5-24 事情聴取 (1)

「あぁ、滑雪巨蟲スノーグライド・センチピードにちょっかいを出した時に、事故で死んだ」

「ほぅ、事故で」

「あぁ、事故で」

 アイリスさんがちょっと眉を上げて確認すれば、マディソンは表情を変えずに頷く。

 その事故が偶発的なものなのか、はたまた人為的なものなのか。

 ……あえて追及する必要もないか。

『事故に見せかけて、っちゃいました!』とか、『殺れそうだったから、殺った』とか言われても、対応に困るし。

 状況を考えれば、積極的に手を出してはいなくても、事故に遭った時に救助しようとしなかった、ぐらいはしてそうだよね。

「なあ、身勝手な言い分だとは理解しているが、なんとか助けてもらうことはできないか? 家族の安全のためには、嫌な仕事でも拒否はできなかったんだ」

「それは、怪我人の救護と下山までのサポートってことですよね?」

「あぁ。もちろん、処罰を逃れるつもりはない。無事に帰ることができれば、如何様にもしてくれ」

 他人より家族の安全を優先すること自体は、別に非難するつもりはない。

 それが犯罪であれ――今回の場合、領主の命令に従っただけなので、犯罪と言うべきかはちょっと微妙だけど――家族を守りたいという気持ちは理解できるし、優先順位があるのは仕方がない。

 ……狙われた方としては、堪ったものじゃないけど。

 けどまぁ、私たちに被害はなかったし、そこは呑み込むとしても、他の問題があるんだよねぇ。

「う~ん……」

 私が唸り、アイリスさんとケイトさんに目を向ければ、彼女たちもまた困ったように私を見返してきた。

 そんな私たちの様子に、ロレアちゃんが遠慮がちに口を開く。

「あの、なんとかしてあげられないですか?」

「んー、ロレアちゃんは優しいねぇ。殺されかけたのに」

「それはそうなんでしょうが……直接攻撃されたわけでもないですし、あんまり危険も感じませんでしたから……」

 ロレアちゃんは迷うように視線を彷徨わせたり、両手を合わせて動かしたりしながら、おずおずと私を窺う。

 同じ平民として、貴族に逆らえない彼らに同情的って感じなのかな?

 まぁ、私自身、今でこそ少しマシな立場になっているけど、数年前までは社会の底辺に近い場所にいたわけで。

 攻撃されれば容赦はしないけれど、諸手を挙げて降伏されれば、情状酌量しようかな、と思わなくもない。

 ただそのためには、解決すべき問題がある。

 それを私に代わって指摘したのは、アイリスさんだった。

「だがな、ロレア。たとえ未遂であっても、錬金術師を害そうとしたことはかなりの重罪だぞ? 大抵の場合で死罪になるほどに」

「そ、そうなんですか? もちろん、殺そうとした以上、殺されても仕方ないのは解りますけど……」

 実際のところ、今回のことがどれぐらいの罪になるか。

 事前に行った滑雪巨蟲スノーグライド・センチピードに対する挑発などを差し引いて考えるなら、マディソンたちの客観的な行動は、巨蟲センチピードに追われて、それを他人に擦り付けただけ。

 なかなかに悪質な行為であるが、これだけで死罪になることなど、まずない。

 事件が起こった地を治めている貴族によって、多少の違いがあるけどね。

 でも、相手が錬金術師となると事情が異なる。

 純粋な事故であっても、殺してしまえばかなりの確率で死刑。

 もしも計画的に行ったのであれば、未遂であっても九分九厘死刑となる。

 これは錬金術師が王都の住民として登録されていて、適用されるのが領法ではなく国法になるからである。

 ただし、これは錬金術師を優遇しているのとはちょっと違い、どちらかと言えば国の事情に依るところが大きい。

 なんと言っても錬金術師は、国が多額のお金を掛けて育て上げた、謂わば国の財産。

 それを意図して傷付けようとすれば、必然的に罪も重くなる。

「ついでに言うと、これでもアイリスは貴族だからね。その影響も小さくないわ」

「そう、これでも私は――って、ケイト、『これでも』は酷くないか?」

 アイリスさんが「むっ」とケイトさんに聞き返せば、ケイトさんはちょいと肩をすくめ、ため息を溢すように言葉を続けた。

「じゃあ、アイリスは『私は貴族の令嬢です』って、胸を張って言える? そうなってくれたら、私も嬉しいんだけど?」

「――うむ。これでも私は貴族だからな。処罰を受けさせるとなれば、死罪は確実。場合によっては、家族も連座させられることになる」

 僅かに沈黙して、何事もなかったように言葉を続けるアイリスさん。

 改善予定はないようだ。

 しかし、その平然とした口調とは裏腹に、その内容はなかなかにエグい。

 平民が貴族を襲撃することはそれほどに罪が重いのだが、マディソンはアイリスさんのことを知らなかったのか、見る見るうちに顔からは血の気が引き、ただでさえ寒さで青白かった顔色が更に悪化して、土気色に近くなってしまっている。

「通常であれば、兵士の行ったこと――少なくとも命じられて行ったことの責任は、命令をした者に帰属するのだが……責任を取ると思うか? カーク準男爵は」

「………」

 アイリスさんの問いに、沈黙で答えるマディソン。

 責任を取るはずもないことは、彼も理解しているのだろう。

 そんな殊勝な人物が暗殺みたいな手段に出るはずもない。

「くそっ! どちらにしても俺たちは捨て駒だったのかよ!!」

 マディソンは悔しそうに雪に拳を振り下ろすが、柔らかい雪はそれを受け止めることもなく、静かに舞い上がるのみ。

 その手応えのなさに、彼は忌々しそうに地面を蹴りつけた。

「私たち全員を始末して、証拠隠滅を図るつもりだった可能性もありますけどね。そんなこと、言われませんでしたか?」

「そんな仕事なら、さすがに断る――ことはできないが、逃げる方を考えたさ。少なくとも、俺は聞いていない。死んだ子飼いの奴に関しては判らないが」

「土壇場で教えて、やらせるつもりだったのかもしれないわね。私たちを皆殺しにしなければ、家族も含めて処刑される、と」

「ぐぬ……」

 普通の平民が住んでいる土地を離れて移住することは、安全面、収入面など、大きな困難が伴う。

 私たちを殺すよりはと、それを考えるほどのマディソンでも、家族の命が懸かれば『やらなかった』とは言い切れないのか、苦しそうな表情になった。

 そんな彼を見て、ロレアちゃんがコテンと首を傾げた。

「けど、完全に戦力分析を間違えていますよね。滑雪巨蟲スノーグライド・センチピードとの戦いで私たち全員が瀕死にでもならないと、兵士の皆さんを無理に戦わせたところで意味はないというか。簡単に返り討ちですよね」

 成人前の女の子の口にした身も蓋もない言葉に、マディソンの苦しい表情が一転、眉尻を下げた情けない表情になる。

「あー、お嬢ちゃん、俺たちはこれでも多少は戦いの訓練をしている兵士なんだが……」

「でも、サラサさんたちに勝てますか? 私は完全に戦力外ですけど、実質的にケイトさんは滑雪巨蟲スノーグライド・センチピードの戦いに参加してませんでしたし、サラサさんは魔法も使っていません」

「派手な魔法を使うと、雪崩の危険があるからね。危険となれば、躊躇わないけど」

 雪崩発生の危険性と、身近に迫る武器による攻撃。

 どちらを優先すべきかなど言うまでもない。

 更にはロレアちゃんのボディーガードとして、クルミもいる。

 警戒しているのか、今はロレアちゃんのフードに隠れているけどね。

「ですよね。そもそも雪の上を普通に走れる私たちと、まともに戦えますか? たぶん、私の脚でも逃げられますよ?」

 『私の脚でも』などと言っているロレアちゃんだけど、田舎育ちで鍛えられたその足腰は、なかなかに達者。

 そんな彼女が雪山靴スノー・ブーツで走り回れば、いくら鍛えられた男の人でも、腰まで雪に埋まった状態で追いつけるはずもない。

 戦いに慣れたケイトさんなど言うに及ばず。

 ちょっと距離を取って射れば、一〇人や二〇人程度、ただの的である。

 ロレアちゃんがそんなことを軽く説明すれば、マディソンは疲れたように肩を落とした。

「そうだよなぁ……。きっちりと殺せるような計画を立ててくれ、なんて言うつもりはないが、杜撰だよなぁ。こんなに強いなんて、聞いてねぇよ……」

 マディソンは長く深いため息をついた。

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