから」
「まったくだな。それで治療費なんだが……」
「そうですね……」
こういった場合での治療費というのは、なかなかに難しい。
例えばお店に『治療してください』と怪我人、病人が来た場合。
この場合には通常通りの治療費、薬代を請求すれば良い。
でもそうじゃない場合。
同じパーティーであれば当然治療費なんて請求しないし、
通常よりも負担が少ないので、あまり問題にはならない。
では、たまたま遭遇した人に治療を頼まれた場合はどうなるか。
人道的には助けてあげたいけれど、最優先は自分たちの仲間。
下手に魔力や薬を消費してしまえば、万が一の際に自分たちの治療に支障を来すし、その薬類は、持ち歩ける荷物の量とリスクを考慮して選んだ物。
町中で薬を入手するのとは、まったく異なる価値がある。
なので、状況によっては治療を断ることもあり得るし、治療するにしても治療費、薬代ともに高額で請求するのが正解。
――正解、なんだけど、そういう人たちって、大抵は支払えるようなお金を持ってないんだよね。
代わりに、採集者であれば採集物で支払ってもらったり、商人であれば商品の現物で支払ってもらったりするんだけど、今回の場合はそのどちらでもない。
「お金があれば払ってもらいますが……ないですよね?」
「すまない。家に帰れば少しは蓄えがあるが、十分な額かと言われると……」
警備隊の隊長とはいっても、その収入は『普通の人よりは、ちょっと多いかな?』ぐらいだよね、たぶん。
マディソンが節約家だったとしても、通常よりも高い治療費を払うのはおそらく無理。
そもそも現在は、サウス・ストラグに戻れるのかすら怪しい状況。
空手形を切られても、何の意味もない。
「――ひとまずは、
困り顔のマディソンから僅かな有り金、全部巻き上げても仕方がないし、
あまり高価な素材ではないけれど、巨大なこの
その点、マディソンたちの手を借りられれば、持ち帰れる量はかなり増えるだろう。
もっとも、その価値が治療費に相当するかと言えば、かなり微妙だけど。
「それぐらいなら軽いもんだ。喜んでやらせてもらう。――『怪我人を捨てて素材を持て』とでも言われない限り」
「そんなこと言いませんよ。私のこと、何だと思っているんですか?」
とても心外なことを言われ、私が不満を露わにすれば、マディソンは苦笑して首を振った。
「あぁ、そうだよな。だが、あのクソなら言いかねないからなぁ」
それは雪原に散った人なのか、彼らをここに送り込んだ人なのか。
どちらを指しているのかは判らないけれど、マディソンたちへのこれまでの扱いが察せられる言葉である。
「安心してください。私は無茶を言うつもりはありませんから」
「解っている。嬢ちゃんはこんな俺たちでも、きちんと治療してくれたからな。他にできることはあるか?」
「あとは……今後とも色々と協力してもらいたいですね、証言とか、そのへん」
何処までできるかは判らないけれど、可能な限りカーク準男爵の力は弱めておきたい。
今後、私が安心して商売をしていくためにも。
「それはもちろんだ。俺たちの去就にも関わることだからな」
「では早速、解体に取り掛かりましょう」
むしろそれこそが命。
雪がなければ、ただ大きいだけの虫。
雑魚とは言わないけれど、斃すのはそこまで難しくない。
では、その移動力を担保しているのが何かと言えば、それは足の構造。
細長い板のようになったその部分は雪上での移動に特化し、高速での滑走を可能としている。
そしてその特性は、
橇の滑り木として最適なんだよね、この部分って。
これを使って橇を作れば、抵抗なく非常に良く滑り、雪の上であれば重い荷物の運搬も苦にならない。
つまり自分で歩けない怪我人と荷物を抱えた私たちにとっては、是非にでも欲しいもの。
そんなわけで私は、三対の足先を使って三つの簡易的な橇をでっち上げた。
もちろん簡易的な物だし、
その上に怪我人や荷物を積み上げてみても、移動楽々で、想像以上の性能。
おかげで私たちは、当初想定したよりも早く下山することに成功したのだった。
◇ ◇ ◇
ヨック村まで半日ほどの場所。
そこまで帰ってきた私たちは森の中にキャンプ地を定め、暫しの休息を取っていた。
マディソンたちの扱いについて道中、色々と相談したのだが、彼らを見捨てないとするならば、選択肢はさほど多くなかった。
普通にサウス・ストラグへと帰してしまうと口封じで殺されかねないし、ヨック村に連れて行ったとしても、あの村もカーク準男爵の領地であることに違いはなく、この人数ではこっそり匿うのも難しい。
結果として決まったのは、ひとまずはロッツェ家の領地で匿うという方法。
とはいえ、ロッツェ家の嫡子であるアイリスさんでも、他の貴族との紛争の種にもなりかねない重大事を当主に相談もせずに決めることはできない。
そのため、ケイトさんが先行してアデルバート様に相談することになったんだけど、そのケイトさんも無事に了解を得ることに成功し、昨日帰還。
本日はキャンプを引き払い、ロッツェ家の領地へと移動することになる。
「それでは、私たちは実家へと向かうが……店長殿、大丈夫か?」
マディソンたちを引率するのはアイリスさんとケイトさん。
殿下からの依頼を熟す必要がある私とロレアちゃんは、ここで分かれてヨック村へと帰ることになっている。
「大丈夫ですよ、素材の量もだいぶ減りましたし」
ここまで帰ってくる間、暇な時間を見つけては少しずつ作業していたおかげで、
不要な部分は廃棄、保存できる物はマディソンたちに持たせてロッツェ家にて保管をお願いし、私とロレアちゃんが村へと持ち帰るのは、工房がなければ処理の難しい一部の素材のみ。
決して少ないとは言えない量だけど、二人ならなんとか持てるし、村まで半日程度の距離であれば問題はない。
「いや、私が気にしているのは、カーク準男爵に関してなんだが……」
「そっちも大丈夫ですよ、私だって多少は戦えるんですから。あの時引き連れていた程度のチンピラなら、多少人数が増えたところで。まさか都合良く、新たに腕利きの用心棒が雇えた、なんてないと思いますよ?」
王都ならまだしも、サウス・ストラグの町も所詮は地方都市。
腕利きがふらりと現れ、それをカーク準男爵が雇えたなんて偶然、たぶんない。
ない、よね……?
「……いえ、油断はいけませんね。強い人が出てきても確実に斃せるように、強力な
攻撃用の
「いやいやいや! 店長殿に勝てるほどの人物がフラフラしているほど、この国は殺伐としていないぞ? 負けるとかそういうことは考えていない。そうじゃなく、どちらかと言えば店長殿がキレてしまう方を心配しているんだ。カーク準男爵にな」
「キレる? 温厚なこの私が?」
私はかなり心が広いですよ?
ちょっとやそっとじゃ怒らないぐらいにね?
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