5-05 怪しい客 (4)

「大丈夫? 事情も聞かず思わずやっちゃったけど――何があったの?」

 私がロレアちゃんに向き直って尋ねれば、彼女は少し困惑したように頷き、事情を説明した。

「は、はい。えっと、よく判らないんですけど、お店に入るなり暴れ始めて」

 見回せば、私たちがお茶会とかに使っているテーブルと椅子が倒れている。

 なるほど、あれには防犯の刻印が効果を発揮しないから、彼らも無事だったのか。

 私たちが椅子に蹴躓くこともあるからね。

「怪我はないみたいだね。良かった」

 私はクルミをカウンターの上に置き、少し震えているように見えるロレアちゃんを抱きしめて頭を撫でた。

 多少の荒事には慣れている私やアイリスさんたちと違い、ロレアちゃんはただの村娘。

 これまで知り合いばかりの村から出ることもなく、人から悪意を向けられる機会なんて、なかったのだろう。

「ロレア、被害は?」

「そちらも大丈夫です。テーブルと椅子を倒されただけで、すぐに皆さんが来てくれたので」

 私に続いて出てきたアイリスさんが倒れていたテーブルと椅子を起こしながら尋ねれば、ロレアちゃんは私に抱かれたまま、コクリと頷いた。

 それに続いてケイトさん、更には殿下までこちらに移動してくると、殿下は少し面白そうな表情で、店内とカウンターの上に飛び乗ったクルミを眺める。

「見事なものです。防犯の刻印と錬金生物ホムンクルスですか? さすがはミリス師の弟子ですね」

「恐縮です。――刻印の方は、元々このお店にあった物ですが」

 防犯の刻印にはその機能の一つとして、店内の物に一定以上の速度でぶつかりそうになった場合、それを防ぐ膜が発生し、その対象物が生物であれば麻痺させる効果がある。

 といっても、その効果が及ぶのは棚やカウンターなど備え付けの物のみで、後から置いた物には効果が及ばない。

 細かく調整すれば対応することもできるけど、クルミという、より高機能で判断能力もあるボディーガードが付いているから、その必要性がないんだよね。

「刻印はそうでも、その錬金生物ホムンクルスはサラサさんが作ったのでしょう? ノルドから腕の良い錬金術師とは聞いていましたが、これなら安心して任せられそうです」

「ありがとうございます。しかし、この人たちは……何なんでしょうね? 買い取り価格が不満とか、商品が高いとか、そういう理由があるならまだしも」

 私がこのお店を開いて以降、多少は柄の悪い採集者もいたけれど、ヘル・フレイム・グリズリーの件があるからか、いきなり暴れ出すような人はいなかった。

 防犯の刻印に関しても、これまでその機能が活躍したのは、悪質な採集者が言いがかりを付けてカウンターを強く叩いた時のみ。

 保険だったクルミの存在が、本当に役に立つ日が来ようとは。

 う~ん、見たことない顔だし、最近新しく来た採集者がイキってみただけ?

 ウチでそんなことしても優遇なんてしないし、出禁にするだけなんだけど。

「店長さん、この人たちはどうするの?」

「そうですね……外に放り出しておきましょう」

 本当なら、事情を訊きたいところだけど、間の悪いことに今日は殿下がおられる。

 まさか放置して事情聴取にかまけるわけにもいかず、私とケイトさんで二人ずつ、意識のない男を引き摺って店の外に出る。

 そのまま店の敷地の外まで移動した私たちは、ふかふかの雪のお布団の上に彼らを寝かせてあげた。

 ちょっと冷たいから、風邪ぐらいは引くかな?

 でも、それは自業自得だよね。

 もしロレアちゃんが怪我でもしていようものなら、厚い掛け布団も奢ってあげるところだけど、そこまでは勘弁してあげよう。

 私は優しいからね。


    ◇    ◇    ◇


「お待たせ致しました」

「いえ、かまいませんよ。――ああいう採集者は多いのですか?」

 応接室。再度向かい合った殿下にそう尋ねられ、私は首を振った。

「いえ、初めてです。多少凄んだりする採集者はいましたが、いきなり暴力に訴えるようなのは……。初めて見る顔でしたし、この村に来たばかりなのかもしれませんね」

「そうですか……。何かあれば言ってください。ノルドがかけた迷惑分ぐらいは手助けしましょう」

「恐れ入ります。でも大丈夫だと思います。ご覧頂いた通り、あの程度であれば」

 多少のことなら、あっさりと解決できるぐらいに王族の力は絶大。

 だけど、その力を借りるなんて、正直怖すぎる。

 どう考えても厄介事の臭いしかしないから!

 借金は計画的に。

 利率の判らない借りは絶対に避けるべし!!

 あっという間に膨らんで、身動き取れなくなってるかもしれないからね。

 そんなことを考えながら引き攣った笑みで謝絶した私に、殿下の方は面白そうな表情を浮かべた。

「そうですか? まあ良いでしょう。――それで、髪の毛でしたか?」

「はい。この瓶の中に、取りあえず数本ほど。それから――」

 差し出された髪の毛を瓶の中に回収し、殿下の魔力の質、肌の状態など、いくつかの検査を行う。

 更には時間をかけた丁寧な問診。

 この結果によって素材の配合を変えるので、一般的な錬成薬ポーションとは錬成の手間がちょっと違う。

 もっとも本を参考に決めれば良いだけなので、そこまで難しくはないんだけど。

 けど、こういうタイプの錬成薬ポーションって、ほとんどないんだよね。

 個々に合わせた配合を見つけようと思えば、多くの症例に加え、それらの人が錬金術師に依頼できる財力も持ち合わせている必要があるから。

 ついでに言えば、錬成薬ポーションが必要になる状況って、大抵の場合は緊急時。

 詳細な研究をする余裕なんてないよね、お金も掛かるし。

 でも発毛剤については、錬金術大全で費やされている紙幅はかなりのもの。

 これを見れば、世の男性方がどれだけ悩んできたか、戦ってきたか、そしてお金を費やしてきたか、想像するのは難くない。

 ちなみに、個々に合わせた配合がある錬成薬ポーション、その一大ジャンルは美容関係だったりする。

 男性の頭髪の悩みと同じかそれ以上に、女性の美に掛けるコストはとんでもないのだ。

「――殿下、お疲れ様でした。これで終了です。素材を集めることを考えると、完成までに数週間は必要ですが……いかが致しましょうか?」

「では、また折を見て訪れるとしましょう。よろしくお願いします」

「はい、お任せください」

 殿下が立ち上がるのにあわせて私も立ち上がり、一人で出口まで案内する。

 アイリスさんとケイトさん?

 もちろん、私が問診を始めた頃には、『私たちにできることはないから』と、早々に逃げちゃったよ?

 殿下を見送るためにやってきた店舗スペースに、ロレアちゃんの姿も見えないのは、たぶんアイリスさんたちが引っ張って、店の奥に連れて行ったから。

 けど、それについては何も言うまい。

 殿下相手に、慣れていないロレアちゃんが下手なことをしちゃったら、取り返しが付かないし、私も気持ちは解るから!

 権力者とはあまり関わりたくないよね。

 どっちかと言えば、アイリスさんはそっち側だけど!

 店の扉を開け殿下を送り出すと、私は深く頭を下げる。

「お気を付けて」

 やっと帰ってくれる、そんな気持ちが漏れないよう私は深々と頭を下げると、雪を踏む音が聞こえなくなるまでそのまま待機。

 やがてゆっくり身体を起こし、何事もなく終わった訪問に、深く安堵の息を吐いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る