5-23 遭遇 (3)
「その危険物質の存在も気になるけど、それを使ったのは――」
「当然ですが、私は使ってませんよ? 必要ありませんからね。つまり……」
考えるまでもなく、使ったのはあの男たちだろうねぇ。
「何でそんな危険なことを……」
「聞いてみるのが早いだろうな。――お前たち、何者だ!」
困惑したように男たちに視線を向けたロレアちゃんに対し、あっさりと行動を起こしたのはアイリスさんだった。
彼女が片手に剣をぶら下げたまま誰何の声を上げれば、男たちは何やら小声で相談すると、二人は倒れている他の男たちの方へ向かい、残る一人が腰に差していた武器を足下に落としてから、こちらへと近付いてくる。
そして、その人の表情などが見えるようになった頃、アイリスさんが不審そうに眉根を寄せた。
「あれは……領兵の装備じゃないか?」
何か思い出すようにアイリスさんが顎に手を当てて言えば、ケイトさんもそれに同意するように頷く。
「そういえば、見たことがあるわね」
「領兵って……もしかして、カーク準男爵領の、ですか?」
「あぁ。あそこの兵士の鎧には、準男爵家の紋章が入っているんだ。お金があるからな」
「ウチなんて、鎧の支給すらできないのにね」
それなりにちゃんとした鎧という物は、かなり高い。
兵士全員に支給するとなれば数も必要だし、必要となる予算はかなりのもの。
借金に苦しんでいたロッツェ家が、その予算が確保できなかったのも必然だろう。
「ケイト、店長殿相手に見栄を張る必要もないだろう? 当家にはそもそも領兵自体がいないんだよ。はっはっは」
――と思ったら、それどころじゃなかった。
朗らかに笑ってるけど、それって笑っていていいことなの……?
領兵が必要ないぐらい平和な領地って考えるべきか、それとも兵士を雇えないほど貧乏と考えるべきか。
あのアデルバート様が領主なのだから、平和ではありそうだけど、貧乏であったことも間違いないよね。
でも、それより今は――。
「カーク準男爵領の領兵が、たまたま私たちと同じ時期に冬山に入り、たまたま
「そうだな。私たちとカーク準男爵の関係、それに先ほど店長殿が指摘した臭い。考えるまでもないだろうな」
アイリスさんが表情を厳しくして剣を少し持ち上げれば、近付いてきていた男は慌てたように両手を振った。
「ま、待ってくれ、争うつもりはない! 武器も置いてきた!!」
「そのようですが、武器がないと戦えないとは限らないですからね。むやみに攻撃するつもりもありませんけど……」
ちなみに男が腰まで雪に埋まった状態なのに対し、
背の高くない私やロレアちゃんですら彼を見下ろすような状態だし、動きやすさも考えれば、あんまり危険性はなさそうなんだけどね。
私たちが
「どうなるかは、お前の返答次第だな。お前たちはカーク準男爵領の領兵だな? 所属と名前、ここにいる目的を言え」
「俺はサウス・ストラグ所属の第六警備小隊、隊長のマディソンだ。そっちの錬金術師に
アイリスさんの問いに、男――マディソンは普通なら隠すべき内容を、誤魔化すこともなく明確に答えた。
しかしアイリスさんは、あまりにも簡単に答えが得られたことを不審に思ったのか、眉を顰める。
「……随分とあっさり認めるんだな?」
「
そう言ったマディソンの視線の先にあるのは、今まさに救助されている人たちの姿。
ここからでは怪我の程度が判らないけれど、今現在、無事に歩いている人数と最初に見た人数を考えれば、明らかに彼らが搬送できる数を超えている。
私たちが見捨てた場合、この冬山から無事に帰還できるのは、極一部に留まるだろう。
「賢明な判断ね。
「領主の所にいる錬金術師から、おびき寄せる薬を渡された。それを使い、出てきた
「私たちの目的が判れば、ルートを予測することも容易い、ですか」
草原などと違い、山の中で歩くのに適した場所など限られるからね。
「でも、私たちに遭遇するまで
「もちろん、あんたたちの姿を確認してからおびき寄せたぞ? 事前に調べたルートが見える高台で、数日ほどキャンプを張って。逃げるのは……ただ必死にやっただけだな」
「良くそんな仕事、引き請けたわね……」
「断れるなら断ってる。領主から命令されて、ただの領民が拒否できるわけないだろ? そのあたり、勘案してくれないか?」
マディソンは渋い表情でため息をつき、私たちに懇願するような視線を向けるが、ケイトさんは毅然と首を振った。
「それはあなたたちのこれからの行動次第ね。――それでおびき寄せて引っ張ってくるだけなの? 嗾けると言っても、
「それに関しては、近くまで誘導したら投げつけろと渡された薬がある」
そう言ってマディソンが懐から取り出したのは、小さな薬瓶。
差し出されたそれを私は慎重に受け取り、ちょっとだけ蓋を開けてみる。
そこから漏れ出てきたのは、少しだけ甘さが混じったツンと鼻をつく刺激臭。
私は思わず顔を顰め、慌てて蓋を閉めた。
「店長殿、それは?」
「おそらく、
錬金術大全には(少なくとも私が読める範囲では)載っていなかったため、作ったことはないし、予測でしかないけれど、おそらく間違いないと思う。
作ったのはアイツかな?
サウス・ストラグで阿漕な商売をしていた彼。
店は無事に潰れたらしいから、領主の所に身を寄せているのかもしれない。
性格的にも相性は悪くないだろうし?
「でも私たちが戦っている最中、投げる素振りはありませんでしたね。何故ですか?」
それで私たちが負けたとは思わないけれど、身体に臭いが付いてしまえば、それ以降の帰路が面倒なことになったのは間違いない。
そう思って尋ねた私に、マディソンは困ったように苦笑を浮かべた。
「自分の娘ぐらいの子供を殺したいと思うか? 本当は
「逃げきることもできない、自分たちでも斃せないでは、選択肢はなかったか」
「情けないことにな」
「であれば、形だけ山に入って時間を潰し、失敗したと言って帰る方法もあったと思うが……。
「それができれば一番良かったんだが、領主の私兵が監視に付いてたんだよ。でなければ、慣れない冬山自体に入ってない」
「えっと、あなたたちも領主の私兵、ですよね?」
マディソンが口にしたやや不可解な言葉に、ロレアちゃんが目を
「領主に雇われているって意味では私兵だが、俺たちを監視していたのは領主にもっと近い、汚い仕事をする子飼いの奴だな。俺たちの元々の仕事は町の治安維持なんだ。町の見回りをして、こそ泥を捕まえたり、喧嘩を仲裁したり。領主から直接命令されることなんて、まずない。……なかったんだがなぁ」
そう言って、大きくため息。
その様子からも、決して好んでこの仕事を引き請けたわけではないことは窺える。
「それで下された命令が、店長殿の暗殺か。拒絶することは……難しいか」
「俺たちは全員、あの町に家族がいるんだ。断ったりしたらどうなるか……解るだろ?」
マディソンが同意を求めるように私たちを見れば、それに最初に頷いたのはロレアちゃんだった。
「釈然とはしませんが……理解はできます。相手は貴族で、領主ですからね」
「貴族が全員、そうではないのだが……」
そう呟くアイリスさんは少し不満そうだし、私も貴族の友達がいるから解るけど、平民の認識としてはロレアちゃんの方が一般的。
ロッツェ家のような真っ当な貴族がいたとしても、悲しいかな、平民に影響が大きいのは真っ当じゃない貴族の方。
総数は少なくても、悪徳領主の印象はどうしても強くなりがちなのだ。
「ちなみに、その監視していた人は?」
ペラペラ喋っちゃマズいんじゃ? と尋ねてみれば、マディソンは「ふっ」と微かに笑った。
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