5-25 事情聴取 (2)
そうして、少しの間肩を落としていたマディソンはゆっくりと顔を上げると、一転して決意を込めた真剣な表情になって、私をじっと見つめた。
「嬢ちゃん、俺の首だけでなんとかならないか? 隊員は隊長である俺の命令に従っただけという形では」
「それは何とも……それを決めるのは私じゃありませんし」
自分の命を以て部下を守ろうとするその心意気は買うけど、私は報告するのみ。
処罰を決めるのは王都の司法当局なのだ。
――でも、たぶん情状酌量はしてくれないよね。
細かく調査するのは面倒だからと、実行犯を処刑して終わりとなりそうな予感。
王都の官僚にとって地方領地の平民なんて十把一絡げ。
個々の事情なんて忖度せず、流れ作業的に処理されるだろう。
「とはいえ、私としてはあなたの首を貰っても、全然嬉しくはないんですよね。メリットゼロですし。カーク準男爵本人の首を取れるなら、価値がありますけど」
「お、おぅ……嬢ちゃん、結構怖いことを言うな?」
鼻白んだように身を引くマディソンに、私は「ふふっ」と笑う。
「だって、殺されかけたんですよ? 当然の要求じゃないですか?」
正攻法で対処した私たちを、非合法な方法で処分しようなど、盗賊にも等しい。
それも半ば人質を取るような形で、逆らえない人を使って
未然に防いだとはいえ、お店でも人を暴れさせ、難癖も付けてきた。
……もう、ヤっちゃって良いんじゃないかな?
「店長さん、落ち着いて。いくらクズでも相手は貴族、手を出すと面倒になるわ」
思わず黒いものが漏れ出る私を落ち着かせるように、ケイトさんが私の肩に手を置く。
「そ、そうですよ、サラサさん。貴族相手にそんな――」
「ヤるなら、きちんと状況を整えて、問題ないようにしてからじゃないと。直接手を下すだけが方法じゃないわ」
「ケイトさん!?」
ロレアちゃんが目を剥いたが、アイリスさんは「うむ」と頷く。
「借金では煮え湯を飲まされたからな。店長殿には多大な恩もあるし、協力できることがあればなんでもするぞ。カーク準男爵の力が落ちれば、当家としても都合が良いし」
「アイリスさんまで……そんなことして、大丈夫なんですか?」
「ロレア、思い出して欲しいのだが、私はこれでも一応貴族なのだ」
「……ぁあ、そうでしたね。さっき聞いたばかりでした」
どこかアイリスさんと貴族が繋がらないのか、改めて頷くロレアちゃん。
そんなロレアちゃんの反応に、アイリスさんは少し情けなさそうな表情になりつつ、言葉を続ける。
「当家は関わってこなかったが、貴族同士の勢力争いはそれなりに行われていることだぞ? 落ち度があれば徹底的にそこを突き、水に落ちれば棒で叩く。そんなものだ」
「はぁ~、嫌な所ですね、貴族社会って。良かったです、私には関わり合いがなくて」
「私、貴族……」
「……良かったです、変な貴族と関わり合いがなくて」
微妙な表情で再度指摘したアイリスさんと、ちょっぴり発言を修正するロレアちゃん。
まぁ、貴族に限らず人の性質はそれぞれ。
平民でも付き合いたくない人はいるし、貴族にも良い人はいる。
その性質が周囲に与える影響が大きいのが、貴族と平民の違いかな?
それに振り回されることになったマディソンたちには、少々同情を禁じ得ない。
「ま、彼らをどうするかも含め、今後の対応については後で話し合うとして。――先に治療をしましょうか。あの人たちも作業が終わったようですし」
私がマディソンの背後に視線を向けると、彼もまた後ろを振り返った。
「一、二……全員、回収できたか」
そこに集められていたのは、マディソンの部隊の隊員たち。
マディソンが私たちに説明している間に、最初にマディソンと分かれた二人と、普通に歩けている他数人が協力して、雪原のあちこちに倒れていた人たちをここまで運んできていたのだ。
私たちの話が中断したのに気付いたのか、その中の一人がこちらに近付いてきて、マディソンに対して敬礼する。
「隊長、全員の回収が終わりました!」
「そうか。状況は?」
「幸い、死者はいません。――あぁ、あのクソは別ですが」
少し笑みを浮かべて報告した後、吐き捨てるように付け加えられた言葉。
おそらくはその『クソ』というのが、事故に遭った領主の子飼いなのだろう。
その言葉に滲む嫌悪感からも、『クソ』の人柄が察せられる。
「クソはどうでも良い。打ち捨てておけ」
「えぇ、必要な物だけ剥いで、放置してきました」
「よし、それで良い」
良い笑顔でグッと親指を立てる男と、それに応えて良い笑みを浮かべるマディソン。
それを見て、アイリスさんが思わずとばかりに言葉を漏らす。
「……いや、良いのか? それで」
私もちょっと思わなくもないけど、だからといって『遺体を持ち帰ってあげましょう』と提案するほど慈愛は持ち合わせていない。
私たちを殺しに来た人だし?
私の慈愛は、半径数メートルほどにしか注がれないのだ。心の距離的な意味でね。
「それで隊長……どうなりました?」
本来、助けてもらえるような関係でないのは理解しているのだろう。
親指を引っ込めた男が不安げに窺うのは、私たちの顔色。
私たちがマディソンに視線を向ければ、彼は頷いて口を開いた。
「治療はしてもらえることになった。その後についてはなんとも言えないようだが……ここで彼女たちと戦うよりは良いだろう?」
「もちろんです。死亡確定より、助かる見込みがあるだけで。女の子と戦うのは、ベッドの上だけで十分です。こう、突き合う感じで」
握った手を突き出してニヤッと笑い、余計な言葉を付け加える男。
だがそんな彼に、即座にマディソンの拳が入った。
「カーター! 言葉を慎め!! こちら貴族のお嬢様だぞ」
「げふぅぅぅっ!!」
身体を折って倒れ込むカーター。
だが、その状態のまますぐに顔を上げ、慌てて謝罪を口にする。
「マ、マジですか!? す、すみません!」
「教育が行き届かず、申し訳ない」
「いや、それは良いのだが……大丈夫か?」
「自分は大丈夫です! すみません!」
状況的に文句も言い難かったのか、アイリスさんが困ったように声を掛ければ、カーターは即座に立ち上がり、もう一度頭を下げて謝り、窺うように私に視線を向けた。
「あ、あの、では、お願いできますか? 結構ヤバいヤツもいるんで」
「解りました。でも、下品なのは控えてくださいね?」
ロレアちゃんもいるし――って、平然としてるよ!?
……よく考えたらロレアちゃん、地味に私より耐性があるんだった。
田舎って、結婚が早いもんねぇ。
しかし治療のできる私の苦言は、カーターに対して十分に効果を発揮したようで、即座に「口を慎みます!」との答えが返ってきた。
「はい、お願いしますね。怪我人は……九人ですか」
マディソンたちの部隊一二人の内、無傷だったのがマディソンを含めて三人。
自分の足で立っているのが五人で、雪の上に寝かされているのが残りの四人。
防寒用に毛皮は敷いてあるけど、山の天候はいつ変わるか判らないし、急いだ方が良さそうだね。
「それじゃ、診察していきますが……怪しい動きはしないでくださいね? か弱そうに見えるかもしれませんが、私これでもヘル・フレイム・グリズリーを蹴り殺せますから」
彼らの今後はまだ確定していないわけで、『武器を持っていないときなら、なんとかなるかも』と診察中に暴れられたら、ちょっと困る。
――手加減ができないという意味で。
私も殺したいわけじゃないし、一応とばかりに警告をしてみれば、マディソンたちは一様に微妙な表情になった。
「(あの戦いを見て、か弱いとか思うやつはいねぇよ……)」
「(つか、ヘル・フレイム・グリズリーを蹴り殺せるのか。とんでもねぇな)」
「(マジかよ。ほとんど化け物じゃねぇか)」
怪我人の皆さん、小声で話しても聞こえてるからね?
治療の手元が狂っても知らないからね?
「(綺麗な花には棘があるってことか)」
……まぁ、優しい私は広い心で許してあげるけど。
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