5-13 買い出し (1)
「店長殿、どうだろう? ロレアも連れて行ったら」
「連れて行くって、冬山に、ですか?」
確かにそれなら、心配する必要はなくなるけど――。
「アイリスさん、冬山を侮ってませんか?」
「私も冬山を経験したことはないので、認識が甘いと言われてしまうとそれまでなのだが、店長殿と一緒の冬山と、ロレア一人で残るこの店、どちらが危険だろうか?」
「むぅ……」
当然ながら、襲撃さえなければお店に残る方が安全。
だけど、もし襲撃されればかなり危険。
そのリスクと、冬山で事故に遭うリスク。
どちらが高いか考えると……。
考えなしのアレが相手だから、冬山の方が多少マシ、かなぁ?
「店長さん、本人に聞いてみたら? ロレアちゃん自身のことなんだし」
「……それもそうですね。ロレアちゃん、どう?」
よく考えたら、ロレアちゃんが行きたくないと言えばそれまで。
もっともなご意見と、ロレアちゃんに顔を向けてみると、その顔は予想外に輝いていた。
「私、行ってみたいですっ!」
「……え?」
てっきり、『危ないことはしたくない』と言うと思ってたのに。
「本当に? 結構危険があるよ? 冬山って寒いよ? 無理は必要ないんだよ?」
気を遣って言ってない? と確認する私に、ロレアちゃんはしっかりと首を横に振り、私の顔を真剣な表情でじっと見る。
「私、サラサさんが来るまでは、この村で雑貨屋の店番をしながら一生を終えるんだろうな、って思ってたんです。でも、サラサさんが来てから一変しました」
そして、表情を笑顔に変えて、言葉を続ける。
「このお店で働けるようになりましたし、新しいこともたくさん知ることができました。魔法も教えてもらえて、少しは使えるようにもなった。だから、もっと新しいことに挑戦したいです!」
「そうなんだ……」
本人にそう言われてしまうと、私としては否定もできない。
一応は弟子であるロレアちゃんだけど、あれこれ指図はせず、褒めて伸ばす方針だからね。やりたいことはやらせてあげたい。
「解ったよ。それじゃ、ダルナさんにも説明に行かないとね」
雑貨屋よりも危険性が少ないということで雇ったのに、危険なことをさせるんだから。
――と、思ったんだけど。
「サラサさん!」
「は、はい!」
滅多に聞かないようなロレアちゃんの強い声に、背筋が伸びる。
「私の両親に配慮してくれるのは嬉しいです。ですが、私はもうこのお店の正式な店員なんです。お店のお仕事に関して、一々親に確認を取る必要はありません。親に話すとしても、それは私がするべきことです!」
そうは言っても、ロレアちゃんを雇っているのは私。
雇用主の責任としてきちんと言っておく必要があるのでは?
「……アイリスさんとケイトさんはどう思いますか?」
この場にいる大人ということで、二人の意見を聞いてみる。
「これはロレアが正しいだろうな。仕事の度に部下の親の意向など聞いていたら、何もできん。一応、ロレアはまだ未成年だから、少し微妙ではあるが……」
「就職を許可した以上、ダルナさんもそれは理解しているはずよ。一度家を出れば、後は自分で考えて生きていく。店長さんは孤児院を出た後、誰かの許可を得て進路を決めた?」
「いいえ、それはないですね」
両親と死に別れ、孤児院に入って以降はすべて自分で決めてきた。
錬金術師養成学校の入試を受けることに関しては、院長先生に相談したけど、あれは他の子たちの協力が必要という理由があったから。
それにしたって院長先生は激励するだけで、許可、不許可という話ではなかった。
そう考えると、私の方が間違っているってことか。
……うむ、私は頭が固いロートルじゃない。
他人の意見を取り入れる柔軟性は持っている。
「解りました。では今後、ロレアちゃんは大人として扱い、私からダルナさんに何か言うようなことはしません」
「サラサさん! ありがとうございます!」
「でも!」
顔を輝かせるロレアちゃんに、私はピシリと指を突きつける。
「いきなり姿が見えなくなったら、心配させちゃうから、遠出する場合はロレアちゃんから伝えておくんだよ? 少なくともこの村で働いている間は」
「はい、それはもちろんです。ご安心ください」
「うん、お願いね。それじゃ、ロレアちゃんの防寒着とかも作れるよう、素材を買ってこないとね。アイリスさん、明日は早朝に出発しますが、大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ない」
と、すぐに頷いたアイリスさんだったが、ちょっと首を傾げて言葉を続けた。
「――が、店長殿、食料の準備は必要だろうか? 途中で野営することになると思うが」
「いえ、明日中に着くつもりなので、不要ですよ。――あ、ロレアちゃんには悪いけど、お昼のお弁当はお願いできるかな? 朝早くて忙しいかもしれないけど」
「え、あ、はい、それは構いませんが……」
「いやいや、店長殿!? それはさすがに無理だろう? 荷車を牽いていくんだぞ?」
戸惑いつつもすぐに請け合ってくれたロレアちゃんと、目を剥くアイリスさん。
そしてケイトさんも、同意するように頷く。
「店長さんなら走れるかもしれないけど、そんな速度で走って荷物は大丈夫なの? この村からサウス・ストラグまでの道、そこまで良い道じゃないと思うけど……」
そんなことは百も承知。
私だって考えなしじゃない。
「大丈夫です。“超衝撃吸収クッション”――別名、“ダメクッション”がありますから」
これさえ荷車の床に敷いておけば、多少の凸凹なんて何のその。
卵を落としても割れたりしない地味に凄い
でも例の如く、使い道がないので死蔵していた物。
……正確に言うと、使うとダメな感じだからかな?
「機能は理解できたが……なんだ? その別名は」
「体験してみますか? ちょっと待っててください」
実際に体験すれば、名前の由来もよく理解できると思うからと、私は超衝撃吸収クッションを持ってきて、それを床の上に敷いた。
厚みは一五センチほどで、大きさは布団一枚ぐらい。
一見すると厚手の布団みたいな感じかな?
「これが超衝撃吸収クッション、別名“ダメクッション”です!」
「見た感じは……そこまで特別な物には見えないが」
「見て判る物じゃないですからね。はい、どーん!」
体験してもらうのが一番と、アイリスさんを突き飛ばし、クッションの上に放り投げる。
「わわっ! なにをっ……な、何だこれ! 何だこれ!? 身体が吸い込まれるような!」
私の突然の行動に声を上げたアイリスさんだったが、クッションの上に着地すると、別の意味で声を上げた。
「何だか、ダメになりそうな気がしませんか?」
「なる! 起き上がりたくなくなる!」
あまりにも良いアイリスさんの反応を見て、ケイトさんもクッションを触り、ロレアちゃんはコロリと横になる。
「どれどれ……うわ、本当に凄い感触ね。もっちりというか、むにゅっというか……」
「私もちょっと――あ、確かにこれは……」
「まぁ、実際のところ、それで長時間寝たりすると身体が痛くなるので、別の意味でダメなんですけど。最初は気持ちよいのが、罠ですね」
これは衝撃吸収用で、寝具じゃないのだ。寝るのに使うなら、もうちょっと弾力というか、硬さというか、そういうものがないと案外寝にくい。
「でも、衝撃の吸収能力に関しては折り紙付きです。高級な馬車の座面などにも使われていて、お金持ちのお尻を守っているそうですよ?」
「……あぁ、それは素直に羨ましい。馬車に長時間乗っていると、お尻がとんでもなく痛くなるからなぁ」
「アイリスさんぐらい、お尻にクッションがあってもですか?」
「あぁ、クッションがあっても――って、ロレア、酷いな!? 私のお尻はそんなに大きくないぞ! 鍛えているからな!」
ロレアちゃんが横で寝ているアイリスさんのお尻をポンポンすると、アイリスさんは『うん』と頷きかけて、慌てたようにお尻を両手で隠した。
「え、でも……」
ロレアちゃんが、アイリスさんの引き締まったお尻と見比べているのは――え、私?
た、確かに、アイリスさんと比べると薄いけどさ!
乗合馬車に乗っているとお尻が削れそうで『自分の脚で走った方が、むしろ楽かも?』とか思ってたけどさ!
私は俯せに寝たまま、お尻をこちらに見せているロレアちゃん、その横に立つケイトさんのお尻にも、ささっと目を走らせてみる。
……うん。形勢不利。この三人、文句の付けようがない。
不摂生とは無縁だもんね!
多少甘いものを食べても、それ以上に動くもんね!
よし、撤退だ。
「ま、まぁ、このクッションならどんなお尻でも守ってくれますから、これを荷台に敷いておけば、荷物が壊れる心配はありません」
だから安心してくださいと付け加え、私は早々に話を終わらせたのだった。
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