5-10 破落戸リターンズ (2)

「――まともな領地のある準男爵でも、ご存じないようですが」

「ぐぬぬ……!」

 私が当て擦るように付け加えれば、カーク準男爵は言葉に詰まり、頭に血を上らせる。

 歪んだ口元と赤くなった顔で、なかなかに凶悪な表情になってるけど……アイリスさんを馬鹿にしたこと、私も怒ってるんだよね。

 ロッツェ家は確かに貧乏かもしれないけど、困ったときに領民を助ける立派な貴族。

 お金があるくせに、この村の危機に何もしなかったカーク準男爵なんかとは比べるべくもないよ?

 とはいえ、本格的に領主と対立するのは面倒この上ない。

 あまりに相手の態度がアレなので思わず皮肉を言っちゃったけど、私たちに関わらずにいてくれればそれが一番。

 ――これで素直に帰ってくれないかなぁ?

 という私の願いもむなしく、カーク準男爵は往生際悪く反駁した。

「そ、それで言い逃れられると思ってんのか? あの畑を管理しているのは、この村の住人だろうが!」

「不思議なことを仰いますね。錬金術師のお店で店番を雇えば、そのお店は店番の物になると? 人を雇って働かせることなど、錬金術師として当たり前のことですよ」

 実際には栽培した薬草の一部はマイケルさんたちの取り分だから、厳密に言えば『薬草畑の一部はマイケルさんたちの物』と言えるかもしれない。

 ただし今のところ、その薬草は私が買い取って現金で取り分を支払うことになっているため、実質的には賃金と変わらない。

 マイケルさんたちが私以外の誰かに薬草を売ったりすると少し微妙なラインになるけど、現状であの畑は『錬金術師の畑』と言っても何の問題もないのだ。

「これに不満があるようなら、王都の司法当局に――」

「減らず口を! この土地は俺の物だ! お前もここの領民だろう! つべこべ言わずに税を払え!」

「いいえ、違います。錬金術師はどこに住んでいても、王都の住民として登録されていますので、領民ではありません」

 激高して声を荒らげるカーク準男爵に、私は努めて冷静に言葉を返す。

 これも、王国の政策。

 時間とお金を掛けて育て上げた錬金術師を、地方領主に取られることなど王国が許容できるはずもなく、基本的にすべての錬金術師は王領の住民として登録される。

 税金を国に納めるようになっているのも、その関係。

 例外は貴族籍を持つ人だけで、その代わりに入学時の準備金が貰えなかったり、成績優秀者でも報奨金の辞退が半ば義務になっていたりする。

 もっとも、貴族籍の錬金術師でもお店を開いている場合は、国に税金を納める必要があるので、基本的に錬金術師は全員、国の管轄下にあると考えて差し支えない。

「これもご存じではありませんでしたか? 貴族なのに?」

 でも、ちょっとだけ皮肉が混ざっちゃうのは仕方ないよね?

 アイリスさんを馬鹿にされたんだから。

「カーク準男爵、ご理解頂けましたか?」

 だから錬金術師に無茶は言えないよ、と丁寧に説明してあげた私に対し彼が取ったのは、残念ながら良識ある大人の行動ではなかった。

「テメェ、錬金術師だからと図に乗ってんじゃねぇぞ? 所詮、錬金術師になったばかりの若造だろうが! 平民が生意気な口を利くな!」

「む……」

 カーク準男爵はドンと足を踏みならし、口汚い言葉を吐き散らす。

 いや、まぁ、良識を期待するだけ無駄だとは思っていたけど。

 しかし、身分を持ち出されるとちょっと弱い。

 法的に保護され、社会的地位は高くても、錬金術師は貴族ではない。

 師匠ぐらいになれば準男爵程度、怖くもないようだけど、私なんてまだまだ初級から中級程度の錬金術師。

 実際に貴族と争うことになった場合、国がどちらを優先するかは微妙なところ。

 私は領民じゃないので簡単には隠蔽なんてできないし、あんまり無茶はしないと思うけど、村との関係とかも考えると……。

 業腹ではあるけれど、多少の利益を与えて解決する方法もあるにはある。

 意地を張ったところで、知り合いが傷付けられるようなことになっては本末転倒だし。

「カーク準男爵、ちょっと良いだろうか?」

 私が『適度に折れて、薬草の束でも渡してやろうかな?』とか考えていると、アイリスさんが一歩前に出た。

「私と店長殿は婚約済みだ。そして婚姻が成った際には、店長殿に家督を譲ることも考えている。つまり、店長殿は次期ロッツェ家当主。言葉には気を付けるべきだと思うが?」

「なっ!?」

「……ぇ?」

 アイリスさんが余裕のある笑みを浮かべて言った、その言葉。

 そこに含まれる初耳な情報に私も思わず声を漏らしてしまうが、幸いカーク準男爵はそのことに気付かず、大声で叫んだ。

「女同士でだと! ふざけるな!!」

 うん、そう言いたい気持ちは理解できる。

 禁止はされていなくても、一般的じゃないもんね。

 特に平民なんかは超高価な錬成薬ポーションに頼ることもできないので、跡取りを残せない同性同士の結婚なんてまずあり得ないから。

 しかし、そんなカーク準男爵の叫びを聞いたケイトさんは、しめしめとばかりにとても良い笑みを浮かべた。

「おや、そんなことを言っても良いんですか? フィルムス侯爵家」

「がっ!? ん、んんっ! ちょ、ちょっと喉の調子が悪いようだな!」

 ケイトさんがポツリと呟いた名前を聞いた途端、カーク準男爵は目を見開くと、わざとらしい咳払いをして視線を彷徨わせた。

「お、お前たちもおかしな聞き間違いを、吹聴したりはしないことだ!」

 そして早口で、焦ったようにそんな言葉を付け加えると、素早く踵を返した。

「きょ、今日のところは失礼する! オイ、お前ら、行くぞ!」

「「「へ、へい!」」」

 そのあまりにも早い変わり身に、私ばかりか傍にいた柄の悪い男たちも戸惑いを顔に浮かべたが、すぐに慌てたようにカーク準男爵の後を追った。

 私はその背中をやや唖然として見送り、お店の扉が閉まる音で「ふぅ」と息をついた。

「……もう、大丈夫でしょうか?」

「あ、うん、大丈夫だと思うよ。ロレアちゃん、怖かったよね」

「いいえ、皆さん前に立ってくれましたから」

「そっか」

 そうは言うけど、明らかに堅気じゃない男たちに凄まれたわけで。

 怖がってないかな、と振り返ってみれば――。

「って、ロレアちゃん、その手に持っているのは?」

 両手に持っているのは、私とアイリスさんの剣。

 頭の上にはクルミの姿。

 完璧な臨戦態勢である。

「必要になるかと思って」

「そ、そっか。でもお店の中で刃傷沙汰はないと思うよ?」

 なんだか後ろでゴソゴソしているとは思っていたけど、これを取りに行っていたのか。

 なかなかの対応力。

 精神的ケアは必要なさそうだね。

「さすがはロレアだな。店長殿はともかく、私の技量では男相手に素手で戦うのは厳しいからな」

「えー、さすがに私も、あんなゴツい人たち相手に素手では――」

 これでも女の子なので、あんなの相手に素手で勝てるとか、外聞が悪すぎる。

 強い女剣士とかなら格好いいけど、マッチョを殴り飛ばす女の子とか、需要がニッチだよね?

 だから、抗議しようとしたんだけど――。

「まぁ、アイリス。ヘル・フレイム・グリズリーを蹴り殺す人が何か言ってるわ」

「ゴツい奴らだったが、あれに比べれば……」

 確かにヘル・フレイム・グリズリーと比べれば、一番の巨漢でも貧弱なほど。

 アイリスさんとケイトさんのもっともな指摘を受け、私は抗議の方向を軌道修正する。

「――手が汚れるじゃないですか」

「あぁ、勝つのは問題ないんですね。さすがです」

 納得したように頷くロレアちゃん。

 修正の方向を間違った。

 そんなに暴力的な女の子じゃないと主張しようとしたのに!

 殴ったりしないとか、手を汚すまでもないとか、そんな風に言うつもりだったのに!

 こんな話が広まったら、恋人ができなくなるよ!!

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