5-11 破落戸リターンズ (3)

「ち、違うからね? 私、そんな簡単に暴力を振るったりしないからね? 基本話し合いだからね?」

 ――盗賊なんかを除いて。

 盗賊は死すべし、慈悲はない。

「うむ、解っているとも。さすがに貴族の私兵を殺すとマズいからな!」

「わ、私だって、手加減ぐらいできます! ――ち、違った! 簡単に手を出したりなんかしません!」

「先日、破落戸が店から叩き出されたと思ったのだが」

「あ、あれは、ロレアちゃんの悲鳴が聞こえたから……」

 女の子に手を上げるとか、殴られても仕方ないよね?

 自業自得だよね? ノーカンだよね?

「つまり、ロレアちゃんに手を出したりしたらキレるってことじゃない。手加減だって、失敗するかもしれないし。ほら、溶岩トカゲとか」

「うっ!」

 首が落ちちゃったあれかぁ……。

 予想以上に剣の切れ味が良かったんだよねぇ。

 つまり、素手ならそんな心配も……いや、素手はダメだよ!

 のぅ! 二律背反!

「ま、私の機転で、奴らは逃げていったわけだがな!」

「……取りあえず、ありがとうございます、と言っておきます。――婚約は初耳でしたが。以前そんな話はしてましたけど、承諾した覚えはないですよ?」

 ドヤ顔のアイリスさんにお礼を言いつつ、チクリと皮肉を入れれば、アイリスさんとケイトさんは顔を見合わせて、少し困ったように眉尻を下げる。

「すまない。だが、借金の肩代わりに加え、先日は遭難したところを助けてもらっただろう? 多大な手間とお金を掛けてまで」

「なのに、私たちは何も返せていない。だから奥様も『アイリスに熨斗を付けて差し出してもまだ足りない。他に渡せる物は家督ぐらいしか』と」

 いや、それは渡して良い物じゃないでしょ?

 貴族にとって最も大事なものじゃないですか?

 ――アイリスさんなら、気楽に貰えるって話でもないけど。

「私としては、アイリスさんたちがいてくれることで、結構助かっているんですけどね」

 必要な素材を集めてきてもらったり、人手が必要なときに手伝ってもらったり。

 防犯面でも、未成年のロレアちゃんと成人したばかりの私の二人だけより、採集者であるアイリスさんとケイトさんがいることで、少なからず良い影響があると思っている。

 実際には私も戦えるし、防犯の刻印もあるから襲われた場合の危険度という面ではあまり変わらないかもしれないけど、人数が多いことで相手が警戒し、そういう状況にならない方がよっぽど良いからね。

「そう言ってくれるのはありがたいが、客観的に見て判る明確な形での礼が必要なのだ」

「弱小貴族でも、恩知らずと見られるのは困るから」

「それは……なんとなく解りますけど……」

 恩を返さないと見なされれば、もしもの時にも助けてもらえなくなるだろうし、評判が重要な貴族社会では非常に生きづらくなる。

 でも、いくらなんでも家督は重すぎる。

 それだけ恩を感じてくれているのかもしれないけど……正直、ちょっと困る。

「うぅ……」

 どうしたものかと戸惑う私に対し、ロレアちゃんはただ感心したように息を吐いた。

「はぁ~、サラサさん、貴族になるんですかぁ。凄い、んですよね?」

「凄いと言えば、凄い、かな? この国では、あんまり貴族が増えないから」

 お金さえあれば貴族の地位が買えたりする国もあるが、このラプロシアン王国では余程の功績を挙げなければ、貴族の末席に加わることすらできない。

 だからといって戦争で武勲を立てようと思っても、平民が立てられる武勲など高が知れているし、この国はしばらく戦争をしていないので、その機会もない。

 一応、抜け道的なものとしては、ロッツェ家が仕掛けられたように、借金で首が回らなくなった貴族に婿入り、嫁入りして実質的に爵位を買う方法もあるけれど、これにしたって貴族の総数が増えるわけではない。

 しかし、国からすればこれも当然のこと。

 領地が増えてもいないのに安易に叙爵していては、ただ国庫の負担が増すばかり。

 一度貴族にしてしまえば、そう簡単に平民に落とすことはできないのだから、将来的なことを考えればそう簡単に貴族を増やすことなど、できるはずもない。

「けど、貴族って楽なだけじゃないんだよ? 責任も仕事もあるからね」

 まともな貴族であればなおのこと。下手をすればロッツェ家のように、領民のために多大な借金を背負うことすら起こりうる。

 もちろん社会的地位という、平民とは一段異なる信頼度を得られるメリットもあるわけだけど。

「継承のできない一代爵なら、多少は可能性があるんだけどな」

「本当に名誉だけ、年金すら貰えない爵位もあるから、どれほどの価値があるかは……少し微妙だけどね」

「そ、そう考えると、アイリスさんのロッツェ家って実は?」

「いや、それでもウチが下級貴族であることには、何ら違いはないぞ」

「でも、継承はできるんですよね? そこにサラサさんが関わるのは……ロッツェ家として、それで良いんですか?」

「店長殿の人柄は信頼しているからな。さすがに店長殿が他の人と結婚して、その子供がロッツェ家を継ぐというのは困るが、私との子供であれば問題ない。婚姻や領主としての仕事が煩わしいのなら、形だけでも良い。それこそ、胤を貰うだけでも――」

「いや、それ、じゃないですから! 滅茶苦茶ハードルが高いですから!!」

 いろんな意味で、パラダイムシフトですよ?

 貴族として意に沿わぬ結婚も考えていたアイリスさんと違い、私はお父さんとお母さんみたいに、いつか素敵な男性と出会って、惹かれ合って結婚をすると思ってたんだから。

 まぁ、この年になると、それがなかなか難しく、まずは損得が先に立つ結婚が多いことも理解してるけど。

 愛はデザート。主食なくして愛だけあっても、溺れて死ぬだけだ。

「店長さん、どうしても無理なら、ウィステリアかカトレアの生んだ子供を養子とする方法もあるから、気軽に考えてくれて良いわよ?」

「気楽にって言われても……えっと、アイリスさんの妹でしたよね?」

「うむ! 二人ともなかなか可愛いのだ! ウチに来たときには、是非紹介させてくれ! きっと店長殿とも仲良くなれるぞ」

 私は会ったことがないんだけど、まだ一〇歳ながらアイリスさんに似て活発なウィステリアに、その二つ下でお淑やかなカトレア。

 アデルバート様の直系としてはその二人がいるので、アイリスさんと私の間に子供ができなくても、ロッツェ家の血統としては問題はないらしい。

 ただ、形だけでもアイリスさんと結婚しちゃうと、私は男性との結婚が難しくなるんだけどね!

 貴族としての地位と、普通の結婚生活。

 天秤に掛ければ、商人として私は前者に傾き、女の子としての私は後者に傾く。

 むむむ……揺れ動く。

「……解りました。取りあえずは呑み込んでおきます」

 目に見える形での礼が必要という、ロッツェ家の面目も考えるなら強固に反対することは望ましくないだろうし、今すぐどうこうという話でもない。

 借金の返済が進めば状況も変わるだろうし、ひとまずは棚上げで良いよね?

 私自身、しばらくは錬金術師として仕事に専念するつもりだし、現時点で誰か好い人がいるわけじゃないから。

「それはそれとして、さっきのあれは何ですか? フィルムス侯爵家、でしたか?」

「あぁ、あれ? フィルムス侯爵家の現当主は、女性同士で結婚してるのよ」

「「……え?」」

 知識としては知っていても、私は貴族社会に詳しいわけじゃないし、そういう知り合いもいない。

 だから、実際に同性婚をしている貴族がいて、しかもそれが侯爵という高い地位にいるという事実に、私とロレアちゃんは揃って目を丸くした。

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