5-09 破落戸リターンズ (1)

「店長を出せ!」

 そんな荒々しい声と共にどやどやとお店の中に入ってきたのは、柄の悪そうな男を五人ばかし引き連れた、若い男だった。

 年の頃は二〇代前半、身長は低めで、横にはやや太め。

 不摂生が見て取れるその体型からして、金持ちの商人か、貴族か。

 どちらにしても厄介事の臭いしかしない。

 私はさりげなくロレアちゃんを背後に隠し、一歩前に出れば、アイリスさんとケイトさんも前に出て、私の隣に並んだ。

「私が店長ですが?」

「ほう、お前がこの店の錬金術師か。――悪くないな」

 男がにちゃりと浮かべた笑みに、堪えきれない嫌悪感が湧き上がり、歪みかけた表情を努めて真顔に保つ。

「何かご用でしょうか?」

「儂はカーク準男爵だ。昨日、この店で謂われのない暴力を受けたという訴えがあった。訊けば相手には貴族もどきがいたって話ではないか。それではさすがに平民には荷が重いだろうからな。領主たる儂がわざわざ出張ってきてやったのだ」

 チラリとアイリスさんに視線を向けつつ、そんなことを言う自称カーク準男爵。

 貴族もどきって、もしかしてアイリスさんのこと?

 下級ではあるけれど、騎士爵の息女であるアイリスさんは歴とした貴族なんだけど。

 しかし、たかが破落戸がアイリスさんの顔を知っている可能性はほとんどないわけで、アイリスさんとケイトさんの苦々しい表情を見るに、コレがカーク準男爵本人であることは間違いなさそう。

 つまり、先日お店で暴れた客、あれは仕組まれたものだったってことかぁ……面倒な。

 ――まぁ、面倒なだけでそんなには困らないんだけど。

 眉を吊り上げて前に出かけたアイリスさんを制し、私は口を開く。

「謂われのない? であれば、心当たりはありませんね。お店で暴れた破落戸は叩き出しましたが、あれは正当な行為ですから」

「オイオイ、破落戸とは酷いな。可哀想な被害者だぜぇ? 被害者から訴えられたら、領主の儂としてはしっかりと裁いてやらねばな?」

 ニヤニヤと笑いながら言うカーク準男爵に、私は殊更笑みを深めて言葉を返す。

「それはそれはご苦労様です。ですがご安心ください。領主様の手を煩わせることではありませんので」

「あん?」

「錬金術師のお店の中で起こったことに領法は適用されません。つまり、領主様がお心を悩ませる必要もありません」

 錬金術師に関して適用されるのは、基本的に王国法。

 これは国中にまんべんなく錬金術師を配置したいという、国の方針から決まっているもので、領主がどんなおかしな法を作ったとしても、その法によって錬金術師の権利が侵されることはない。

 今回の場合もそうで、『お店で暴力行為があった』と領主が出てきても、私が不当に裁かれることはないのだが、もちろん王国法には縛られるので、錬金術師であれば強権が振るえる、なんてこともない。

 そんなことを噛んで含めるように丁寧に説明し、更に「の方には、王都にて司法当局に訴えるよう、お伝えください」と言葉を付け加えれば、カーク準男爵の顔が赤くなり、その口から「ぐぬぬ」と声が漏れる。

 まぁ、訴え出るようなことはあり得ないよね。

 暴力的に店から追い出された程度のことを領主があえて訴え出れば、何か裏があると喧伝するようなもの。

 私に何ら後ろ暗いところはないし、それで領主の方に有利な裁定を下すほど、王都の司法当局は腐っていない。

「しかし、その程度の訴えにわざわざ領主様が動かれるとは、随分と勤勉なんですね? ヘル・フレイム・グリズリーの時にはお忙しかったようですが」

 事後にすら何の手助けをしなかったことを揶揄するように言えば、後ろに控えていた男たちの内、最も体格のいい男が声を荒らげて凄む。

「テメェ! 黙って聞いてりゃ、カーク様にふざけた物言いを――!」

 だがそんな男をカーク準男爵が制し、少し余裕を取り戻したように口角を上げる。

「もちろん忙しい儂が、そのためだけに来るわけがないだろう。そっちはついでだ。税を払っていない畑があると聞いたのでな。儂自ら、確認に来てやったのだぞ?」

 その言葉に、私は思わず眉を顰める。

 この村の税金については、私もエルズさんから訊いている。

 それによると農業が盛んなわけでもないこの村では、農地の収穫量に関係なく、毎年一定額が税金として徴収されているらしい。

 形としては人頭税みたいなものだけど、人口の把握や管理をする手間を掛ける価値もないと、村の人数が増えても減っても、税金は変わらず。

 こんな小さな村で集められる税金なんて大した額でもないので、ある意味では合理的。

 ただその額はこの村の収益からすれば決して小さくはなく、この国の平均的な人頭税+農地に掛かる税と比較しても多め。

 以前ならまだしも、採集者の数が減った近年では、かなり苦労して納めていたらしい。

 だからこそ、エリンさんは安定した収益が得られるよう、薬草畑を作ることを計画したんだろうけど……。

「バカなっ!? この村の農地は税金は掛からないはずだ!」

 何も言わない私の代わりに、アイリスさんがカーク準男爵に詰め寄ったが、彼はニヤニヤと笑いながら肩をすくめた。

「誰かと思えば、貧乏騎士爵家の田舎娘ではないか。こんなところで、採集者の真似事か? 金がない貧乏人は辛いなぁ?」

 アイリスさんとカーク準男爵とは面識があると聞いている。

 隠れていたわけでもないアイリスさんに気付かないことなどないだろうに、あえて癇に障るような言い方をするカーク準男爵。

「領主には税を決める権限があるのだ。まともな領地もない貧乏貴族は知らないかもしれないがな? 薬草畑には税が掛かるようになったのだよ、つい先日な!」

 そのニヤけ面を見て、アイリスさんが握りしめた拳を振るわせるが、私は落ち着かせるように、その手をそっと取る。

 実際、どのような物に税金をかけるかは領主に決定権がある。

 住人の数によって割り当てられる人頭税、商売の規模によって掛かる商業税などの一般的な物から、出産税、成人税、結婚税、死亡税など、一部の領地でしか運用されていない物まで、税の種類を決めるのは領主であり、それは重要な権利となっている。

 その額も手数料程度の少額から、簡単には払えないほどの高額まで様々。

 領地によっては、『生まれたばかりなのに既に言葉が話せる』とか、『年寄りなのに成人してない』とか、『お金を貯めないと死ぬことすらできない』とか、そんな状況すらあるとかなんとか。

 だから、『薬草畑にも税金を掛ける』と決めたこと自体は、別に問題はない。

 残念ながら自分の領地なら無茶でも通せるのが、領主なんだから。

「それはそれはご苦労様です。確かに税金を決めるのは領主のお仕事ですね」

「ほぅ、お前はそっちの田舎者と違って多少は知恵があるようだな。では――」

 ――もっとも、私には関係ないんだけど。

「ただ、そんな薬草畑があるとは、私は寡聞にして知りませんが……どこでお聞きになったので?」

 嫌らしい笑みを浮かべるカーク準男爵の言葉を遮り、私がニコリと微笑めば、彼は眉を顰めて私を睨んだ。

「あぁん? あるだろうが、すぐ隣に。薬草畑が」

「そうだ、そうだ! あれはどう見ても薬草畑だろうが!」

「柵で囲えばバレないとでも思ってんのか!」

 カーク準男爵が顎で隣の畑の方向を示し、背後の男たちもその尻馬に乗るが、私は「ふふっ」と笑って首を振る。

「あぁ、あれですか? あれは私の畑です。錬金術師の持つ畑は税金の対象にはならない。これも王国法で定められています」

 正確に言うなら、地方領主の税収にはならない、と言うべきかな?

 錬金術師の払う税金は、すべて国に対して納められるから。

 錬金術師が栽培・収穫した薬草も、錬成薬ポーションとして加工すればそれが課税対象となるので、畑自体には税金が掛からないのだ。

 他の商売なんかに比べると、報告などが色々と細かくて面倒なんだけど、手厚い保護の代償と考えれば、許容範囲。

 こうして、面倒な領主にも対抗できるしね?

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