5-15 買い出し (3)
「と、ところで、最近、レオノーラさんの方は特に変わりはないですか?」
「……? そうね、これといってはないかしら。バール商会が多少、ゴタゴタしてたみたいだけど、それぐらい? あれって、アイリスの実家がらみでしょ?」
「よく知っているな? そのあたりのことに関して、広めているつもりはないのだが……」
調停を行った以上、ある程度の情報が流れるのは当然だが、外聞の悪い話だけに、ロッツェ家が余所に知らせることはほぼないし、そもそもが無名に近い小さな貴族なのだから、情報が広まる素地もない。
カーク準男爵家としても、建前はどうあれ、調停の内容は実質的な負け。
公言したりはしないだろう。
にも拘わらず、それをしっかりと把握しているあたり、レオノーラさんの情報収集能力はかなり高いと言わざるを得ない。
「情報が重要だからね、こんな町で商売をやるには。元々、ヨク・バールが消されて落ち目になっていたバール商会だったけど……」
レオノーラさんの言葉を、フィリオーネさんが引き継ぐ。
「跡を継いだホウ・バールが色々と空手形を切っていたみたいなのよ。少し前にそれが不渡りになることが確実になって、かなりの利権が持っていかれたみたい」
それはあれだね。ロッツェ家の調停が成立して、ホウ・バールとアイリスさんとの婚姻の目がなくなったからだね。
たとえ弱小でも、貴族の看板があるとなしでは大きな違い。
それを梃子にバール商会を立て直そうとしていたんだろうけど、それに頼って無理をすれば、なくなったときに元より酷くなるのは火を見るより明らか。
「じゃあ、今、バール商会は?」
「潰れてはいないかな。小規模ながらなんとか生き残っている、って感じだけど。一年前は大商会だったんだけどねー」
フィリオーネさんが「あはは」と陽気に笑い、レオノーラさんも肩をすくめる。
「サラサに手を出したのが、転落の始まりってことね」
「そうですか? 私だけだと、ちょっと揺るがせるぐらいしかできなかったと思いますけど。突き落としたのは、お二人の功績ですよ」
私だけであれば、ヨク・バールを村から追い出すぐらいまでがせいぜい。
がっぽりと儲けることができたのはレオノーラさんの協力があったからだし、追い出した後で彼を退場させ、バール商会の屋台骨をへし折ったのは、レオノーラさんとフィリオーネさんの二人。
私はあまりそこに寄与していない。
「そこは、確かにそうね。海千山千のクソ共を相手にするには、サラサはまだまだ経験が足りないし」
「でも、私たちが突き落としたなら、水に落ちたバール商会を棒で叩いて沈めたのはアイリスちゃん?」
唐突に話を振られたアイリスさんが眉を上げ、突き出した両手の平をふるふると振る。
「わ、私か!? 私は――というか、当家は何もできていないぞ? まったく自慢にならないが、店長殿がすべてやってくれたからな!?」
「つまり、
「止めと言うほどのことでは。アイリスさんの足に絡みついていた
「そんなことないわよー。サラサちゃんは、カーク準男爵もしっかり追い込んでるじゃない? なかなかできないわよ、貴族相手は」
「それは私がやったというより、人を紹介しただけですから――」
などと、私たち三人がやっていると、一歩引いたアイリスさんが困ったようにポツリと言葉を漏らす。
「私からすれば、腹黒さの謙遜合戦にしか見えないのだが……」
微妙に否定しづらいアイリスさんの感想に、私たちは顔を見合わせる。
私の場合、こちらから手を出したわけじゃなく、向こうがちょっかいをかけてきたので、仕方なく応戦しただけなんだけど……端から見たら、そう見えるのも仕方ない?
結果が出ちゃってるから。
「あら、アイリスちゃん。別に腹黒くなれとは言わないけど、もっと用心深くならないとまた騙されるわよ?」
「そ、そこまで把握されているのか……」
説明していないのに、かなり細かいところまで把握していそうなフィリオーネさんの発言に、アイリスさんはグッと言葉に詰まる。
「しかし私では。やはり当家には店長殿が――」
「そういえば、レオノーラさん。実は先日、ウチのお店に乗り込んできたんですよね。件のカーク準男爵が」
あまり良くない方向に話が行きそうだったので、アイリスさんの言葉を遮って軌道修正。
レオノーラさんに訊いておきたかったことに話題を移す。
「サラサの店に? 本人が?」
意外そうに首を傾げたレオノーラさんに私は頷いて、言葉を続ける。
「はい。突然やってきて、言いがかりを付けてきたんですけど……何というか、素人っぽいというか、やっていることがチンピラレベルというか……ロッツェ家を罠に掛けたような狡猾さはゼロだったんですよね」
「アイツが直接行くってことは……そういえば、フィー、今ってあの爺さん、いないんだっけ?」
「そうねぇ、出かけてたと思う。だからだね、それは」
何やら納得したように頷き合う、レオノーラさんとフィリオーネさん。
でも、私とアイリスさんにはさっぱり事情が解らない。
「『あの爺さん』、とは?」
「カーク準男爵の補佐役……と言うのが正しいのかはちょっと微妙なんだけど、先代から仕えている爺さんがいるのよ」
「このお爺さんが切れ者なんだよ。準男爵家を実質的に取り仕切っているのがこのお爺さんで、バカなカーク準男爵を適当に制御してるって感じかな?」
「それは、黒幕的な?」
「う~ん、どっちかと言えば抑制している? カーク準男爵の言う無茶を、なんとか現実的な範囲に収めているのかな?」
「そうそう。この爺さんがいるから、この町が栄えていると言っても過言じゃないわね」
二人からの、カーク準男爵の評価が酷い。
でも、実際に会ってみた感じ、私も同感かも。
ただそれよりも――。
「アイリスさん、知っていました?」
「いや、初耳だ。現カーク準男爵が不出来なことは知っていたが……あ、そういえば、調停に出てきたのは年配の男だったと、お父様に聞いた気がするな」
「たぶんそれね。普段はあまり表に出ないようにしているからね、あの爺さん」
「そうなんですか?」
「今回みたいに留守にしていることもあるじゃない? お目付役のいない状況なんて、カーク準男爵の敵からすれば、絶好の機会だから」
「ちょいちょいと、煽ってあげたら、簡単にボロを出しますからねぇ、カーク準男爵だけであれば。今回のことも、一人で暴走したんでしょうねぇ」
「もしかしたら、爺さんの指示という可能性もゼロじゃないけど……」
そう言ったレオノーラさんは少しだけ考え、すぐに首を振った。
「たぶんないわね。メリットがないわ。サラサに対する勝ち筋が見えないもの」
「そんな、私を化け物みたいに……」
ちょっと不本意である。
「私なんて、可愛くてか弱い、ただの女の子ですよ?」
「それは嘘だ」
アイリスさんに即座に否定された。
「むぅ」
「可愛いのは否定しないが、『ただの』女の子ではないだろう?」
――む。そこを否定しないのなら、許そう。
そんな私たちの遣り取りを見て、フィリオーネさんが笑う。
「そりゃ、後先考えなければ可能よ? でもその後、どう考えてもカーク準男爵家は潰されるわ。正当性もなく錬金術師を攻撃するだけでも致命的なのに、サラサはオフィーリア様の弟子。どうなるかぐらい、サラサなら解るんじゃない?」
「……まぁ、そうですね。師匠なら、遠慮はしないでしょうね。しかも、準男爵家程度ともなれば」
もっと高位の貴族でも、不愉快なことを言われれば、お尻を蹴っ飛ばして店から追い出す師匠なのだ。
弟子である私に何かあれば、その報復は確実に行うだろう。
それぐらいには大事にされていると思っている。
嬉しいことにね。
「そんなわけで、爺さんなら、ある意味で心配はないけど、逆にカーク準男爵本人なら衝動的に何をするか……ちょっと注意した方が良いかもしれないわね」
「はい、気を付けます。それでは、そろそろお暇しましょうか、アイリスさん。宿も探さないといけないですし」
「そうだな。レオノーラ殿、お薦めの宿などご存じないだろうか?」
「宿など探さなくとも、泊まっていきなさい。この時間だと、良い宿が空いているとは限らないわよ?」
外を見れば、既に少し薄暗くなっていた。
確かに、宿を取るには少し遅い時間ではあるけど……。
「いえ、今回はアイリスさんもいますし、ご迷惑をおかけするわけには」
「若い子が遠慮しない! あなたたちを泊めるぐらい、別に迷惑じゃないわよ。二人が泊まる部屋ぐらいあるから」
辞退しようとした私の背中を、レオノーラさんがポンと叩き、フィリオーネさんも微笑んで頷く。
「ノーラもこう言っているし、本当に遠慮する必要はないのよ? 食材もちゃんと四人分、買ってあるんだから」
どうしたものかとアイリスさんを窺えば、アイリスさんはコクリと頷いて、小さく「良いんじゃないか? 店長殿も今はあまりお金に余裕がないだろう?」などと言う。
うぅ……宿代すら気にしないといけなくなるとは!
借金に比べれば大した額じゃなくても、サウス・ストラグぐらいの町ともなれば、宿代は決して安くはない。
こちらから頼むのはアレでも、向こうから誘ってくれているわけで……節約できる方法があるのなら、それを選ばない理由はない、か。
ちょっと情けないけど、背に腹はかえられない。
「……それでは、お世話になります」
私は色々飲み込んで、レオノーラさんたちにぺこりと頭を下げた。
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