5-08 計画と準備 (3)

「けど、大半の物は代替不可だから、節約できるのは毛皮ぐらいかな?」

「毛皮というと、防寒着――コートか、帽子とか、そのへんですか?」

「うん。最高級品は魔物の毛皮。もちろんその中にも上下があるけど、普通の動物よりは一段上だね。動物だと鼬や兎、狐なんかが高級品。このへんでも一人分を一式揃えたら、それだけで前金がなくなるよ」

「金貨二〇〇枚がなくなるって……いくらなんでも高すぎませんか? 素材ですよね? コートなんかの製品じゃなくて」

「うん。見栄えの良い物は特にね」

 性能は変わらなくても、見栄えの良い物は貴族がコートや帽子なんかに使うからか、かなりお高い。

 今の懐事情じゃ、ちょっと手が出ないかな。

 パーティーに着ていくわけじゃないから、出す必要もないけど。

「私が使う予定なのは、羊。これだと結構、お手頃価格で手に入るんだよね」

「兎みたいな小さな動物に比べたら、たくさん取れそうですもんね。デメリットは? あるんですよね、安い分」

「同じ性能を求めると、モコモコになることかな。厚みが必要だから」

「モコモコ……それだけですか? それってあんまりデメリットじゃないような……?」

「フォルムが重要なんですよ、お貴族様やお金持ちの人には」

 ロレアちゃんはピンと来ないようだけど、貴族なんて見栄の生き物。

 子供ならモコモコでも、『可愛い!』と言ってもらえるだろうけど、見栄えが重要な方々からすれば太って見えるのは致命的だし、『安物を使っている』と思われてしまえば侮られる。

「ロッツェ家のような、引きこもりタイプの貴族ならともかく、社交界に出るような貴族であれば、辺幅を飾ることも必要なんだよ、ロレアちゃん」

「引きこもりって、言葉を選びましょうよ、サラサさん。聞く限り、事実みたいですけど……」

「えっと、じゃあ、良い意味で引きこもり?」

「違います。改善すべきは『引きこもり』の方です。例えば……『自領を大事にする』とか」

「おぉ、賢いね、ロレアちゃん。――やや婉曲表現だけど」

 けど、自分たちは王都に滞在、自領は代官に任せて帰らない貴族もいること考えると、間違ってもないかな。

「もっとも、毛皮の性能で競うこと自体が愚かだと思うけど。そんなもの、錬金術の効果からすれば微々たるもの。ドングリの背比べだよ」

 一見は普通の服だって、吹雪の中でもへっちゃら。

 そう、錬金術ならね!

 ……魔力はガリガリ消耗するけど。

「それを言っちゃったら……。でも、これまでに挙げた物って、全部錬成具アーティファクト錬成薬ポーションなんですよね? 私に手伝えることって何かありますか?」

「いつも通り縫い物は手伝って欲しいけど、今お願いしたいのは、料理かな?」

「料理……食材の調達ですか?」

「それも含めて、美味しい料理を作って欲しいの。あと、美味しいお菓子も。甘さ強めで量も多めが嬉しいかな? 砂糖とかは贅沢に使っても良いから」

「えっと、お仕事に行くのにお菓子? もっとお腹に貯まる物の方が良くないですか?」

 ロレアちゃんは少し戸惑い気味に私を見るけど、私は力強く否定する。

「いやいや、冬山に甘い物は必須だよ? 万が一の際の生存確率――具体的には生きようとする気力に影響するから」

 非常用の保存食は私が錬金術で作るつもりだけど、必要なエネルギーは補給できても、これをずっと食べ続けるのは凄く辛い。

 私なんかは、忙しいときには『食べられればなんでも良い』というタイプだけど、それでも食べたいと思えば美味しいものが食べられる状況と、否が応でもそれを食べるしかない状況では、精神的な負担が全然違う。

 選択肢がなかったとはいえ、遭難したアイリスさんたちがこれを食べて長期間生き延びたのは、なかなかの精神力だと思う。

 しかも暗い洞窟に閉じ込められ、出られるかも不明な状況。

 下手したら、食料の前に精神力の方が尽きていたはず。

 もちろん今回の冬山では遭難しないよう、十分に注意するつもりだけど、もしもの時には春まで生き延びられるような用意はしておきたいし、その場合にはバリエーションのある食事の有無が重要。

「村の保存食業界に革命を起こした、ロレアちゃんの手腕に期待しているよ!」

「いえ、ちょっとした改善程度なんですけど……。地元の食材を使えるように頑張っただけで。他の人たちにも手伝ってもらいましたし」

「そんなことないよ! あれは革命だよ! ロレアちゃんは業界の風雲児だよ!!」

 他の町から買ってくる物だった採集者向けの保存食が、現在ではほぼ村の中で生産されている上に、その味もずっと良くなった。

 ロレアちゃんが来てくれたおかげで、私が利用する機会はなくなったけど、採集者の人たちには好評だと聞いている。

 間違いなく、この村の保存食業界界隈では、風雲児。

 ――ちょっとばかし小さい業界だけど。

 でも、ここは頑張ってもらいたいので、謙遜するロレアちゃんをヨイショと持ち上げて見れば、ロレアちゃんは照れくさそうに笑う。

「そ、そうですか? えへへ……解りました! サラサさんがそう言うなら、頑張ってみます!!」

 そんな私の激励が効いたのか、ロレアちゃんは『ふんすっ!』と鼻息も荒く、両手を握ったのだった。


    ◇    ◇    ◇


 夕方、帰ってきたアイリスさんたちの表情は、あまりかんばしくはなかった

「どうでしたか?」

 その表情だけで既に答えは予想できたが、一応とばかりに尋ねてみれば、案の定、二人はため息をついて首を振った。

「ダメだ。アンドレたちベテランを中心に話を訊いてみたが、冬山での採集作業を経験したことがある奴らは皆無だった」

「お金がないときには、冬でも採集を行っていたみたいだけど、それも森まで。山には入らなかったみたいね」

「そうですか。予想はしていましたが……」

 素材を売りに来る採集者がほとんどいないことを考えれば、そうだよね。

 こうなると、私の持つ知識と経験で対処するしかないかなぁ?

 学校の実習で行った山は大樹海の奥にある山と比べると、ずっと難度の低い山だから、少し不安があるんだけど。

「まぁ待て、店長殿。私も子供の使いではない。きちんと他の情報を訊き出してきたぞ」

「ほう、それは?」

 私が促せば、アイリスさんは得意げに胸を張って言葉を続けた。

「うむ。アンドレたちの先輩に当たる採集者が、引退してサウス・ストラグに居を構えているらしくてな。彼に話を訊けば、有益な情報も得られるんじゃないか?」

「――と、アンドレさんが言っていたわ」

 アイリスさんが訊き出したというよりも、普通にアンドレさんの方から、『訊きに行ったら』と教えてくれたらしい。

「ケイト、そこは割愛しても良かったのではないか? 折角の私の手柄が……」

 アイリスさんが少し口を尖らせるが、ケイトさんは気にした様子もなく肩をすくめた。

「そんな物は幻想よ。報告は正確にしないと」

「だがしかし、ここは年上のお姉さんとして、ちょっとは頼りになるところを……」

「えっ? お姉さん?」

「お姉さんだろ! 店長殿よりも、四つも年上だぞ、私!」

「…………そういえば、そうでしたね」

「沈黙が長い!?」

 いや、だって、アイリスさんに“お姉さん感”はないもん。

 年上ということは解っているけど、感覚的には一つか、二つ。

 ともすれば、ちょっと手の掛かる妹みたいに感じることすら……。

 ケイトさんの方は文句なくお姉さんなんだけど。

「ま、まぁ、それはともかく。サウス・ストラグであれば都合は良いですね。どちらにしろ行く予定ですから」

「むぅ……。なら良いのだが。店長殿たちの方は?」

 アイリスさんは少しだけ不満そうに唸りながらも、すぐに表情を緩めて、私とロレアちゃんの顔を交互に見た。

「必要な物の検討は終わった、というところでしょうか。素材は仕入れるしかないので、早めにサウス・ストラグへ行きましょう。えっと……ロレアちゃん、ダルナさんから荷車は借りられるかな?」

 今回は売るために錬成具アーティファクトを持っていく必要があるし、買って帰る予定の毛皮などの素材もそれなりに嵩張る。

 師匠から貰ったリュックを使っても、担いで運ぶのはちょっと厳しい。

 もし荷車を借りられないようなら、ちょっと無理をしてフローティング・ボードでも使うしかなくなるわけだけど――。

「大丈夫だと思います。この時季に仕入れに行くことは、まずありませんから。私から話しておきますね」

「ありがとう。あれにはコロコロも付いているから、だいぶ楽になるよ」

「それは車輪が軽く動かせるようになる錬成具アーティファクトだったか? それならば……。店長殿、今回は私も付いていこうかと思うんだが、どうだろうか? いくら店長殿でも、ずっと一人で荷車を引くのは疲れるだろうし、できれば引退した採集者の話を直接聞いておきたい」

「そうですね……今のアイリスさんなら大丈夫でしょうか」

 私の身一つで走る場合と違い、今回は荷車を牽く必要があるし、その上に載せる物のことを考えれば全速力で突っ走る、なんてわけにもいかない。

 身体強化に関してはなかなかの適性を見せているアイリスさんなら、おそらくは問題なく付いてこられるはず。

「では、明後日の朝に出かけられるよう、明日は準備に充てましょう」

 売れそうな錬成具アーティファクトの選別と最低限必要な素材の計算。

 お金も準備して、件の採集者に訊いておきたいことを纏め……。

「ちなみに、その引退した採集者の住んでいる場所とか、名前とかは判っていたり?」

「うっ……すまない。マーレイという名前しか……」

 アイリスさんがそう言って、申し訳なさそうに目を伏せる。

 教えてくれたアンドレさんも、引退前に『サウス・ストラグに移住する』と聞いただけで、町のどこに住んでいるのか、もしくは実際には住んでいないのか、それすらはっきりとは判らないらしい。

 しかし元々根無し草が多い採集者、それも仕方ないかな。

「う~ん、お手数をかけてしまいますが、レオノーラさんに連絡して、調べられないか訊いてみましょう。買い取ってもらえそうな錬成具アーティファクトを訊く必要もありますし」

 そんなわけで、翌日は朝からレオノーラさんと連絡を取ったり、貸してもらった荷車のメンテナンスをしたり、日帰りは難しそうなので着替えの準備をしたりとバタバタと忙しかった私たちだけど、そんな用事も昼過ぎには一段落。

 明日に備えて英気を養おうと、『陽当たりの良い場所でお茶会でも』と話し合っていた私たちの元に訪れたのは、とても無粋な客だった。

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