5-14 買い出し (2)
翌日の早朝、私とアイリスさんは、ダルナさんから借りた荷車に
走る速度は、いつもに比べてやや控えめ。
あのクッションを敷いても衝撃の吸収能力には限界があるし、荷車自体の耐久性の問題もあるからね。
最良なのは振動が一切ないフローティング・ボードを使う方法だけど、身体強化に魔力を消費している状態で、あれに魔力を供給しながらサウス・ストラグまで走りきるのは、私でもさすがに厳しい。
なので荷車。
アイリスさんが一緒であることを考えれば、速度的にもちょうど良かったとも言える。
そのアイリスさんに、途中で荷車を牽くのを交代してもらったり、ロレアちゃんの美味しいお弁当に舌鼓を打ったりしながら私たちはひた走り、そろそろ日が傾き始めた頃。
私たちは当初の予定通り、サウス・ストラグに到着していた。
「まさか、本当に着いてしまうとは……絶対、途中で野宿になると思っていたぞ?」
やや呆れ気味にサウス・ストラグの門を見上げたアイリスさんに、私は荷車を示す。
「この荷車だからこそ、ですよ。これにはロレアちゃんが贈った“コロコロ”が付いてますからね。普通の荷車だと、さすがに無理でした」
通常の車軸を
それは空荷、且つ平らな石畳であれば、指一本でも軽く動かせるほど。
整備の行き届いていない街道、荷物も満載となればそこまで軽くはないが、高速で走っても簡単には壊れない耐久性だけでも十分以上に価値がある。
普通の車軸であの速度を出せば、ほぼ確実にこの町まで保たずに壊れていたことだろう。
もちろん、出発前にはきちんと整備したし、返す前にも整備して返す予定。
ロレアちゃんの注文だけに、かなり気合いを入れて作った
「……つまり、店長殿が凄いと」
「
「そういう見方もできるが――まぁ良いか。最初は
「はい。これをもったまま宿に行くのは、私でも不安ですし」
満載した
そんな物を気軽に宿に預けることなどできないし、預けられた方も困るだろう。
なので、町に入った私たちは、真っ直ぐにレオノーラさんの所に向かう。
今日も綺麗に掃除されているお店の前にひとまず荷車を置き、そこをアイリスさんに任せて私はお店の中へ。
「いらっしゃい、サラサ。よく来たわね」
「お久しぶり、サラサちゃん。お疲れ様」
「ご無沙汰しています、レオノーラさん、フィリオーネさん」
来ることを連絡していたからか、二人して私を出迎えてくれるレオノーラさんとフィリオーネさん。
そんな二人に私は丁寧に頭を下げる。
「すみません、この度は無理を聞いて頂いて――」
いきなり連絡して、同業者に『不良在庫の
まずは謝罪を、と言いかけた私の言葉を、レオノーラさんは苦笑しながら手を振って遮る。
「あぁ、気にしないで――とか話す前に、運び込んじゃいましょ。この辺りの治安は悪くないけど、不用心だからね」
「はい、解りました」
表の荷車に目を向けるレオノーラさんに頷き、私がお店の外へ向かえば、二人も付いてきて、荷車の横に立って警戒しているアイリスさんに声を掛けた。
「あなたがアイリスね。話だけは聞いてたけど、直接会うのは初めてね」
「そうだな。色々とお世話になっている、レオノーラ殿」
「私はフィリオーネ。店番とか、ノーラの世話とか、そのへんのことをしてるのよ。よろしくね、アイリスちゃん」
「ア、アイリスちゃん……、よ、よろしく頼む、フィリオーネ殿」
ちゃん付けはちょっと予想外だったのか、アイリスさんが戸惑ったように目を瞬かせるが、ニコニコと人の良さそうなフィリオーネさんの笑顔を見て、呼び方については何も言わず、挨拶を返す。
「それじゃ、運び込むわよ。大きい物は店の隅の床に、小さい物はあそこのテーブルの上に置いていって」
荷車いっぱいの
そして、最後に残った超衝撃吸収クッションも、丸めて持ち込む。
売るつもりはないけれど、これも十分に高価な
「しかし……メジャーな物ばかり持ち込んだわね?」
「この町でも売れそうにない物を持ち込むのは、さすがに申し訳ないですから……」
途中から荷物運びを抜け、査定の方に移っていたレオノーラさんは、金額を書き込んでいた手を止めて顔を上げる。
「そこはあまり気にしなくても良かったんだけど……そうね、全部でこれぐらいでどう?」
ぴらりと見せられた紙に記された額に、私はちょっと目を瞠る。
「レオノーラさん、これって、定価に近いんじゃ……?」
全部売れてもほぼ利益なし、売れ残れば確実に赤字。
そして、依頼されて作ったわけでもない
そのことをあえて口に出さずとも、私の言いたいことは解ったのだろう。
レオノーラさんは、困ったように苦笑して口を開く。
「今回は私が紹介したノルドが原因でしょ? 少しぐらいは支援させて。それに、サラサの作った
「見ての通り、錬金術大全に載っている一般的な
私も錬金術師、たまにはちょっと改造してみたり、趣味の
自分でお客さんに売るならともかく、変に改造してある物やピーキーな性能の物は困るだろうと、そういった物は当然に除外している。
「でも、効率は良いんでしょ? 聞いているわよ。その効率の良さがなければ、危なかったとも。……あぁ、ノルドにはしっかりと制裁しておいたから、安心して」
そう言いながら、握った拳を振るレオノーラさん。
紹介状にあった『制裁』はやっぱり拳だったのかと、ちらりとフィリオーネさんの方に視線を向ければ、彼女は困ったように笑いながら「数発ほど、しっかりと」と頷く。
訊けばノルドさん、王都に帰る前にこのお店に寄り、『紹介してもらった上で起きたことだから』と、この前の顛末をしっかりと報告していたらしい。
そのあたりの気遣いはしっかりとできるのだから、できる大人、だよねぇ――一見すると。いや、一部を除けば実際にそうなのが更に厄介かも。
本当に迷惑なだけの人なら切り捨てれば良いだけなんだから。
フィリオーネさんも、そんな感じで付き合いを続けているのかな?
「……では、申し訳ないですが、この価格でお願いします」
「そうして、そうして。じゃないと、私の方が心苦しいから。アイリスも悪かったわね。結構大変だったでしょ? アイツに付き合うのは」
「そんなことはない……と言いたいが、正直言えば大変だったな。遭難もそうだが、溶岩トカゲを何匹も生け捕りにさせられたのが、地味に辛かった」
その時のことを思い出したのか、遠い目になるアイリスさん。
私も話だけは聞いたけど、ほぼ力業で押さえ込むという、なかなかに酷い状況には、思わず目頭が熱くなってしまった。
その状況では他に手段がなかったとはいえ、そこで諦めることを選択せず、無理を押し通すノルドさんがなかなかに酷い。
しかし、レオノーラさんの方はそのあたりに関しては聞いていなかったのか、眉を上げて口元を歪める。
「そんなことまで? ――もう数発、殴っておくべきだったか」
「そうね。彼は少し自重を覚えるべきね」
微笑んではいるが、目は笑っていないフィリオーネさん。
穏やかそうに見えても、ヨク・バールの債権関連ではレオノーラさんと共にタフな交渉を熟していたらしいその実力は、伊達じゃない。
「ははは、そのあたりはお任せしますが……」
私たちがノルドさんに関わることは、もうないだろうし。
――ないよね? きっとないよね?
……うん、警戒だけはしておこう。
幸か不幸か、フェリク殿下とも関わりができちゃったしね。
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