5-07 計画と準備 (2)
「素材が残っていれば、それで装備を調えることもできたのですが……」
「私たちが遭難したことが原因か。すまない」
言葉を濁した私に、アイリスさんが頭を下げる。
そうなんだよね。
今まで貯めていた素材の大半は救出に使えそうな
結構詰まってるね。使い道のない
結構邪魔なので、また整理して処分方法を考えないと。
「でも、アイリスさんたちの救助に使ったことは後悔してないので、良いですよ、そこは」
「かもしれないけど、その分は身体で返すわ。店長さん、アイリスを好きにして良いわ」
「そうそう、私の身体を――何でだ! そこは労働で返すところだろう!?」
さらりと主を売ったケイトさんの言葉に『うむうむ』と頷きかけたアイリスさんが、ぐりんっと首を回してケイトさんに詰め寄った。
「それはもちろんだけど、利息は払わないと。借金の残り、娼館に売り払われても文句が言えないような額なんだから。現状だと本格的には使えないけど、そこは今後ということで、取りあえずは寒い夜の湯たんぽ代わりにでも」
「使う!? 湯たんぽ!? 私の扱いが酷い! 店長殿、それならばむしろケイトがお薦めだ。柔らかくて温かい良い抱き枕になるぞ」
「ほぅ。どれどれ――」
確かにケイトさんは、なかなかに柔らかそうな物をお持ちだ。
思わず手を伸ばした私の手を、誰かがガシリと掴んだ。
顔を向ければ、そこには笑顔のロレアちゃん。
「サラサさん?」
「いや、冗談だよ? ちょっと触ってみたかっただけで――」
「大きすぎる抱き枕は邪魔ですよ? 私ぐらいがちょうど良いんじゃないでしょうか?」
「別に必要ないからね!?」
ロレアちゃんには、一緒に寝た時に胸とか触られたことがあるけど、あれって本気じゃなかったよね?
村に同年代の異性がいないからと同性に走ってないよね!?
「私も冗談です。でも、アイリスさんたちの身体を好きにしても、お金は増えませんよね。――貸し出すならともかく」
「ロ、ロレア? それも冗談だよな?」
微妙に顔色を悪くして尋ねたアイリスさんに、ロレアちゃんはニコリと微笑む。
「はい、もちろん。――価値に見合ったお金を出せるような、貸し出し相手がいませんし。フフフ……」
「ねぇ、店長さん。ロレアちゃんが怖いんだけど」
「きっとケイトさんの悪影響ですね。純朴な田舎娘だったロレアちゃんが、こんなになっちゃって……よよよ……」
私がわざとらしく目元を拭うと、ケイトさんが深くため息をつく。
「ロレアちゃんがより多くを学んでいるのは、店長さんからだと思うけどね? まぁ良いわ。それでお金はどうするの? ミサノンの根を採りに行く前に、何か他の物を採集に行って、それで工面する?」
「それでも良いですが、時間が問題ですね。それに、また師匠に頼るのはちょっと……」
採取に行って、それを売却してから素材を買う。
行き帰りの時間を考えれば、サウス・ストラグまで売りに行く時間はなく、師匠の所に送って買い取りをお願いするしかない。
でも、最近は師匠に頼りすぎだよねぇ。
未熟だけど、一応は私も独立した弟子。
アイリスさんたちの命が懸かっているとか、取り返しが付かない場合は選択の余地もないけれど、自分でできる範囲のことは自分でなんとかしたい。
「私にも協力できることがあれば良いんですが。まさか、
そう言ったロレアちゃんは「私は戦えませんし」と付け加え、少し眉尻を下げる。
でも――。
「そっか、
ポンと手を打った私に、ロレアちゃんが瞠目して声を上げた。
「えっ!? やれと言われればやってみますけど、たぶん、買えるような人っていませんよ? この村。サラサさんのおかげで、少しは裕福になりましたけど」
「違うよ、ロレアちゃん。この村じゃなくて、他の町。具体的には、サウス・ストラグの町。レオノーラさんが許可してくれたら、だけど」
錬金術師のお店がある町で他の錬金術師が行商をしたり、露店を開いたりなんかしたら、そこの錬金術師に喧嘩を売るに等しいもの。
私だって、この村でそんなことされたら、絶対に敵対行為と見なすし。
現実的には、サウス・ストラグで売れそうな物を、レオノーラさんに相場よりも安い価格で引き取ってもらうぐらいかな?
「どうせサウス・ストラグには素材の調達に行かないといけないし、頼んでみる価値はあるよね。――買ってもらえなかったら詰むけど」
下手したら、商売、人生纏めてね。
フェリク殿下はそこまで横暴な人には見えなかったけど、王族の依頼を失敗するなんてこと、絶対に避けたい。
買い取りが無理なときは、レオノーラさんに借金……いや、債権の譲渡かな?
他の錬金術師への貸し付け、その債権を引き取ってもらえるよう交渉しよう。
「でもまずは、情報収集から始めようか。これなら、お金が掛からないし」
「了解だ。それは私とケイトで担当しよう。ミサノンの根の自生地で良いのか?」
「それが判れば最善ですね。あとは、冬山に入るための心得とか必要な物とか、そのあたりも訊いてきてください、可能ならば」
「解ったわ。――でもあまり期待しないでね?」
ケイトさんは頷きつつ、お客が誰もいないお店の方に視線を向ける。
「そんな知識を持った採集者がいれば、閑古鳥が鳴いているわけないし」
「ですよね~。今の時季に仕事をしていない時点で……ま、ダメ元でお願いします」
早速とばかりに出かけたアイリスさんたちを見送り、残った私とロレアちゃんは場所を台所へと移し、お茶を淹れ直していた。
「ふぅ~、やっぱりロレアちゃんの淹れてくれる、温かいお茶は美味しいね」
「ありがとうございます。それで、サラサさん、私たちは何を? 村長とかに話を訊いてきましょうか? あまり役に立ちそうにはないですけど」
「ううん、それは良いよ。この村の人は森に入っている様子はないし」
例外は猟師のジャスパーさんぐらいだけど、あの人も冬山にまでは足を延ばしていないだろう。
「私たちは、冬山で必要な道具の準備をします」
「準備ですか? でも、
「全然作れないことはないけど、まずはどんな物が必要か、それを作るために必要な素材は何か、それらをリストアップすることからかな?」
この村の採集者が冬山に行かないのなら、作っても使うのは私たちだけ。
必要以上に作ったところで、結局は倉庫で眠ることになる。
今の私に、そんな無駄なお金を使う余裕なんてない。
「ロレアちゃん、何がいると思う?」
「えっと……防寒着、は必須ですよね?」
「そうだね、なければ動けなくなるからね。サラマンダーの時に作った防熱装備もそれなりに有効だけど、防寒着を作った方が安心だね」
高温を防ぐことができるのと同様、低温も防ぐことができる防熱装備。
でも、防ぐことができるだけで、温かいわけじゃないんだよね。
普通のコートを着るよりはマシだろうけど、適しているとは言い難い。
「じゃあ、コートの中を温かくするような機能を追加すれば良いんですか?」
「それも必要だけど、それだけじゃダメ。冬山だと汗をかかないように行動するのが鉄則なんだけど、私たちはそういうわけにもいかないでしょ? 戦闘もしないといけないから」
周囲が低温の状況で汗をかくと、身体が冷えて風邪などを引きやすくなるし、酷い場合には凍傷になる。
かといって、当然ながら魔物が襲ってきたときに、汗をかかない速度でゆっくり攻撃、なんてできるはずもない。
必死に動かないと、汗で身体を壊す前に、敵の攻撃で身体が壊れる。
「だから、単純な防寒着だけじゃなくて、汗をかいても問題ないような下着も用意する必要があるんだよね。動きやすさも考えると、防寒着の方はフード付きのコート、厚手のズボン、雪山用のブーツに手袋、帽子に耳当て、かな」
「フードがあっても、帽子と耳当ては必要なんですか?」
「うん。フードを被っていたら視界が遮られるから。吹雪にでもならない限り、被らない方が良いね。他に身に着ける物としては、日焼け止めと目を保護する眼鏡かな」
「え? 冬なのに、そんなのが必要なんですか?」
意外そうに訊き返したロレアちゃんに、私は頷く。
寒いから日焼けとか、日差しとか、ちょっと意外に感じるのは解る。
でも、実際に活動してみたらすぐに実感できることでもあるんだよね、コレって。
「雪からの照り返しは結構キツいから。一日程度ならともかく、何日も活動すると肌が痛くなったり、目が炎症を起こしたりするんだよ。そのぐらいなら魔法でも治せるけど、ならないに越したことはないからね」
それに加え、戦闘の最中に眩しさでミスをする危険性を減らすためにも、眼鏡は地味に重要。余裕があるなら、絶対に用意すべき物である。
「他には、フローティング・テントの断熱性を上げる改修、夜温かく寝るための寝袋、体温を上げる
私がリストアップした物を見て、ロレアちゃんが「ふぅ」とため息。
「結構必要な物って多いんですね」
「準備不足が即座に命に関わるからね。私も慣れているわけじゃないし、過剰なぐらいの準備をしておきたいかな?」
「確かにこれだと、前金だけじゃ厳しそうです」
「うん。だから、できるところは節約しておきたいの。あまり性能を落とさずに済む、安い素材を活用して」
性能落として、命も落とすじゃ本末転倒。
性能が変わらない範囲で、コストダウンを図りたいところだよね。
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