5-26 事情聴取 (3)

 診察の結果、比較的軽傷だったのが、打ち身や指の骨折だけで済んでいた二人。

 腕の骨折と足の骨折が三人ずついて、一番重傷だった最後の一人は、両大腿骨と片腕の骨折に加え、肋骨まで数本折れていたけど、幸いなことに死者はなし。

 実はマディソンたちの練度って、意外に高いのかも?

 採集者であっても、滑雪巨蟲スノーグライド・センチピードと戦えば少なくない確率で死者が出る。

 マディソンたちが一般的な採集者のパーティーよりも人数が多かったことや、正面からは戦わず逃げていただけという違いはあるけれど、彼らが町中での警備を担当する部隊と考えれば、かなりの快挙だよね。

「どうだ? ロイド――そいつは意識もないし、脚とかおかしな方向に曲がって、ヤバそうなんだが」

「お願いします! 助けてください! 副隊長は俺を庇って……」

 一番の重傷者はロイドという名前で、この隊の副隊長だったらしい。

 見るからに酷そうな箇所は、マディソンの指摘した足の骨折だけど、開放骨折にはなっていないし、肋骨の骨折も内臓に突き刺さっている様子はないので、すぐに命に関わることはなさそうだね。

 聞けばこの大怪我、足を滑らせた部下を庇ったために負ったもので、その時に庇われた部下が、今私に対して懇願している彼。

 目に涙を浮かべて私を見るその顔は案外幼く、私と同じぐらいの年齢かな?

 自分のミスで怪我をさせたことを気に病んでいるのか、自身の脚も折れているのに、こちらににじり寄ってこようとして、マディソンに「落ち着け、パトリック!」と止められている。

「大丈夫ですよ、命に別状はありません」

「そうですか! 安心しました……」

「もちろん、安静にしていれば、ですが。まずは軽傷の人から治療しましょう」

 ホッとした様子のパトリックに、決して楽観はできないと付け加え、私は立っている怪我人を指名する。

 大怪我の人からという方法もあるけれど、場所が場所。

 動ける人を増やさないと、天候が悪化したときに対処ができない。

「とはいえ、私の治癒魔法で快癒するのは二人だけですが」

「サラサさんほどの魔法使いでも、腕や足の骨折は治せないんですか?」

「不可能じゃないんだけど……ロレアちゃんには説明したことなかったかな? 治癒魔法は確かに怪我を癒やすことができるんだけど、同時に患者の体力も消耗させるんだよ」

 これは錬成薬ポーションによる治療の場合も同様。

 ただし一般的には、魔法で治療するより錬成薬ポーションを使う方が体力の消耗も少なく、錬成薬ポーションの品質が高ければ高いほど、その差は顕著となる。

 また治癒魔法に関しても、治療を専門としている魔法使いのように、慣れている人が使う方が患者に掛かる負担は少ない。

「無理をすれば、私でも腕や足の骨一本ぐらいなら治せるだろうけど、その後でどうなるかは保証できないからね」

 体力を消耗しきったことで数日間昏睡状態になろうとも、安全な場所であればさほど問題はない。

 しかしここは冬山。

 こんな場所で眠ってしまえば、普通に凍死しかねない。

 いざとなれば、アイリスさんの治療で行ったように、体力を回復させる錬成薬ポーションを併用するなどの方法はあるけど、未だ敵か味方か不確定な彼らのために、そこまでするつもりは、私にはない。

「それ以外にも、短時間で無理に回復させると後遺症が出ることもある。すぐに回復しないと死ぬ、ぐらいの状況じゃなければ、ゆっくり回復させた方が良いんだよ」

 通常の治療と軽めの治癒魔法を併用すれば、骨折などの回復に掛かる期間は五分の一から一〇分の一になる。

 骨折程度なら数日から一週間ほどで快癒するのだから、無理をする意味はない。

 そんなことをロレアちゃんに説明しつつ、軽傷の二人はささっと治療。

 次は腕や脚を折った人たちの治療に取り掛かる。

 一人目は、ちょうど近くにいたさっきの若者、パトリック。

 私に躙り寄ってきていたからね。

「マディソンたち三人は添え木に使えそうな物を探してきてください。そっちの二人はこの人を押さえて」

「お、おう」

「わ、解った」

 戸惑いつつも、最初に治した二人が私の指示に従ったところで、折れているパトリックの脚を掴み、骨の位置を矯正する。

「ぐいっと」

「っ!? うぎゃぁぁぁ!!」

 叫び声を上げて暴れようとするパトリックの身体を強引に固定すれば、二人の兵士も慌てたように彼を押さえつける。

「男の子なんだから、我慢して」

「け、けど、い、痛い!」

 そりゃ痛いよね。折れてるもんね。

「でも、暴れたらもっと痛くなるでしょ?」

 先ほどまでとは別の意味でパトリックの目から涙が溢れているけれど、そんなことを気にしていたら、無駄に時間がかかるだけ。

 患者はまだまだ残っているのだから、サクサクいっちゃうよ?

「店長さんの治療は、結構、容赦がないわよね」

「丁寧な治療と、ゆっくりやるのとは別ですからね。時間をかければ痛くないってものでもないですし」

 じっくりと矯正しても痛みが長続きするだけ。

 骨の位置を直した後は、患部に手早く痛み止めと消炎剤を塗り、マディソンたちが集めてきた枝を加工してしっかりと包帯で固定、その上から粘度のある透明な液体をペタペタと塗る。

「サラサさん、それは?」

「これは包帯を固める液体。この上から水を掛けてしばらく放置すると、カチカチに固まるんだよ」

 とロレアちゃんに説明しながら、私が魔法で出した水をバシャリと掛ければ、シュワシュワと僅かに白い泡を出しながら包帯が固まっていく。

 普通の水でも良いけど、魔力を含む水の方がしっかりと固まるし、硬化速度も速く、手持ちの飲み水を減らさずに済む。

 最後に軽めの治癒魔法を掛けて――。

「はい、終わり。そのまま安静にしててね」

「あ、ありがとうございます」

「うん、よく頑張りました」

 私がニコリと微笑めば、青白くなっていたパトリックの顔色が少し戻り、赤みが差す。

 治療が終わって安心したのかな?

「――いや、店長殿、それは違うと思うぞ?」

「え、何がですか?」

「なんでもない。――藪蛇になりそうだし」

「……? まぁ、いいか。それじゃ、次の人~」

 よく判らないことを言うアイリスさんに首を傾げつつ、私は次の治療に取り掛かった。


 他の兵士の人たちはパトリックよりも年配だからか、それとも心構えができていたからか、彼のように暴れることもなく短時間で治療を終えることができた。

 そして最後に、一番の重傷者に取り掛かる。

 多少の裂傷と片腕、両足、そして肋骨の骨折。

 未だ意識は戻らず、ゼイゼイと苦しそうな呼吸をしている。

 移動させることを考えると、問題になるのはやはり肋骨だね。

 胴体は固定するにも限界はあるし、折れた骨が内臓を傷付けてしまうと、下手をすれば命に関わる。

 安静にできるなら、それが一番。

 でもまさか、彼が完治するまでこの場に留まるわけにもいかない。

「……肋骨は、ちょっと強引にでも治癒魔法で治した方が良いですね。その代わり、腕と脚には魔法を使わずにおきましょう」

 魔法の影響による体力の消耗は気になるけど、肋骨が治れば呼吸も楽になるはず。

 慎重に肋骨に治癒魔法をかけ、腕と脚は最後の魔法のみ省略して、先ほどまでと同様に治療すれば、苦しそうだったロイドの呼吸が少し落ち着く。

「これで、しばらくすれば意識は戻ると思いますが、この人は特に身体を冷やさないように注意してください」

「あぁ、解った。オイ、余っている防寒具、全部持って来い」

 動けるようになった兵士たちに、マディソンが指示している場所から離れ、私は手を洗い清めると、身体を伸ばして一息つく。

「ふぅ……」

「サラサさん、お疲れ様でした」

「店長殿、大丈夫か? 魔力消費は」

「あぁ、魔力については大丈夫ですよ。人数は多いですが、そこまで高度な魔法を使ったわけじゃないですから」

 軽めの治癒魔法と水を出す魔法を九人分。

 普段の錬成作業に比べれば、どうということもない。

 最後の一人だけは消費が多かったけど、私、魔力量には自信があるしね。

 滑雪巨蟲スノーグライド・センチピードでの戦闘でも攻撃魔法は使ってないし。

「それでも体力は使ったでしょ? 骨の矯正なんて、見ているだけでも大変そうだったもの。精神的にも疲れたんじゃない?」

「それはありますね。私も専門家というわけじゃないですし」

 錬金術師は治療もできるけど、本業は錬金術――つまり、薬を作る方。

 実習はしていても本物の医者に比べれば経験も浅いし、慣れていない行為には気も遣う。

 はっきり言ってしまうなら、普通の薬を塗って、包帯巻いて……と、ちまちまと治療するより、錬成薬ポーションを作ってぶっかけた方がよっぽど楽なのだ。

 ――コストのことさえ考えなければ。

 今回使ったのは、錬成薬ポーションじゃない普通のお薬だけど、包帯を固めるのに使ったのは錬成薬ポーションだし、全員分ともなると総額は決して安くはない。

 ――彼ら平民だし、たぶん、払えるようなお金は持ってないよねぇ。

 だからといって、無料というわけにもいかない。

 どうしたものかと、私はため息をついた。

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