5-34 依頼人も片付けたい (4)
静かに敵の人数を確認。
カーク準男爵の他には、取り巻きが三人。
荒事には慣れていそうだけど、脅威というほどではなさそう。
周囲に他の人影はなし。
――やれる、かな?
覚悟を決めようか、そんなことをちょっと思った私だったけど、幸いなことにそれが実行されることはなかった。
「カーク準男爵、なかなか興味深い話をしているようですが、このようなことをしている暇はあるのですか?」
そんな言葉と共に
消費した分は働いてくれるつもりなのか、私の前に立つと、カーク準男爵に厳しい視線を向ける。
「お前は――」
「あなたには、王領へ無断で軍を入れた疑いが掛かっています」
「なっ――!?」
カーク準男爵の言葉を遮るように殿下が口にした言葉に、カーク準男爵は絶句。
その背後に立つ取り巻きたちも息を呑んで一歩後ろに下がった。
でもそれも当然だろう。
他の貴族の領地ならまだしも、無断で王領に軍を侵入させれば、それは王家に対して弓を引いたに等しく、謀反認定待ったなし。
一族郎党、軒並み死罪になりかねない重罪であり、関係者もまた同様。
取り巻きなんてしていれば、当然の如く連座で斬首である。
しかし、カーク準男爵ってそんなことまでしていたの?
目的自体が不明だけど、それよりも――。
「この近くに、王領なんて……」
「あるでしょう? すぐ近くに」
そう言いながら殿下が指さすのは背後。
そこにあるのは私のお店。
確かにこのお店は王国の援助を受けて購入した物だから半分は――いや、九割以上は王国の物と言えなくもないけど、王領というわけでは……あぁ、そっか。
殿下が指さしているのはその更に向こう、大樹海や山脈だ。
代官を置いて統治している直轄地とは少し異なるため忘れがちだけど、この国では大樹海のような重要な採集地は、その大半が王領となっている。
戦略物資でもある錬金素材を一領主が握るのは不都合があるため、このような仕組みとなっているらしい。
だから、山脈にいた私たちに対して兵士を差し向けたカーク準男爵は、『王領に軍事侵攻をした』と見なすこともできる。厳密に言えば、だけど。
実際には、一般的な王領と採集地では意味合いが異なるし、私の知る限り、採集地に軍を入れたことで処罰された事例はない。
「そ、そのようなこと、身に覚えがない! そもそもお前は何者だ。儂の話に割り込むなど、不敬だぞ!!」
おっと、カーク準男爵はフェリク殿下のお顔を知らないようだ。
私やアイリスさんも知らなかったけど、あなたって、一応は貴族家の当主だよね?
良いの、それで?
不敬と言いながら、とんでもない不敬をしているんだけど。
剣林に裸で飛び込んでるようなもんですよ?
切り裂かれてズタズタになりますよ?
しかし殿下の方は、そんなカーク準男爵を見て、むしろ面白そうに笑みを浮かべた。
「ほう、私の顔を見忘れましたか?」
そう言いながら、ずいっと前に出る殿下。
そして自分に視線が集中すると同時に、芝居がかった大袈裟な仕草でやや目深に被った帽子に手を置くと、髪をかき上げるようにして帽子を脱いだ。
――脱いだ? いや、脱ぐの!?
私の調合した
その上、殿下はまだそれを使っていないわけで。
帽子の下から出てきたのは、以前見た時と変わらないその頭頂部。
図らずも良い感じに差し込んだ太陽の光がそこに反射、キラリと輝く。
そして、完璧なキメ顔。
アイリスさんも耐えられなかったそれを、心構えもなく正面で見たカーク準男爵たちは――。
「「「ぶほっ!」」」
吹いた。
「不敬罪も追加ですね」
「なっ!?」
満足そうに頷き、さらりと言った殿下の言葉に、カーク準男爵が絶句する。
笑わせに来ておきながら、ちょっと酷い。
既に耐性のあった私は耐えられたけど、普通は無理。
もっとも、アイリスさんは普通に許されているわけで、不敬罪の適用はそれこそ殿下の胸三寸。
カーク準男爵たちだから、特別と言えるかも?
嫌な特別もあったものである。
「後ろの方々のために付け加えておくと、私の名前はフェリク・ラプロシアンです。さすがに理解できますよね?」
ラプロシアンの名を聞き、取り巻きたちの顔から血の気が一気に引いた。
いくら教養がなくとも、大人であれば自分たちの住む国の名前ぐらいは知っているし、その名前を冠する人がどのような血筋か理解できないはずもない。
「カ、カーク様、不敬罪って、どうなるんすか!?」
「判らん! だがそれよりも問題は、王領への進軍の方だ! 平民の錬金術師一人殺すのとはわけが違う。王族への謀反は確実に死刑になるぞ!!」
再び、さらっと犯罪の告白。
焦っているのかもしれないけど、貴族としては迂闊すぎないかな?
王族の前で自白してくれるとか、私としては楽でいいけどさ。
「お、俺たちは大丈夫っすよね!? そっちには関わってないっすから!」
「そんなわけあるか! 儂が処刑されるときはお前たちも一蓮托生だ!」
「カーク様の指示に従っただけだろ!」
「散々甘い汁を吸っておきながら、逃れられると思ってるのか!」
醜い仲間割れを始めるカーク準男爵と、取り巻きのチンピラたち。
でも、マディソンたちのように心ならずも従ったならまだしも、自主的に協力していたのなら、しっかりと責任は取ってもらわないと。
……私のお店に手を出した愚か者も含めて、ね。
「こんな田舎村に王族がいるとかおかしいっすよ!」
「そもそも、あんな天辺ハゲの男が王族とかマジかよ!?」
「あり得ねぇよ! ハゲだぞ!? 王子様だぞ!」
頭を抱え、とんでもなく不敬なことを叫んでいる取り巻きたちと、それと一緒に狼狽していたカーク準男爵だったが、急にハッとしたように目を見開き、ニヤリと笑った。
「――そうだ! こんな田舎に王族がいるはずはない。奴は王族を騙る不届き者だ。そうだろう?」
カーク準男爵の言葉が理解できなかったのだろう。
取り巻きたちは呆けたような表情を見せたが、すぐに共通認識に達したのか、顔を引き攣らせて笑みを浮かべた。
「えっ? ――そ、そうっすね! 王族なんかここにはいない、そういうことっすね?」
「お、王族が供も連れずに一人で行動するとか、あり得ないよな!」
「お前ら、高い金を払ってやっているんだ。相手はたった二人、しっかりとやれよ!」
後ろに下がったカーク準男爵に背中を押され、取り巻きたちは僅かな躊躇いを見せつつも、武器に手を掛ける。
――それは、さすがにマズいよ!?
私は慌てて殿下の前に出た。
殿下も武器は持っているけど、一見すると優男風で、その腕前は不明。
仮に強かったとしても、さすがに殿下だけに戦わせて私は後ろに下がっている、なんてことはできない。
王子様に守ってもらうとか、
その場は助かっても、後での査問が怖い。
殿下に戦わせて、お前は何をしていたのか――と。
か弱き姫ならばそれも許されるだろうけど、私はそんな立場じゃない。
だから私は前に出る。
明日の自分のために!
決して、殿下のためじゃない。
「殿下、お店の中へ。そこなら安全です」
「いえいえ、問題ありませんよ。――これで、王族に対する殺害教唆と殺害未遂も追加できましたし?」
「そんな暢気な……」
しかしそんな私の呆れや気遣いは不要だったらしい。
殿下が軽く右手を挙げ、パチンと指を鳴らす。
その途端、どこからともなく現れる六人の男たち――いや、たぶん男たち?
全身を黒装束で覆い、覆面で顔を隠しているから判らないけど。
そう、さっき取り巻きが言っていた通り、王族が供も付けずに行動するなんてあり得ず、見当たらなくても護衛がいないはずもない。
私もなんとなく気配は感じていたけれど、姿を現すまでは明確には掴めなかったその存在の実力は間違いなく。
ほぼ同時に昏倒させられる取り巻きと、縛り上げられるカーク準男爵。
「なっ!? な、ななっ!? 何が――モガモガ」
一瞬の出来事に何が起きたか理解できず、狼狽するカーク準男爵の口にも猿轡が嵌められ、声を出せなくなる。
そして彼らはその場で跪き、一人が前に出て、殿下の指示を待つように頭を垂れた。
堂々と立つ殿下と、その前に跪く彼らはなんか格好いいけど……殿下、お願いだから帽子を被って。色々台無しだから。
ギャップ、酷すぎだから。
そんな私の願いが通じたのか、殿下は帽子を被り直しながら指示を与えた。
「連れて行きなさい」
「はっ」
あ、答えた声がちょっと高い。
もしかして女性? 少し小柄に見えるし、体つきも少し柔らか?
私がじっと観察しているのを感じたのか、彼女と一瞬だけ目が合ったが、すぐにその姿が薄れて消えていく。縛られた男たちも含めて。
――あぁ、あの黒装束って
夜ならまだしも、昼間では目立つ黒装束。
それでも隠れていることができたのは、あれの効果か。
もちろん、彼らの実力あってのことだろうけど。
そんな物が与えられていることだけでも、彼らが特別な存在であることが判る。
だってあんな
「さて、スムーズに片づきましたね。協力、感謝します」
「……殿下、あえて挑発しましたね?」
パンと嬉しそうに手を叩く殿下に、私は図らずも胡乱な視線を向けてしまう。
殿下が今日来たのも、お茶とお菓子を消費しながら居座っていたのも、カーク準男爵がウチに来ることを知った上で、挑発して罪状を追加したかったのだろう。
カーク準男爵の不正の情報やら、証拠やら、色々話させられたけど、それって暇潰し程度にしかなってないですよね?
王族への殺害教唆だけで、その場で手打ちにしても何ら問題ないのだから。
私への迷惑も考えて欲しい!
「挑発、というほどのことでもないと思いますが? いや、挑発しようとは思っていましたが、するまでもなく暴走したというか……ちょっと予想外でした」
私の内心の憤りを少しは感じ取ってくれたのか、僅かに視線をそらせる殿下。
ノルドさんが迷惑を掛けたと、迷惑料を払ってくれた殿下だけど、むしろ殿下の方が厄介ですよ? あらがえない権力を持っている点で。
「そもそも罪状を積み増す必要があったのですか? 私も殿下が仰るまで失念していましたが、王領への侵攻だけで改易には十分に可能でしょうに」
こんな所で面倒くさく、且つ危険(?)なことをしなくても、殿下が軍を率いてサウス・ストラグに赴けば、カーク準男爵を捕らえることなど、さほど難しいことではないだろう。
いくらカーク準男爵でも、王旗を掲げた軍に対して攻撃を加えるようなことは――しないよね? いや……怪しいかも?
「厳密に言うならそうですが、それは極力避けたかったのです。大樹海などの採集地の周辺領主が魔物への警戒や、万が一の際の救助活動に躊躇いが出るようでは困りますから」
「それは……ごもっともです」
錬金術の素材が多く採集できる場所には、大抵の場合、魔物も多く存在している。
そこから魔物が出て周囲に被害をもたらすことはさほど多くないが、ヘル・フレイム・グリズリーの狂乱のように、皆無というわけではない。
当然、周辺領主は警戒が必要になるし、状況次第では軍を派遣して対処しなければいけない。
にも拘わらず、採集地に軍を入れたことで処罰された前例があればどうなるか。
大半の領主は採集地に自軍を入れることを躊躇うだろう。
その結果、被害を受けるのは採集者や周辺の領民である。
「それに、軍を動かすと不測の事態もあり得ます。領民たちに被害を与えるのは本意ではありません」
軍事衝突だけではなく、兵士による略奪が発生することもある。
その被害を受けるのは、そこに暮らす平民たち。
軍事行動なんて起こさなくて済むならその方が良いのは、私にも理解できる。
「こっちの方がお金も掛かりませんしね」
「とても……賢明なご判断です」
私のお財布とロレアちゃんの胃に、地味にダメージを与えていることを考えなければね!
「でしょう?」
殿下のそのドヤ顔に、ちょっとイラッと。
一見付き合いやすそうだけど、笑裏蔵刀だよね、フェリク殿下って。
戴く王族としては頼もしいのかもしれないけど、あんまり仲良くなりたくはないタイプ。
私はアイリスさんみたいに素直な人が良いよ……。
アイリスさん、ケイトさん、早く帰ってきて!
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